تسجيل الدخول占野晋也(しめの しんや)は、私・臼井沙織(うすい さおり)が何でもかんでも話さなくなったことに気づいた。 会社から出張を命じられた時も、私は迷わず引き受けた。 親友の結婚式にカップルでの出席を誘われたが、一人で向かい、多めのご祝儀を包んだ。 病気で入院や手術が必要になった時でさえ、一人で予約を済ませた。 医者である晋也はそのことを知ると、眉をひそめた。 「体調を崩してたなら、どうして言ってくれなかったんだ?主治医は誰だ?俺から声をかける」 私は考えるよりも早く答えた。 「ううん、大丈夫。一人でできるから、わざわざ手を煩わせるのも悪いし。ありがとう」 言葉が途切れた瞬間、二人とも呆然としてしまった。 だって、ほんの半月前まで、私は彼にべったり甘えてばかりいたのだから。 デートにどの服を着るべきか、お昼に何を食べるかまで、いちいちメッセージを送って尋ねていた。
عرض المزيد食事を終えた後、私に一言知らせようとか、私が今何をしているか尋ねようといった気遣いは、晋也の頭には微塵も浮かばなかった。その時は深く考えず、そのままやり取りを続けてしまったけれど。そうして時が経つにつれ、彼は次第にメッセージを返さなくなっていった。それを咎めると、彼はいつだって冷ややかに言い放った。「君には、自分自身のやるべきことがないのか?」返信がすぐに来るかどうかで不安になるのは子供じみて、もうそんな年齢はとっくに過ぎたはずなのに。修がこうして丁寧に言い訳をしてくれるのを見て、胸の奥に確かな喜びがふわりと湧き上がるのを止められなかった。それでも私は、社会人としてのマナーを保って返した。【大丈夫です。お仕事を優先なさってください。お気遣いなく】すると、秒で既読された。しばらく間を置いて、画面を埋め尽くすほどの長文が、不意に送りつけられてきた。【戦時中の兵士だって、戦火の合間に愛する人へ恋文を綴る時間くらい作ったものだ。オリンピックの解説者だって、ハーフタイムに恋人へ電話を入れる。バンドマンだって、ライブの演奏を一時中断して彼女にメッセージを返すことさえある。それに比べれば、俺はただの凡人に過ぎない。どんなに仕事が立て込んでいようと、一通の返事を返す時間くらい、いくらでも捻り出せる。だから……俺と付き合ってくれないだろうか?】……私はその日、わざと定時前に会社を抜け出し、修から身を隠した。彼からの追及をうまくかわせたと思ったのも束の間。会社のビルの入り口を出たところで、大きな花束を腕に抱えて待ち構えている晋也とはち合わせてしまった。「沙織に証明したいんだ。俺にもできるってことを」灰色の空から、白い雪の欠片がひらひらと舞い降りてきた。彼は街灯の鈍い光の下に佇んでいる。言葉を紡ぐたび、冷え切った空気の中に白い息が淡く溶けていった。「これまで沙織が俺のためにしてくれたすべてを、今度は俺が返す。影のようにべったり寄り添い、毎日の出来事をいちいち尋ねる煩わしい男になってみせる」私は感情を込めない眼差しで彼を見つめた。「毎日同じ家で顔を合わせてた頃にすらできなかったことを、遠く離れた二つの街で暮らす今になってできるなんて、本気で思ってるの?」晋也の瞳ににわかに光が宿った。まだ巻き
いつからそこにいたのか、晴菜がドアのところに姿を現し、愛想のいい笑みを浮かべて近づいてきた。「当直の先生か、指導医のところへ行きなさい。これからはもう、俺を頼ってくるのはやめてくれ」晴菜は呆気に取られ、その顔から笑みが引きつるように消えた。そして、縋るような目を私に向けた。「臼井さん、私、本当に理解できなくて困っています。お願いですから、あまり占野先生を困らせないでください」私は力なく微笑んだ。「私たちはもう別れたの。あなたたちの間のことに、私は何の関係もないわ」晴菜の瞳が一瞬だけ鋭く輝いた。しかし、その声は今にも泣き出しそうな響きを帯びている。「私のせいでケンカをしないでください。そんなことになったら、本当に申し訳なくて……」晋也が冷徹な声でそれを遮った。「同じ教科書を使ってるのに、どうして他の連中は理解できるのに君だけが分からないんだ?そんな基礎的な知識すら身につけられないのなら、君には医療の仕事は向いてない。早いうちに別の道を考えた方が身のためだ」晴菜の目元が真っ赤に染まっている。いつも自分に優しく接してくれたはずの男から、まさかこれほど厳しい言葉を投げつけられるとは、夢にも思っていなかったのだろう。「ただ間違いがあったら怖いので、念のために確認したくて……」晋也は容赦なく言葉を被せた。「ここは病院だ。君の塾じゃない。俺は医者であって、君の家庭教師ではないんだ。俺の時間は、患者さんとその家族のためにある。君はただの部外者だ。今後、二度と俺の前に現れないでくれ。うっとうしい」晴菜は前の時のように泣き叫びながら走り去っていった。けれど今回の原因は、他ならぬ晋也だ。「あの日、新郎の誓いの言葉を聞いて、いろいろと考えさせられたんだ」晋也は私の方を振り返り、申し訳なさが滲む視線を私の瞳に注いだ。「どうやら、俺には何でもあべこべにこなす悪癖があったらしい。適切な距離を保つべき他人にばかり気を配り、一番大切にすべき君に対しては、最も冷酷で不実な態度を取ってしまってた。患者さんへの丁寧な説明や、晴菜への気配りは、社会人としてのマナーであって、当然行うべきことだと考えてた。それなのに、君に対してだけは不条理なほど厳しい目を向け、自立を求め、俺を煩わせるなと言い、生活に立ち入るなと突き放した。
「日常を分かち合いたいという気持ちこそ、最高のロマンスだと思う。どんな些細なことでも、俺に話してほしい。一人で抱え込まないでほしい。俺のスマホが鳴るたび、それが由乃からの連絡であってほしいと、いつも願ってる」会場全体から割れんばかりの拍手が沸き起こった。溢れんばかりの参列者の中で、私の目は吸い寄せられるように晋也を捉えた。彼は入り口近くの壁にもたれかかり、誓いを立てる新郎の姿をぼうっと見つめている。そして、こちらの視線に気づいたかのように、遠くから私の瞳と真っ直ぐに視線を交わした。それは、高校の入学式で初めて出会ったあの日のようだ。式の最中、彼もこうして大勢の生徒越しにふと振り返り、私の視線とぶつかったのだ。けれど今の私の胸には、あの頃のようなときめきは微塵も残っていない。あるのはただ凪のような静けさだけで、余計な感情は一切湧き起こらない。……由乃の結婚式が無事に終わり、私は控室で着替えを済ませて披露宴の会場へ向かった。ところが、急な手違いがあったらしく、案内されたのは、あろうことか子供たちのためのテーブルだ。小さなリングボーイの男の子が私の手を引いて席まで連れて行き、あどけない声で話しかけてきた。「ママが言ってたよ。ここに座らされる大人は、みんな一人ぼっちなんだって。ほら、あそこに座ってるのは僕のおじちゃんだよ。二人で、一人ぼっちの仲間としてお話ししたらいいと思う」賑やかに騒ぐ子供たちでいっぱいのテーブルの真ん中に、一人の見事なイケメンが、その中でひときわ目立って座っていた。鮮やかに染められた金髪が目を引き、繊細な銀のチェーンが揺れる眼鏡をかけており、まるでファッションウィークのスナップ撮影からそのまま飛び出してきたかのような洗練された身なりをしている。おしゃれすぎて、見ているこちらが恥ずかしくなるほどだ。そして、私たちの目がバッチリと合ってしまった。その場の空気が数秒間、完全に凍りついた。金髪のイケメンが、先に口を開いた。「俺のいとこの奥さんが、君の親友なのか?」まさか会社の上司がプライベートでこれほど型破りな格好をしているとは思わず、私は引きつった笑いを漏らしてしまった。「奇遇です。まさか六次の隔たりが本当だなんて。あはは……」修は自分の服の襟元を少し引っ張り、その
決まりの悪さを覚えた。決してわざとやったわけではないと、言葉を選んで弁明しようとしたその矢先、修から次のメッセージが届いた。【はっきり言えば】次の瞬間、画面に残高を受け取る通知が飛び出してきた。なんと、金額が6桁にのぼった。【間違って送ったんじゃない。今週の土曜日、結婚式の出席に付き合ってくれ。いとこが結婚するんだ。親戚から結婚の催促をされるのが目に見えてて、うっとうしくてたまらない。君は彼氏がいないんだろ?残業だと思えばいい。手当も支払った】由乃の結婚式も今週の土曜日だ。由乃との固い絆が、かつてない大危機に直面している。画面に表示された金額を見つめ、胸の中で激しい葛藤に苛まれた。だが最終的に、私はお金の魔力に打ち勝ち、由乃を裏切らず、涙を呑み込みながら震える指で返信を打ち込んだ。【申し訳ありません。土曜日は親友の結婚式がありまして、どうしても外せないのです。お金はお返しします】送信ボタンを押した、その瞬間。大金がパタパタと翼を羽ばたかせて飛び去っていく音が聞こえた気がした。昔アニメで見た、友達のためにラスボスを倒した主人公の姿が頭に浮かんだ。ところが、由乃の結婚式当日、思いも寄らない人物と顔を合わせることになった。……朝の5時にアラームが鳴り響いた。かつてのように、一緒に部活の朝練へ向かうためではない。由乃の晴れ舞台に立ち会うためだ。由乃は高校時代の朝練の時と全く変わらず、今にも眠りこけそうな様子で、頭をこっくりこっくりと揺らしている。メイクさんが顎を支えてくれていなければ、今頃ドレッサーの天板に頭をぶつけていただろう。私は飴の包みを開け、彼女の口に放り込んでやった。彼女はまだ目を開けてすらいないのに、それが私だと気づいて声をあげた。「沙織!」振り返り、瞳をきらきらと輝かせて私に微笑みかけた。「来てくれたんだね!」その笑顔は、17歳の休み時間に彼女の机の中へこっそり飴玉を忍ばせた際、振り返ったその表情と、完全に瓜二つだ。彼女が今、眩しいほど美しいウェディングドレスをまとっていなければ、まるで次の瞬間に二人が一緒に体育館へ駆けつけ、部活の練習を始めそうな気さえする。まるで昨日まで試合の敗北に落ち込んでいたかのような感覚なのに、今日、彼女は花嫁になるのだ