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第1017話

Auteur: 似水
徹はかおるの前まで歩み寄ると、小さな瓶を取り出し、彼女に差し出した。

かおるは思わず一歩引いた。

「……何、それ?」

「体の症状を和らげるものです」

徹の静かな声に、かおるの目がぱっと輝いた。

「そんな良いものがあるのね?」

瓶を受け取ると、かおるは強く香りを嗅いだ。ほのかなミントの香りが鼻腔をくすぐり、不思議と体が軽くなり、頭のぼんやりした感覚も消えていった。

「これ、どこで手に入れたの?」

興味津々で徹を見つめながら尋ねたが、徹は何も答えず、彼女の手から瓶を取り返した。

「えっ……くれないの?」

ぽかんとするかおるに、徹は無言のまま。

本当に、変わらない。相変わらずの無口男だ。

時々この無愛想さに我慢がならず、里香に別の人をつけてもらおうかと本気で思ったこともある。

……でも、まあ、いいか。余計なことを喋らない分、手間は省ける。

涼しい風が頬をなで、不快だった身体の感覚は完全に消え去っていた。車に乗り込んだかおるは、そのまま都心へ戻った。

道中、聡に電話をかけ、事の顛末を話すと、「助けが必要?」と訊かれたが、かおるは即座に断った。

黒幕が誰なのか、考えるまでもない。

自宅に戻ると、すでに綾人が帰宅していて、かおるの姿を見るなり駆け寄り、強く抱きしめた。骨がきしむほどの力強さだった。

かおるは彼の肩を軽く叩き、「平気よ、見ての通り元気だし。落ち着いて」と笑って言った。

綾人は抱擁の力を緩めながら、「……犯人は?」と低く訊いた。

「トランクの中よ」

かおるは肩越しに答えた。綾人が手を振ると、控えていたボディガードがすぐに車のトランクを開け、男を引きずり出した。

「まずは地下室へ」

氷のような声で命じた綾人は、そのまま徹に視線を向けた。

「雅之に仕えていたあんたなら、尋問の手順くらい熟知してるだろう。何か情報を引き出せるか、試してみてくれ」

「承知しました」

徹は静かにうなずき、男を引き連れてその場を離れていった。

それを見送りながら、かおるは綾人に言った。

「ねえ、あの人、二重基準だと思わない?私に対してと、あなたに対してじゃ、態度が全然違う」

綾人は当然のように言った。

「当たり前だ。もしあいつがお前に馴れ馴れしかったら、俺はもう使わない」

「……」

まあ、確かに。それも一理あるか。

ソファに腰を下
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