LOGIN玉の輿に乗ったはずが、待っていたのは地獄だった。 結婚して七年。夫の圭介は傲慢で冷酷な態度を崩さず、小夜をまるで存在しないかのように扱った。 憧れの王子様だった圭介を手に入れた小夜は、いつかこの苦しみが報われる日が来ると、ただひたすらに信じていた。 しかし雪の舞う夜、自分だけが覚えている結婚記念日に、ついに悟る。この家族の中で、自分だけが永遠によそ者なのだと。 愛する夫は、初恋の相手との未来を奪った彼女を憎悪し、実の息子でさえ「ママは若葉おばさんみたいにはなれないね」と無邪気に言い放つ。 夫と息子がそろって自分を裏切り、別の女と「本当の家族」のように笑い合う。その滑稽なまでに惨めな光景に、小夜は乾いた笑みを浮かべるしか無かった。 心は灰になり、彼女は静かに離婚を決意した。 彼女はすべてを捨て、華麗な転身を遂げた。 国際的に名高い和風ファッションデザイナー、天才画家として……彼女の作品は、セレブでさえ入手困難な幻の逸品となった。 だが皮肉なことに、彼女が完全に諦めたその時、彼らは手放そうとしなかった。 息子は、泣き叫びながら彼女に手を伸ばす。 「ママは僕のママでしょ!他の子を抱っこするなんて許さない!」 そして、あれほど彼女を蔑ろにしてきた夫は、執着の鬼と化し、離婚を拒否する。 「お前が先に俺を選んだんだろう。最後まで責任を取れ。離婚?絶対にさせん」
View Moreこれは航が調達したものだ。小夜は、ガイドブックの赤いペンでなぞられたルートに再び目を落とした。帝都から「西の都」へ、そこから出発して国道317号線を通り、終点の「陽光の都」へ向かう。全行程、およそ五千キロメートル。ざっと計算してみたが、順調にいけば七日で到着できるだろう。地図帳を置くと、窓の外を飛ぶように過ぎていく春の景色を眺めながら、小夜の心にふと穴が空いたような感覚が訪れた。純粋な息抜きのために、こうして外の景色を眺めるのはいつ以来だろうか。思い出せないほど昔のことだ。あまりに多くの出来事が彼女の生活を埋め尽くし、息つく暇もなかった。物思いに耽るうち、眠気が押し寄せてきた。熱が下がったばかりで、昼食後に薬も飲んでいた。精神的にも肉体的にも疲労が重なり、抗えない睡魔に襲われたのだ。まぶたが重くなり、やがて彼女は深い眠りに落ちた。運転していた航は、助手席で目を閉じて眠ってしまった彼女を一瞥すると、車内の音楽を静かな曲に切り替え、スピードを少し緩めた。……まどろみの中で、小夜はまた、過去の夢を見た。それは、彼女が圭介と初めて出会った頃のこと。人生で初めてのときめきだった。あまりに突然で、予期せぬ出来事だった。彼女は、たった一目見ただけのその青年を深く心に刻み込み、その後、彼に関するあらゆる情報を目で追うようになった。情報を集めるのは難しくなかった。圭介は大学でも有名人だった。名門の御曹司で王子様のような存在であるだけでなく、学業、スポーツ、あらゆる面で突出した天才として、眩いばかりのオーラを放っていたからだ。彼の動向を知ることは容易だった。さらに小夜を驚かせたのは、これほど完璧な人物でありながら、特定の女性と交際しているという噂が一つもなかったことだ。むしろ、彼に好意を寄せる女子たちは、彼にいくつものあだ名をつけていた。「恋愛キラー」「女除け」……なぜなら、圭介の断り方は容赦がなかったからだ。「成績が俺より悪い」「顔が好みじゃない」「家柄が釣り合わない」……要するに、「お前たちには資格がない」ということだ。周囲をヤキモキさせながらも、それでもなお、女子たちの間での彼の影響力は絶大だった。相当な人気ぶりだ。それも当然だろう。家柄が良く、成績優秀で、スポーツ万能、その上あん
「聖地?車でそこまで行くつもりか?」航は驚いた。小夜が圭介と揉めて、あの傲慢で冷酷な男をやり込めるくらいだから、ただ者じゃないとは思っていた。だが、まさかこれほど肝が据わっているとは。「義姉さん」彼は語尾を伸ばして言った。「五千キロ近くあるんだぜ。本気か?」小夜は頷いた。「あなたが行けないなら、車だけ貸してくれれば……」彼女が言い終わらないうちに、航は手を挙げて遮り、勢いよく立ち上がった。その顔は興奮に満ちている。「いやいやいや、行くって。俺が行く。運転は俺に任せろ!」十九歳の青年は、まさに熱血と冒険に憧れる年頃だ。小夜の提案は、反抗期真っ只中で、いつでもヒーローになりたいと願う青年の心を鷲掴みにした。五千キロ近い道のりを車で走破し、聖地を目指す。考えただけで興奮し、今すぐにでも出発したいくらいだった。しかし……航は少し躊躇した。「でも、熱が下がったばかりだろ。体力が戻ってねえのに……二、三日待ってから出発するか?」小夜は首を横に振った。「今すぐ行くわ」決めた以上、迷っている暇はない。それに、圭介が追ってくるかもしれない。見つかったら最後、どこへも行けなくなる。一刻も早くここを離れなければ!航は彼女の胸の内にある焦りを知る由もなかったが、黙って親指を立て、心から感嘆した。「義姉さん、あんた最高だぜ!」以前彼女を助けたのは、彼女が漫画家の「夢路」かもしれないと思ったからだ。だが今は、純粋に彼女をリスペクトしていた。こんな決断は、誰にでもできることではない。ましてや、大きなショックを受けたばかりの女性ならなおさらだ。小夜は言った。「……義姉さんと呼ばないで」「了解!」航は大声で返事をすると、準備のために部屋を飛び出していった。今の言葉が耳に入ったのかどうかは怪しいものだ。……ここはまだ帝都に近く、航もいるため、小夜は表に出るのを控えた。物資の調達はすべて航に任せた。二人ともこれほどの長距離ドライブは初めてで、事前の準備に何が必要か、基本的にはネット検索頼みだった。しかし、場所が辺鄙なため、必要な物資のほとんどが揃わなかった。航は頭をかいたが、気落ちした様子はない。「とりあえず、食料と日用品だけ用意しよう。本格的な装備は『西の都』に着いてから揃えればいい」
小夜は、まだ状況がよく飲み込めていなかった。雨の中に飛び出したことまでは覚えているが、その後の記憶が曖昧だ。見知らぬ部屋の造り、着替えさせられた服を見て、当然ながら戸惑っていた。不思議に思っていると、突然ドアが開き、六、七歳くらいの少女が走り込んできた。二人は無言で見つめ合った。少女は声を張り上げた。「ママ、ママ!綺麗なお姉ちゃんが目を覚ましたよ!」少女は叫んだ後も出て行かず、駆け寄ってきて、物珍しそうに小夜を見上げた。黒目がちの瞳がくるくると動き、とても愛らしい。子供を見て、小夜は思わず笑みをこぼした。「お嬢ちゃん、ここはどこ?」「私の家だよ」少女は小首をかしげた。「私は杏。あるお兄ちゃんが連れてきたの。お姉ちゃん、すっごく綺麗だね」「……ありがとう」小夜がその「お兄ちゃん」について聞こうとした矢先、航が入ってきて、能天気に挨拶した。「よう、起きたか」小夜は無意識に眉をひそめた。長谷川本家での一件以来、航への印象は良くないし、まさかここで会うとは思っていなかった。少女の話では、彼が連れてきたということか?「あなたは……」彼女が尋ねる前に、航はペラペラと、話を盛りに盛って、いかに自分が彼女を見つけ、救い出したかを語り始めた。非常に話が長い。聞いていて頭が痛くなったが、どうにか現状は把握できた。どうやら怪我の功名で、圭介の監視から逃れることに成功したらしい。その事実に、彼女は少し安堵した。今は、どうしても圭介の顔を見たくなかった。実のところ、七年前の出来事に関わる人間には誰一人として会いたくない。考えるだけで息が詰まりそうになる。少し、心を休める時間が必要だった。そう考え、彼女はまだ喋り続けている航を遮った。「とにかく、助けてくれたことには感謝するわ。さっき、車があるって言ってたわよね?」「ああ、あるけど」航は向かいに座り、足を組んだ。「どうしたんだよ、義姉さん?」小夜は眉をひそめたが、こう言った。「その車、しばらく貸してくれない?後で車の何倍もの額でお礼はするから」「車を貸せって?どこに行くつもりだ?」航はしばらく彼女をじっと見ていたが、ふと合点がいった。「帝都に戻らないってことは、兄貴から逃げたいんだろ?」一昨日、部屋の外から覗いていた時、会話は聞こえな
小夜は、頭が割れるように痛かった。耳に入ってくる言葉は遠く、視界も霞んでいる。全身が火のように熱く、指一本動かせないほど力が入らない。彼女が意識も朦朧と、顔を真っ赤にして黙り込んでいるのを見て、航は額に手を当てた。彼は「熱っ!」と叫ぶと、慌てて外へ飛び出し、この家の女主人を呼びに行った。小夜は高熱を出していた。ひとしきり大騒ぎして薬を飲ませると、彼女はようやく泥のように眠りについた。その眠りは苦しいものだった。混濁した意識の中で、小夜は夢を見た。ずっと昔に戻る夢だ。それは、彼女が圭介と初めて出会った時のこと。七年前よりも、もっと前のことだ。まだ大学に通っていた頃、彼女は親友の芽衣と霜雪に覆われた林道を歩いていた。舞い散る雪が彼女の髪に降り積もる中、芽衣と笑い合いながらふと振り返ったその時、視線が校舎の渡り廊下に立っていた圭介に吸い寄せられた。廊下には大勢の人がいた。だが、圭介はその中心に立ち、一際目を引いた。隠しきれない気品と、圧倒的な存在感。そして、あの妖艶で鋭い切れ長の瞳が、彼女の心臓を射抜いたのだ。雪越しに、二人の視線が絡み合う。その瞬間、風が吹き、雪が舞い上がり、小夜の心は乱れた。彼女は慌てて視線を逸らした。「はぁ、はぁ……」小夜は驚いて目を覚ました。全身びっしょりと冷や汗をかいている。彼女は暗闇の中で目を見開き、虚空をじっと見つめた。動悸が激しい。なぜ突然、過去の夢など見たのだろう。今になってようやく理解した。あの過去の偶然、あの一瞬のときめきが、自分を深淵へと引きずり込んだのだと。そこは、地獄だった。……夜の帳が下りる。長谷川邸。書斎には薄暗いテーブルランプが一つだけ灯っていた。薄暗い光の中、圭介はデスクの後ろに座り、半身を闇に沈めていた。うつむいた彼の視線は、机の上の写真に注がれている。その妖艶な切れ長の瞳には、読み取れない暗い光が宿っていた。写真には、十九歳の小夜が写っていた。霜雪に覆われた林道で、純白のダウンジャケットを着た若い女の子が、舞い散る雪の中に立っている。その笑顔は明るく輝き、髪に積もった雪さえも、まるで彼女を飾る宝石のようだ。雪の精霊のように、生き生きとして美しかった。この写真は、彼が撮ったものではない。当時、彼と
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