LOGIN玉の輿に乗ったはずが、待っていたのは地獄だった。 結婚して七年。夫の圭介は傲慢で冷酷な態度を崩さず、小夜をまるで存在しないかのように扱った。 憧れの王子様だった圭介を手に入れた小夜は、いつかこの苦しみが報われる日が来ると、ただひたすらに信じていた。 しかし雪の舞う夜、自分だけが覚えている結婚記念日に、ついに悟る。この家族の中で、自分だけが永遠によそ者なのだと。 愛する夫は、初恋の相手との未来を奪った彼女を憎悪し、実の息子でさえ「ママは若葉おばさんみたいにはなれないね」と無邪気に言い放つ。 夫と息子がそろって自分を裏切り、別の女と「本当の家族」のように笑い合う。その滑稽なまでに惨めな光景に、小夜は乾いた笑みを浮かべるしか無かった。 心は灰になり、彼女は静かに離婚を決意した。 彼女はすべてを捨て、華麗な転身を遂げた。 国際的に名高い和風ファッションデザイナー、天才画家として……彼女の作品は、セレブでさえ入手困難な幻の逸品となった。 だが皮肉なことに、彼女が完全に諦めたその時、彼らは手放そうとしなかった。 息子は、泣き叫びながら彼女に手を伸ばす。 「ママは僕のママでしょ!他の子を抱っこするなんて許さない!」 そして、あれほど彼女を蔑ろにしてきた夫は、執着の鬼と化し、離婚を拒否する。 「お前が先に俺を選んだんだろう。最後まで責任を取れ。離婚?絶対にさせん」
View More孝志は鼻を鳴らしたが、雅臣は笑ったまま何も言わなかった。実のところ、二人とも分かっていた。圭介を学問の道へさらに進ませなかったのは、家業を継がせるためだけではない。突き詰めれば、長谷川家からこれ以上、国の政策決定に関わる人間を出すわけにはいかなかったのだ。この技術分野を深く研究していけば、いずれ国家戦略の中核に関わることになる。長谷川家の力と、圭介を支えるだけの基盤を考えれば、事態は誰にも制御できなくなる可能性があった。圭介が一族の影響を受けないはずもなく、研究を突き詰めるほど、国の重要な政策決定にも関わるようになる。その先にあるのは、国政の中枢だ。それだけなら、まだよかった。だが、長谷川家の先代は特務機関の要職に就き、その人脈も影響力もあまりに広い。もともと当局から強く警戒されているところへ、さらに国政の中枢に関わる者まで出せば、目をつけてくれと言っているようなものだった。要するに、研究に多少関わる程度ならかまわないが、本格的に踏み込むことはできない。だが圭介は、何事も徹底的にやり、頂点を取らなければ気が済まない。だからこそ、最初から触れさせないしかなかった。それに、直接研究に加われなくても、投資ならできる。金を稼ぐ妨げにもならない。雅臣は、そのくらいに割り切っていた。ところが、圭介の考えは違った。これまでは小夜を理由にして何とか押しとどめていられたが、今ではますます我慢が利かなくなり、また人知れずこの分野の研究に手を出している。本当に厄介な息子だ。まったく、こちらを安心させてくれない。そんなことを考えながら、雅臣は壇上で挨拶をしている婚約者二人へ目を向けた。そのとき、客席から突然ざわめきが広がった。こんな場だというのに、多くの客が無遠慮にスマホを手にし、画面を見ながらひそひそと言葉を交わしている。壇上の二人に目を戻す。小夜も青山も、少しも驚いていなかった。雅臣の胸に、嫌な予感が走る。まずい。雅臣は、すぐにスマホを取り出した。画面を開いた途端、いくつものニュース速報とトレンドが目に飛び込んでくる。中でも、ひときわ目を引いたのは、次の見出しだった。【決裂――長谷川グループ取締役・高宮小夜、辞任を表明!】記事を開く。わずか数行の文章には、一切の迷いを感じさせない強い決意が表れて
雅臣は結局、佳乃を連れて会場に姿を現した。芝生の上は、たちまちざわめいた。集まった客の中には、最近の噂が本当かどうか見極めようと、様子をうかがいに来た者も少なくない。ところが、決裂したと噂されていた双方が、そろってこの場に現れたのだ。本当に決裂したのなら、長谷川家がわざわざ祝いに来るはずがない。いったい、両家の間はどうなっているのか。婚約披露が始まるのを待ちながら、会場のあちこちに散らばっていた客たちは、それぞれに思惑を巡らせた。知り合いの中には雅臣へ直接探りを入れる者もいたが、二言三言、当たり障りのない返事をされただけで、話を切り上げられてしまった。雅臣に詳しく話す気がないのは明らかだった。「神谷先生が、こういう席に顔を出されるとは珍しいですね」探りを入れてきた数人を適当にかわすと、雅臣は佳乃を連れ、孝志のもとへ挨拶に向かった。ほかの客なら適当にあしらえても、この重鎮を無視するわけにはいかない。少なくとも、挨拶はしておくべきだった。孝志は長谷川家とも旧知の仲で、雅臣を無視することなく、何気ない調子で答えた。「旧友の教え子を見に来ただけだ。それより君こそ、わざわざ嫌われに来たのか?」今日婚約する二人は、どちらも長谷川家と折り合いが悪い。そんな席に顔を出せば、煙たがられるのも当然だ。「……」雅臣は返す言葉もなく、苦笑した。家に戻ったら、圭介をきつく懲らしめてやらなければならない。一体どんなろくでもない策を思いついたのか。今日は恥をかかされてばかりだ。あいつの話など信じるべきではなかった。だが、表情には出さず、笑みを浮かべたまま尋ねた。「旧友の教え子、ですか。先生をここまで動かせるのは、どなたでしょう?」孝志は、小夜をエスコートして入場し、今は壇上で挨拶をしている青山に目をやり、笑った。「ティールのやつだ。自分は楽を決め込んで、この老いぼれに面倒を押しつけおって……」雅臣は驚いた。青山がティールの教え子だったとは。ティールの頼みなら、孝志も断らないだろう。とはいえ、若者の婚約披露のためだけに、わざわざ出向く必要はない。もしや、孝志には別の目的があるのではないか。ある考えが浮かび、雅臣は尋ねた。「神谷先生、例の航空宇宙分野のスマート化プロジェクトですが、研究の方向性はもう固まったのですか?
以前の小夜は、雅臣だけは違うと思っていた。これまでの振る舞いを見ても、雅臣が佳乃を大切にしてきたことは疑いようがなく、その思いは本物に見えた。それなのに今、コルシオが暗闇から狙っていると分かっていながら、佳乃を連れて無防備に外を歩いている。以前のように細心の注意を払って守る様子は、どこにもない。雅臣も、佳乃を利用しているのだろうか。やはり、長谷川家の人間には心がない。小夜は歯を食いしばり、眼差しを鋭くした。ソファに座る雅臣の顔からも笑みが消えた。手にした繊細な茶器の中で、水面がかすかに揺れる。低く、厳しい声で叱りつけた。「小夜。目上の者の事情に、軽々しく口を出すな」「私には、あなたのような目上の人はいません」小夜は一切遠慮しなかった。「今すぐお帰りください。私の婚約披露パーティーでは、長谷川家の方を歓迎していません。初めから分かっていたはずでしょう」「本気で言っているのか?」雅臣は、奈々と頭を寄せ合って動画を見ている佳乃へ目を向けた。その瞳が、わずかに和らぐ。茶器を静かに置くと、淡々と話した。「小夜。君がどう考えようと、今日ここへ来たいと言ったのは佳乃だ。君がもう一度幸せになるところを、自分の目で見届けたいと言ってな。私も、君の婚約を邪魔するつもりはない。そもそも、私は初めから君と圭介が似合っているとは思っていなかった。あの頃は、あいつが君を望んだから、それに乗っただけだ」いったん言葉を切り、さらに続ける。「君と圭介の結婚生活がどれほどひどいものだったとしても、それは君たち二人の問題だ。この何年か、私と佳乃が君をないがしろにしたことがあるか?君を困らせたことが一度でもあったか?それなのに、今では私にそんな口を利くのか」小夜は黙り込んだ。自分と圭介の結婚生活は、とっくに解きほぐせないほど絡まりきっていた。断ち切るには、迷いを捨てて一刀両断にするしかない。だが圭介のことを切り離して考えれば、長谷川家の年長者たちは、確かに自分を困らせたことがなかった。時折冷淡に接することはあっても、与えるべきものを与えず、尽くすべきことを欠いたこともない。特に佳乃は、小夜を心から大切にしてくれた。彼らが自分へ与えた傷があるとすれば、圭介がしてきたことを見て見ぬふりしたことだ。しかも、彼らは自分を完全に
あの男が、佳乃を危険に晒すはずはない。では、なぜ?小夜が答えの出ない疑問を巡らせていた、そのときだった。「小夜ちゃん!」ソファで雅臣と楽しそうに話していた佳乃が、物音に気づいて振り返った。小夜の姿を見ると、嬉しそうに駆け寄り、その手を取る。「もう、小夜ちゃん。婚約するなら、どうして教えてくれなかったの?大切な婚約披露なのに、水臭いじゃない。ほら、見て!お祝いの品を、こんなにたくさん用意してきたのよ。婚約おめでとう!」佳乃はそう言って、部屋の中を指さした。大小さまざまなリボン付きの箱が、部屋の半分を埋めるほど積み上げられている。すべて佳乃が持ってきた婚約祝いだった。「本当は、まだあるのよ。でも、あなたが好きそうな翡翠の飾りや骨董品は、雅臣が持ってこさせてくれなかったの。あとで新居へ運ばせるから、部屋に飾ってね!」佳乃は満面の笑みで小夜を見つめた。「小夜ちゃん?」「……うん。ちゃんと聞いてるよ」小夜は何とか答えた。佳乃の様子を見る限り、まだ記憶が混乱した状態にあるらしい。自分を友人だと思っている。小夜は静かに息を吸った。雅臣の向かいに座る青山へ一度目をやってから、笑みを浮かべる。「ありがとう、佳乃。でも、おかしいな。私、ちゃんと知らせたはずよ。もしかして……雅臣さんが教えなかったの?」小夜は雅臣へ視線を向けた。「え?」雅臣は虚を突かれたように固まった。小夜から、そんな話を聞いた覚えはない。それどころか、長谷川家の人間は参加させられないと言われていたはずだ。だが、考える間もなく、不機嫌になった佳乃が飛びかかるようにして耳を引っ張ってきた。雅臣は、まず妻をなだめるしかない。二人が騒いでいる間に、青山が小夜へ歩み寄り、耳元で囁いた。「心配しないで。先に手配してある。施設の周囲は常に見張らせているから、外部の人間が入り込むことはないよ」外から誰も入れないのなら、佳乃がここにいても危険はない。小夜は頷いたが、それでも完全には安心できなかった。コルシオは深く身を隠している。今どこに潜んでいるのか、いつ姿を現すのか、誰にも分からない。佳乃がここにいると知ったら、何をするかも予想できなかった。長谷川め!今すぐ首を絞めてやりたいほど腹が立つ。一体、何を企んでいるの!小夜は深呼吸
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