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第25話

Author: zhuci
晏人が悠香を殺害した件は、ついに明るみに出た。

警察は手がかりを辿り、あっという間に晏人の関与を突き止めた。

だが、彼はすでに浜市を離れ、捜査への協力も拒否していた。

その時、彼が向かっていたのは、遥か遠くの砂漠にある宇宙開発センターの衛星発射基地だった。晏人は、有人宇宙船に搭乗し、レコードを交換しにようとしている。

必ず無事に戻ってきて、もう一度桃恵の許しを得るんだ。

彼は心に誓っていた。

この人生で、桃恵を失うことだけは、絶対に許されないのだ。

発射基地に到着した晏人の前では、スタッフたちはちょうど最終チェックを行っている最中だった。

晏人は発射台の下から、これから乗り込む巨大な機体を見上げる。その瞳には、常軌を逸したような執念が宿っていた。

まるで、あれが冷たい機械ではなく、桃恵の心へと通じる唯一の道であるかのように。

だが、運命は非情だった。

打ち上げ前のルーチンチェックで、燃料系統に原因不明の異常が検知されたのだ。

自動診断システムが警報を鳴らし、整備員たちは緊急修理に取りかかった。

だが時間が過ぎても、何度もテストを繰り返しても、故障の根源は見つからない。

晏人はその場を行ったり来たりし、焦りで心臓が張り裂けそうだった。

そのとき、秘書がスマホを差し出してきた。

画面には、桃恵がアイランドで挙げた結婚式の写真が映し出されていた。

白いワンピース姿の桃恵が、抱えきれないほどの純白のカラーリリーを抱えている。

その隣には、涼やかな目元の男性が優しく微笑みかけていた。写真越しにも溢れる、揺るぎない愛情があった。

晏人の全身が震え、写真を握る指先には強い力が入り、鋭い紙の端が皮膚に食い込んでも気づかない。

「嘘、嘘だ……桃恵が他の男と結婚するなんて、絶対にありえない!」

「早くしろ!もっと早く!!」

晏人は顔を真っ赤にして、スタッフたちを怒鳴り散らす。「このレコードがどれほど大切かわかっているのか!」

「俺の愛を、全世界に聞かせるんだ!」

「もし、桃恵がこれを聞いたら、絶対に俺のもとに戻ってきてくれるはずなんだ!」

スタッフたちはその異常な様子に恐れおののき、必死になだめるしかなかった。

「お客様、どうか落ち着いてください。今のままでは危険すぎます。万全を期さなければ、発射はできません」

だが、晏人は耳を貸さ
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