松原グループが今回入札したプロジェクトは、ライバル会社との金額差がたったの二十万円しかなかった。こんなにピッタリの金額差、偶然だと言うほうが無理がある。ただ、その人物が誰なのか、誰にも分からなかった。監査部はすでに調査を始めていたが、手掛かりは一切なかった。このような結果になるのは、たった一つの可能性しかない——その人物は、会社の核心情報や入札金額に直接アクセスできる、高層の人物に違いないということだ。社内の空気が張りつめる中、一人の男が室内へと入ってきた。彼はラフな私服姿で、フォーマルなスーツ姿のエリートたちの中で、明らかに浮いて見えた。「取締役会が持ち株を売却しようとしているそうだ」斉藤瑞樹(さいとう みずき)が憲一の耳元で、そっと囁いた。松原グループの株主の一人である彼が突然現れても、誰も文句を言えなかった。瑞樹は自由奔放な性格だが、立場的には明らかに憲一の味方だ。だが、憲一の頭をよぎっていたのは別のことだった。──この状況はさらに悪化するかもしれない。もし古株の株主たちが持ち株を売却し始めれば、それは会社の株価に致命的な打撃を与える。しかも、今回はプロジェクトも失ったばかりだ。そこに株価の乱高下まで加われば……室内の空気が再び一段と張り詰めた。「今回の失態は、この場にいる全員の責任だ。今年の年末賞与は全員半減とする」「三日後から、Aリゾートでの閉鎖型勤務を開始する」「以上、解散だ」その場にいた者たちは皆、内心で不満を抱きながらも、その決定を受け入れるしかなかった。即刻解雇されるよりは、賞与が半減するだけのほうがまだマシだと理解していたからだ。人々が退出した後、憲一はこめかみをぎゅっと押さえた。「叔父たちは、本当に一瞬も休む気がないようだな」──社内の問題すらまだ片付いていないというのに、今度は取締役会からの圧力まで降りかかってきた。「彼らに伝えてくれ。明日の午前十時に取締役会を開くと」瑞樹はうなずき、すぐに連絡へと動いた。憲一は苛立ちを隠せず、無意識のうちに監視カメラの映像をタップした。そこに映っていたのは、星を抱きかかえる由美の姿だった。その目は柔らかく、愛情に満ちていた。その穏やかな光景に、彼の気持ちは少しずつ和らいでいった。深
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