斎藤家本邸の書斎では、琉璃の灯籠の下で揺らめく二つの灯火が、斎藤式部卿の険しい表情を浮かび上がらせていた。「この件を知っているのは誰だ」式部卿の声には怒りが滲んでいたが、長年の修養のおかげで、かろうじて平静を保っていた。広陵侯爵は姉の件は黙っていた。姉が同席を避けた理由が、今になって分かった。確かに、知る人は少なければ少ないほど良い。「誰も……帝師様は卓布で顔を覆われたまま連行されたそうです。恐らく、上原さくら殿だけが」式部卿は奥歯を噛みしめた。「さくらが見たのが最悪だ。山田鉄男か村松碧なら何とかなったものを。あの女が見たとなれば……どうやって救い出せというのだ。きっと天下に触れ回るつもりだろう」「いえ、そうとも限りません」広陵侯爵は慎重に言葉を選んだ。「もしそのつもりなら、帝師の顔を隠すはずがありません。斎藤家への恨みはあれど、先帝様の御顔を潰すようなまねは……」「先帝の師は一人ではない」式部卿の声は冷たく響いた。「帝師の称号を剥奪したところで、誰が何を言えよう。女の狭量さと執念を甘く見るな。女の復讐は男以上に残忍なものだ」広陵侯爵は黙って首を垂れた。さくらのことは分からない。しかも自分は当事者だ。彼女がそこまで冷酷な人間ではないと思っても、その賭けに出る勇気はなかった。今は式部卿の助力が必要なのだ。思案の末、広陵侯爵は慎重に口を開いた。「三弟様の御子息、齋藤遊佐殿は寧姫様と婚儀を……北冥親王様の御妹君ですぞ。寧姫様から上原さくらに一言あれば、事は収まるかと」式部卿は沈黙した。三弟は痴れ者で、その息子の齋藤遊佐は公主邸に住み着き、寧姫と山河を巡る日々を送り、実家には挨拶程度にしか戻らない。若い者には知られたくない一件だが、確かに寧姫の口添えが最も効果的かもしれない。広陵侯爵は式部卿の沈黙に不安を覚え、さらに付け加えた。「それと……南風楼は影森茨子との共同経営でした。調べれば分かることです。陛下は……帝師の出入りと合わせて、どうお考えに」「貴様!」式部卿の怒鳴り声が書斎に響き渡った。顔を蒼白にしながら立ち上がり、広陵侯爵の鼻先を指差した。「よくもそのような……影森茨子の南風楼を継続させ、父上の出入りも黙っていた。そして今になって我が斎藤家を巻き込もうというか。そんな魂胆は見え見えだ!」広陵侯爵は式部卿の怒りを見
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