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All Chapters of 桜華、戦場に舞う: Chapter 1511 - Chapter 1513

1513 Chapters

第1511話

しかし、さくらは平安京の皇族や官吏たちが、北森の交渉介入を知らされていなかったらしいことに気づいた。彼らの顔には明らかに困惑の色が浮かんでいる。困惑の後に続いたのは、喜びと自信の表情だった。きっと北森の参加を、平安京への後ろ盾と受け取ったのだろう。この様子を見て、さくらはむしろ安堵した。もしそうなら、元新帝は事前に彼らに知らせることもできたはずだ。少なくとも交渉に当たる官僚たちには伝えておけただろう。なぜそうしなかったのか。考えられる理由は一つしかない。彼女もまた互いの歩み寄りを望んでおり、朝廷で支持する者が少ないため、誰もが信頼を寄せる北森の安豊親王を招いたのだ。そう考えれば合点がいく。昨夜元新帝がさくらと紫乃を宮中に招き、最初に口にした「念願が叶わない」という言葉も。女子科挙は一例に過ぎず、多くの政策を推し進めることの困難さを語っていたのだろう。この推察に至り、さくらの心は軽やかになった。宮中での宴が終わると、北唐の一行は早々に辞去した。食事以外に特に意見を述べることもなく、軽い会話を交わした程度だった。彼らが立ち去ると、大和国使節団も席を立って暇を告げる。皆準備を整えねばならない。スーランジーから渡された日程によれば、明後日にはもう交渉が始まるのだから。宿泊先の離宮へと戻った一行は、清家本宗の呼びかけで円座を組んだ。といっても、いつもの議論の繰り返しだ。ただ、今回もさらに譲歩するとなれば、地図を広げてじっくり検討しなければならない。「また同じ話の繰り返しになりそうだが……」清家が溜息混じりに切り出す。今度もまた譲歩を迫られるとなれば、皆で地図を広げてじっくりと検討しなければならない。だが、出発前に天皇から示された譲歩の限界線——それを超えれば、帰国しても面目が立たず、歴史に汚名を刻む羽目になる。重苦しい沈黙が部屋を支配した。誰も最初の一言を発しようとはせず、ただ広げられた地図を見つめながら、心の内で様々な思惑を巡らせている。一方、北森の一行は都の一角にある宿場に身を寄せていた。彼らの希望でそこを選んだのだが、スーランジーが気を利かせて宿全体を貸し切りにしてくれたおかげで、食事も夜食も、一声かければいつでも用意される環境が整っていた。案の上に広げられた地図は、両国で使われているものとは明らかに違っていた
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第1512話

その位置こそが、今回の交渉における北森の姿勢を物語っていた——完全なる中立。さくらは心の奥で呟いた。国が強いって、本当にいいものね……羨望にも似た感慨が、静かに胸に広がっていく。初日の交渉は、予想通り堂々巡りだった。「我が国の正統な領有権は……」「しかし歴史的経緯を見れば……」通訳官たちが汗を拭きながら、同じような文言を何度も行き来させる。どちらも一歩も引かない姿勢を崩さず、ひたすら過去の正当性を主張し続けた。まあ、仕方のないことではある。最初から譲歩を見せれば、後はずるずると押し切られるだけだ。結局、第一回目の会談では何の合意も得られず、互いの腹の底を探り合うだけで終わった。翌日、第二回目の交渉が始まった。またしても両国の代表が同じような主張を繰り返し始めた時、安豊親王がゆっくりと手を上げた。「これ以上同じことを繰り返しても、時間の無駄だろう」会場に静寂が落ちる。親王の声は穏やかだが、そこには確固とした威厳があった。「国境問題は数十年来の懸案だ。一朝一夕に解決できるものではない。ならば、まずその問題は脇に置いて……」親王は両国の代表を見回した。「私が聞きたいのは、貴国方が真に友好関係を築き、不可侵の約を結ぶ意思があるのかということだ」この問いかけに、両国とも前向きな返答を寄せた。「もちろんです。我々は平和への強い願いを抱いて参りました」「争いのない未来こそ、両国民が望むものです」安豊親王は懐から一束の書類を取り出すと、机の中央に静かに置いた。「こちらをご覧いただこう」そこには両国の特産品がびっしりと書き連ねてあった——穀物、畜産品、絹織物、工芸品、茶葉、毛皮、陶磁器、紙、硯……各国でしか採れない薬草や香辛料から、岩塩、鉄鉱石、翡翠まで、ありとあらゆる品目が整然と並んでいる。両国の代表団が書類に目を通すうち、険しく結ばれていた眉間が次第にほころんでいく。巨大な利益を前にすれば、譲れないと思っていたことも案外話し合えるものだ。どうしても折り合いがつかなければ、とりあえず棚上げすることもできる。長年の戦で国庫は底をついている。どちらの国も国力回復が急務だった。北森の発展の軌跡を見れば明らかだ——農業偏重の古い政策ではもう立ち行かない。農業と商業、両輪で回してこそ国は豊かになる。何より、商税の旨味は大きい。この一枚の書類
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第1513話

二日間の視察を終えた頃、スーランジーがさくらに声をかけた。「そういえば、貴国には丹治先生という名医がいらっしゃいますね」唐突な話題に、さくらは振り返る。「ご存知なんですか?」「ええ。彼が作る雪心丸という薬——あれに使われる雪のハスのことで、少しお話が……」スーランジーの表情が真剣になった。「雪のハスは貴国では極めて希少だとか。邪馬台にはありますが、雪山の頂上付近でしか採れず、しかも滅多に見つからない。ところが、こちらでは珍しいものではありません。高山なら至る所で見かけます」さくらの目が見開かれる。「実は……」スーランジーが声を潜めた。「丹治先生が現在使っている雪のハスは、すべて平安京の薬商から密かに仕入れたものなのです。法外な値段で取引されているため、雪心丸を一粒作るたびに赤字になっているのが実情です」さくらは雪心丸の入手困難さについて聞いていたが、材料の詳細までは知らされていなかった。だが、平安京から薬草を調達していたとなれば、丹治先生が秘密にしていた理由も合点がいく。この時期まで両国間の商取引は禁じられていたし、特に薬草類の流通には厳しい制限があった。スーランジーと元新帝が、ここまで詳細に調査していたということは……両国の交易開始は既定路線だったのかもしれない。北森の安豊親王を招いたのも、計画を実現するための最後の一手だったのだろう。「雪心丸は人命を救う薬です。材料が安定供給されれば、一般庶民まで恩恵が広がる……本当に素晴らしいことですね」さくらがしみじみと呟いた時、ふと先ほどの薬草市場を思い出す。「でも、あの市場で雪のハスを見かけませんでしたが……?」スーランジーが苦笑いを浮かべた。「それもそのはず。平安京では珍しくないとはいえ、やはり貴重品には違いありません。険しい山を登らねば採取できませんし、強心作用や鎮痛効果も抜群ですから……一般の市では取引されないのです」彼は手を叩いて従者を呼ぶと、さくらに向き直った。「もしご不審でしたら、今すぐ一籠分お持ちしましょう。大和国へお持ち帰りになって、丹治先生にご確認いただければ」「それは……」「いえいえ、遠慮は無用です」スーランジーが手を振ると、従者が慌ただしく走り去った。程なくして、藤で編まれた籠がどっしりと運び込まれる。中身はたっぷりと詰まった乾燥薬草だった。枝葉ごと乾燥させた雪の
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