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All Chapters of 桜華、戦場に舞う: Chapter 1251 - Chapter 1253

1253 Chapters

第1251話

さくらが去った後も、皇后の怒りは収まらなかった。横で険しい面持ちのまま、皇后は祖父が薬を飲み、人参湯を啜り、侍医に気血を巡らせる鍼を打たれ、さらには丹治先生の残した丸薬まで口にするのを見守った。わずか一時間も経たぬうちに、帝師の顔色は見違えるように良くなっていった。侍医の診立てでは、心に闘志が宿り、回復の望みが出てきたという。斎藤家中が喜びに沸く中、ただ一人、皇后だけが深い失望に沈んでいた。その蒼白な顔色は、かつて帝師が南風楼で装った化粧にも劣らぬほどだった。これが自分の賭けだったことを、皇后は悟っていた。実家の顰蹙を買い、陛下の不興も免れまい。だが上原さくらは大きな脅威だった。その評判が地に落ちなければ、皇后の名が輝くことはない。さくらの成し遂げたことを全て自分がやり直せばいい。女学校を再興し、朝廷の重臣や貴族の娘たちを集め、名門の力を糾合して大皇子の基盤を固める。かつては蔑んでいた策も、今は手段を選んでいられない。父の優柔不断な態度を見抜いた今、斎藤家だけを頼みにしていては、一度でも躓けば全てが水泡に帰すことは明らかだった。穂村宰相は帝師の病室を訪れ、その肩に優しく手を置いた。「旧友よ、しっかり養生するのだ。若い者たちが世の中をどう変えていくか、じっくり見物しようではないか。彼らが暴れてこそ、世も賑やかというものだ」帝師は胸を突かれたような表情を浮かべた。宰相から軽蔑や侮蔑の言葉が投げかけられると覚悟していたが、その態度は昔と変わらなかった。帝師は危機を脱したものの、榮乃皇太妃は天命を全うすることができなかった。二月初旬、薨去の知らせが発せられ、清和天皇は燕良親王に帰京を許した。燕良親王はこの日を待ち望んでいたかのように、屋敷中で号泣の声を上げた。だがその涙が乾くや否や、すぐさま準備に取り掛かった。それは帰京の支度ではなく、かねて手配していた講釈師たちに、亡き母妃——文利天皇の妃の一人であった方の死を、皇室の非道の証として触れ回らせる算段だった。皇室の不孝を糾弾せんとする魂胆である。しかし、その企みが形を成す前に、思わぬ事態が起きた。民衆の間で、現太后への賞賛の声が広がったのである。太后が榮乃皇太妃の病に際し、四方に医師を求める榜を出し、十二人の侍医が昼夜を問わず看病に当たり、さらには丹治先生までも召し出し
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第1252話

淡嶋親王は細々とした財を携え京を逃れたが、途中で全てが偽物と取り替えられていたことに気付き、狂気のような怒りに震えた。しかし、もはや引き返すことなど許されない。この地で血統という空虚な権威だけを頼りに生きる羽目となった。誰も彼を本気で支持してはいない。その立場は実に危うい。だが、一筋の活路は見出せた。それは燕良親王にとっては諸刃の剣となるかもしれないが——人は己のために生きるもの。この身を屈め、忍耐を重ねた年月。その真の目的など、単なる領地が欲しいなどという薄っぺらな野心ではなかった。あの方は長年、誰にも疑われることなく力を蓄え、他者の力を巧みに奪い取ってきた。真の謀略家とはこういうものだ。もちろん、あの方は燕良親王以上に手強い。成功の暁には、その果実を奪うのも容易ではあるまい。だが勝算で言えば、あの方が燕良親王を上回る。当然、より勝算の高い方に付くべきだ。燕良親王の下では何の切り札も持てない。財も、人脈も、全て失った。しかし、あの方にとって、燕良親王こそが切り札となる。燕良親王の全てを蚕食するには、自分が必要不可欠なのだ。母妃の死に、燕良親王は心から悲しみを覚えた。だが、その悲しみ以上に怒りが込み上げる。母の死が何の意味も持たず、かえって太后の徳を際立たせる結果となったからだ。「なんと卑劣な」親王は歯を噛みしめた。太后の評判が上がれば、自然と清和天皇の面目も立つ。母の死すら、彼らの道具に使われたのだ。京では帝師と南風楼の醜聞は風化し、代わって太后の慈悲深い所業が人々の口の端に上っていた。かつて賢后と呼ばれ、先帝と深い愛情で結ばれていた太后。先帝崩御後は悲しみに沈み、徐々に人々の記憶から遠ざかっていった。しかし今、その善政が再び語られ始めた。皇后時代の功績が次々と掘り起こされ、讃えられている。その評判は雷のごとく轟き、嵐のように京中を席巻し、南風楼に纏わる噂を完全に覆い隠した。「太后様の一手、圧倒的だわ」さくらは感心したように目を細めた。「世論を動かすことなど誰にでもできるものでございます。ですが、太后様にはそれを裏付ける実績がおありになる。これは真似のできることではございませぬ」有田先生は静かに言い切った。榮乃皇太妃の喪が明けると、京の内外の貴婦人が宮中に伺候したが、後宮を取り仕切っていた
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第1253話

式部卿は訪問客を一切断っていたものの、夫人を伴い自らさくらを訪れた。さくらは普段通りに二人を迎え入れた。式部卿との会話など特にないため、有田先生に任せ、夫人を離れの間へ案内してお茶を出した。この一年余り、めったに外出しなかった斎藤夫人は随分痩せていたが、その様子は以前より穏やかになっていた。かつての頑なさも影を潜めていた。以前の夫人は式部卿家の家事を取り仕切る主婦として、また氏族の女主人としての矜持を重んじ、いかに不満があろうとも決して表情に出すことはなかった。常に自分を追い詰めていた夫人だが、今は多くを悟ったかのようだった。無理をせず、ただ節度を保つことで十分だと、完璧を求めることもなくなっていた。夫人はさくらに、娘をきちんと育てられなかったことを詫びた。「私はこれまで何もかも完璧にできると思っていました。でも、実際にはほとんど何一つ、本当の意味で上手くいかなかったのです」そう言って、夫人は続けた。「でも、もういいのです。人生で一つでも、心から満足できることがあれば、それで十分なのですから」さくらは微笑んで答えた。「誰にだって後悔はあるものです。これからは、ご自分を大切になさってください」夫人は遠くを見つめながら言った。「ええ、自分を大切にする。それは即ち、少しだけ心の赴くままに生きるということですね」さくらは思った。人が今までの自分を壊し、新しい自分を作り直すというのは、本当に難しいことだ。斎藤夫人がそれを成し遂げられたのは、素晴らしいことだと。「そうそう、斎藤帝師様にお伝えいただきたいことがございます。ご依頼の方のことですが、すでに捜索を始めております。何か分かり次第、すぐにお知らせいたします」斎藤夫人は、さくらの言行一致の決意と、約束に対する強い責任感に感服し、立ち上がって深々と礼をした。「ありがとうございます、王妃様」帝師が探している人物について、さくらにとってはそれほど難しい捜索ではなかった。すでに紅羽たちに情報収集を命じており、氏名も住所も身分も判明している以上、隠居していたとしても、おそらく見つけられるはずだった。ただ、帝師は本気で探そうとしなかったのか、あるいは探す勇気がなかったのかもしれない。有田先生と式部卿との会話は、まるで噛み合わなかった。親王家の謀士と朝廷の式部卿では、共通
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