上原修平の邸宅は、本家の屋敷から程近い場所にあった。中庭を挟んで表と奥に二つずつ棟が並ぶ、立派な造りの家だ。普段なら、上原修平の妻である菊乃は、夕餉の後に姑の元を訪れ、一緒に針仕事をするのが常だった。腹に宿る子のための産着を縫ったり、二人の息子のために何か小物を作ったりするのだ。しかし、この夜は菊乃の姿が見えない。どころか、いつもなら聞こえるはずの子供たちの遊ぶ声さえしない。修平の母は不審に思い、ばあやの石川はつねに様子を見てくるよう言いつけた。石川が菊乃の部屋を訪ねて尋ねると、菊乃の侍女である甘露は驚いた様子で答えた。「若奥様は、奥様のところへ針仕事をしに行かれましたよ。もう半刻ほど前のことです。お坊ちゃま方もお連れでしたが」石川ばあやは驚いて言った。「いいえ、違います。奥様はまだ若奥様にお会いしていないとおっしゃって、私にこちらへ様子を伺いに来るようにと」甘露は首を傾げた。「まさか。確かに行かれましたよ。夕餉を済ませ、安胎の薬を飲んでから出かけられました」「奥様のところへ行くとおっしゃったのですか?」「はい、そうです。夕凪も一緒に行ったはずです。若奥様は出かける前に、私に廊下の掃除をするようにとおっしゃいました。それで私はお供しなかったのです」石川ばあやはため息をつきながら言った。「見かけませんでしたか。もしかしたら、どこかに訪ねものでもしているのかもしれません。さあ、あなたは本家に確認しに行きなさい。私は隣の三郎様の奥様のところへ行きます。今日の昼間、三郎様の奥様はお坊ちゃまたちを遊びに呼ぶと言っていましたから」三郎様の奥様とは、上原世平の妻のことだった。二つの家は塀一つ隔てた隣同士の屋敷だった。上原世平は、今では太公が率いる一族の若者たちの面倒を見ており、家族からの尊敬も厚かった。かつて上原さくらが将軍家を去った際も、世平は族の若者たちを引き連れて、嫁入り道具の運び出しを手伝っていたのだ。石川ばあやと甘露は慌てて外へ飛び出し、あちこち尋ねて回った。しかし、どちらも菊乃と子供たちの姿を見かけていないと言う。上原世平は、この状況に不審を覚えた。義妹の菊乃はは、この数年間、修平と共に馬込で過ごしており、京の街に戻ることはめったになかった。加えて、六か月の身重であることから、外出することはほとんどなく、せいぜい本家や世平の
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