舞子はスマホをいじりながら、光の入り方や背景を確認し、いい感じのアングルを探していた。それから、まだ十分も経たないうちに――トン、トン。個室のドアが静かにノックされた。「入れ」賢司が淡々と告げると、スーツ姿の男性が一人入ってきた。手には、立派な一眼レフカメラを持っている。舞子はきょとんとして尋ねた。「え……この人、誰?」賢司は椅子に背を預けたまま、平然と答える。「彼の撮影技術は本物だ。世界的なフォトコンテストで一位を取ったこともある。お前の写真、彼に任せようと思って」「は、はぁ!?」舞子は目を丸くして男を見、それから賢司に向き直った。ちょっと待って。たった今、写真が下手だって言っただけよ?それでプロのカメラマンを呼ぶとか、本気なの?しかも、フォトコンの優勝者って……!「えっと……その……」舞子は口をパクパクさせ、言葉に詰まった。どう表現すればいいのかわからない。動揺のあまり変な汗まで出てきそうだった。ようやくしぼり出した声は小さくて弱々しい。「あの、もういいの。写真は……もう大丈夫」「撮らないのか?」賢司は静かに聞き返した。「うん。もうお腹すいちゃったし……ね?」いや、デート中に突然プロカメラマン登場って、なんのコントだよ!写真下手なら、私が教えてあげればいいじゃない!賢司が片手を軽く振ると、男は一礼して静かに部屋を後にした。舞子は思わず吹き出しそうになりながら、口元を押さえた。「もう……私が教えてあげようか?習いたい?」その茶化すような口調に、賢司はふと舞子の撮る写真を思い出した。確かに、あれはなかなかだった。真顔のまま、彼は頷いた。「真面目に習う」その真剣な表情。まるで人生を賭けた勉強でも始めるかのよう。舞子は思わず笑い、目を細めた。そしてスマホを手に彼の隣に移動し、本当に教え始めた。構図、光、背景とのバランス。賢司は驚くほど真面目に聞き入り、すぐに実践を始めた。最初はぎこちなかったが、徐々にコツを掴み始めているのが分かった。写真を撮ったり、食事を楽しんだり。笑い声が静かに響く個室で、穏やかな時間があっという間に過ぎていった。舞子は思っていた。こんな堅物な彼とのデート、きっと退屈だろうと。だが現実は、まるで逆だった。どんな話題を
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