All Chapters of 冷酷社長の逆襲:財閥の前妻は高嶺の花: Chapter 1171 - Chapter 1180

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第1171話

もしここで彼女が出て行けば、宮沢家の父子の関係はさらに悪化するだけだろう。彼女は、光景に嫌われることなんて怖くはない。恐れているのは、すでに危うい立場にある隼人が、さらに追い込まれることだ。「みんなから指を指されて、唾をかけられる、か。お前が言ってるのは、秦のことだろう」隼人は白露を一瞥もせず、冷徹な声で脅すように言った。「忠告しておく。おとなしくしてろ。それでもまだ目を覚まさず、あの母親の罪を帳消しにしようとするなら――俺は必ず、お前をその母親と同じ道に送る。母娘そろって、牢屋で仲良く過ごせばいい」その言葉は、白露だけでなく光景にも聞かせるためのものだった。言外の意味は一つ――秦を、誰にも助けさせないという宣言だった。「隼人!あんた……なんてひどいことを!」白露は足を踏み鳴らし、涙をこらえきれずに光景の腕にすがりついた。「お父さん!隼人お兄ちゃんが、なんてこと言うのよ!あの人はお母さんを殺そうとしてるの。お父さんの奥さんを殺そうとしてるんだよ!それだけじゃない、お母さんだけじゃなくて、私まで殺そうとしてる!私、いったいどこであの人を怒らせたっていうの?」光景は彼女に揺さぶられ、頭がさらに混乱していく。苛立ちを覚えつつ、腕を振りほどけなかった。「宮沢会長……宮沢会長……」裕太は、宮沢家の親子関係がここまでこじれているのを見て、今がチャンスだと思った。慌てて床から起き上がると、鼻血をぬぐいながら、泣きそうな顔で光景の前に立つ。「宮沢会長……僕は、ただ会長と宮沢家のためだけに働いてきました。身を粉にして、命を削って……そのことは、会長もご存じですよね?隼人社長と奥様の間に深いわだかまりがあるのは承知しています。でも、僕は弁護士として自分の職務を果たしただけで……それなのに、隼人社長は自分の怒りを、全部この僕にぶつけてきて。宮沢会長、これじゃあ、とんだとばっちりじゃないですか!」光景は裕太の顔に血がついているのを見て、目を向けることもできず、淡々と言った。「裕太先生、すまなかった。この件は、こちらで対処する」隼人は、宮沢家という存在に関わるすべてに心底うんざりしていた。「桜子、帰るぞ」これ以上、光景と同じ空気を吸っていたくなかった。隼人は桜子の手を引き、堂々と出口に向かって歩き出した。裕太のそ
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第1172話

「でも、あなたの奥さんが彼に近づいて、薬を手に入れて、それを使い続けて中毒になった。その後も、薬を手に入れるために危険なことを平気でやるようになって。競馬の日には、竜也先生と取引もした。――ここまで、すべて奥さんが自分の意思でやったこと。誰かに強要されたわけじゃない。確かに、これは仕掛けた局でした。でも、その中に入るか入らないか、宮沢夫人には最初から選択肢があったはずよ」言い終わると、隼人は優しく桜子の肩を抱き寄せ、そのまま警察署を後にした。……「お父さん!なんであの女をそのまま帰させるの?お母さんをはめた張本人なのに!」白露は半泣きで叫ぶ。それを見かねた中野秘書が、冷静な表情で皮肉っぽく言った。「桜子さんが言ったことには、証拠が必要ですよ。証拠もなしに決めつけるのは危険ですからね。名誉毀損で訴えられることもありますよ」白露は中野秘書をにらみつける。「高城警官さん。岡田局長に会いたい」光景は、冷たい目で椿を睨みつけた。椿は壁にもたれかかり、腕を組んだまま言った。「岡田局長は今ここにいません。上から呼び出しがあって、出かけてます」「じゃあ、今すぐ電話してくれ。俺に会うように伝えてくれ」「申し訳ないですが、私はただの下っ端警官さんです。そんな権限はありません。局長を呼びたいなら、自分で電話すればいい」椿はあくびをして、手をひらひらと振った。このぞんざいな態度に、光景の怒りはさらに募った。この若造が万霆の奥さんの子で、桜子の兄だということは知っている。自分に愛想よくするはずがないのも分かってはいたけど。やっぱり、側室の子どもはこんなものだ。下品で、礼儀も知らん。白露は涙をこらえながら訴える。「お父さん……桜子、完全にお父さんの頭の上に乗っかってるよ……私たち宮沢家の人間が、あのクソ生意気な子に好き勝手されて、言いなりにならなきゃいけないの?」「ありえん。絶対にありえん」光景の顔は土気色に変わり、歯ぎしりをする音が聞こえてきそうだった。「奴が何を望んでいるかくらい、分かっている。隼人ともう一度結婚したいだけだ。そんな妄想、捨てさせてやる。あんな腹の底が読めない女を、宮沢家の嫁にするつもりは毛頭ない。たとえ親父があいつの肩を持ったとしても、無駄だ」……帰りの車の中。
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第1173話

隼人は冷静に一礼をし、きちんと立場を弁えた。この男とは、正直かなり関係がこじれている。会うたびに冷たくされ、意地悪な言動もされてきた。それでも、隼人は桜子を愛しているし、以前から高城会長という人物を尊敬していた。だからこそ、態度は常に謙虚だ。——ただし、隆一のように必死に媚びるわけではない。「高城会長、こんな夜更けに、風も冷たいですし、露も降っております。お体を冷やさないように気をつけてください」光を放ちすぎず、静かに澄んだ水のような物腰。よくよく味わえば、その落ち着いた雰囲気は心地よく、自然で押しつけがましくなく、まるで爽やかな風に当たっているようだ。万霆はただうなずき、軽く応じる。超一流の大物が、ボディガードも連れずに一人で立っている。その光景に、桜子は不安を感じ、慌てて駆け寄った。「お父さん、なんで誰も連れていないの?一人で来るなんて、何かあったらどうするの……」「斎藤には腕があるし、こんな時間に、あいつらの休みを潰したくなかったんだ。それに、俺の娘が盛京でどんな生活をしているのか、自分の目で見ておきたかった。住んでいる家が居心地いいかどうかもな」万霆は別荘を一度見回しながら言った。「ふむ、小さいけど、ちゃんと整っている。広々とは言えんが……まあ、ぬくもりはある」「まさか、勝手に鍵を開けて中を覗いたりしていないでしょうね?」桜子は頬に熱が広がり、恥ずかしさを隠すように口を尖らせる。しかし、家のあちこちには、二人の生活の痕跡が残っており、それが彼女にとっては恥ずかしかった。「お前の目には、父親は普通の人間として映らないのか」万霆は青筋を浮かべて、顔を歪めて言う。「お前の家には、女中が一人いたろう。あいつが鍵を開けて、ついでに茶を淹れてくれたし、お菓子も出してくれた。何枚か食べたけど、なかなかいけたぞ。それで、斎藤に残りは全部持って来させろって言っておいた」斎藤秘書が、手にした透明な箱をぶらりと掲げて見せる。「ちょっと、万霆ひどい!それ、隼人にあげるために作ったお菓子だよ!置いてって!」桜子はぷんぷん怒りながら、足を踏み鳴らし、白い小さな手を伸ばして箱を取り返そうとする。危うく飛びかかりそうになったところを、隼人が慌てて引き留めた。「お父さんの周りには、いつも女の人が三
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第1174話

「もう……ほんと、なんで言うのよ」桜子は唇をきゅっと結び、むっとしながら隼人の脇腹を肘でつついた。万霆は、娘と隼人のやり取りを黙って見守っていた。胸の中に、じんわりと甘いぬくもりが広がっていく。まるで砂糖衣をべったり塗った砲弾を、正面から食らったような気分だ。背後に控えていた斎藤秘書でさえ、思わず「婿ラブなおじさん」みたいなにやけ顔をしてしまう。「宮沢社長。桜子の体は、まだ本調子ではない。お前がそばにいてくれているのはありがたい。しかし、お前も社長として忙しい身だ。毎日一日中、付きっきりで看病するわけにはいかないだろう。俺としては、娘が心配でならん。だから一度、家に連れて帰って、何日か休ませたい」軽口もそこそこに、世間話も終わり、万霆はようやく本題に入った。「やだ、帰らない。誰が『世話する人いない』なんて言ったのよ?隼人が探してくれた白倉さん、とっても頼りになるんだから。毎日しっかり面倒見てもらってるし!絶対帰らない」桜子は、人生でいちばん大事な男二人——父親と恋人——を目の前にして、遠慮ゼロでぷいっとすねてみせた。そのわがままさえ、愛らしい。隼人は黙って彼女のそばに立ち、細い腰に回した腕に、そっと力を込めた。本当は、彼も一度高城家に戻したほうがいいと思っていた。家には彼女の世話をできる人間が山ほどいるし、家族ともゆっくり過ごせる。……それでも、離れたくなかった。朝も夜も、刻一刻を彼女と一緒にいたい。一秒でも長く、そばにいて守りたかった。たとえ一日だけの別れでも、胸が焼けるようで、この想いを抱えたまま耐えるのは、本当にきつい。桜子を説得しきれないと見ると、万霆は今度は隼人に視線を向けた。表情はかなり真剣だ。「宮沢社長。うちの娘は一度、お前と結婚している。だが、今のところお前たちは元夫婦だ。しかも、お前も桜子も、ただの一般家庭の生まれではない。そんな二人が、こうして一つ屋根の下で暮らしている。正直、俺はあまり良いこととは思わん。もし本気で、桜子との将来を考えているなら、もう少し段階を踏んでいくべきだろう。焦って一気に進めるのは、違うと思うが……どうだ?」隼人は深く息を吸い込む。それから、名残惜しさをにじませながらも、大切な彼女の肩に添えた手を、そっと前に押し出した。
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第1175話

桜子は小さく頷いた。「わかってるよ。お父さんが、私のことを思ってやってくれてるって」しばらくして、万霆の耳にかすかなすすり泣きが聞こえてきた。胸元あたりがじんわりと温かく、濡れていくのを感じる。「桜子?お前……泣いてるのか?」「お父さん……隼人に会いたい……すっごく、会いたいよ……」桜子が彼の胸にしがみついて、子どもみたいに泣きながら甘えてくるのは、本当に久しぶりだった。けれど、万霆の胸の中には、甘さよりも先に、じくじくとした痛みが広がっていく。目のふちまで熱くなった。優子が森国に嫁いでいった年でさえ、ここまで強い感情は揺れなかった。だが今。桜子と隼人が、お互いを手放したくなくて、必死に繋がろうとしている姿を見ると――自分の心の一番柔らかい部分を、あの若造に全部持っていかれたような気がする。その痛みも、その未練も、父親になった者にしか分からない。俺の桜子……今度ばかりは、本当に――父さんの手じゃ、引き止められないんだな。……桜子は海門の家に戻ると、そのまま自分の部屋にこもった。布団にくるまったまま、隼人と延々と電話でしゃべり続ける。あれこれ思いつくままに話し倒す桜子は、すっかり小さなおしゃべり魔だ。隼人はただ向こうで静かに聞いている。ときどき彼女の考えに賛成してみせたり、その提案に少し意見を足してみたり。魂の波長が同じで、価値観もぴったりと合う二人には、話題なんていくらでもあった。話しても話しても、終わらない。やがて桜子の頭がふわふわしてきて――知らないうちに、そのまま眠り込んでしまった。翌朝。桜子はまだぼんやりとした目をこすりながら、気持ちよさそうに大きく背伸びをした。「桜子。どうやら、ぐっすり寝られたみたいだな」――?桜子はひゅっと息を飲んだ。慌てて横を向き、まだ画面の明かりがついたままの携帯をつかむ。「隼人?ちょ、ちょっと待って。まだ、つないだままだったの?」向こうでは男の声がかすれ気味に響き、明らかに疲れがにじんでいた。「昨夜、話してる途中で急に声が聞こえなくなったから、ああ、寝ちゃったんだなって思った」「じゃあ……まさか、あんた……」「切るのがもったいなくてな。君が、歯ぎしりしながらいびきかいてるのを、ちゃんと意識がある状
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第1176話

「隼人。お兄さんはいま病気療養でM国にいるって聞いたけど……だからって油断しないでね。この前、Jグループとの契約の件で表に出てきたの、あれが初お披露目でしょ?一度動いたってことは、いつか必ず戻ってくるってことだから」桜子は不安を隠しきれない顔で言った。「桜子。君、そんなに俺がヒモになるのが怖いのか?」隼人はくつくつ笑って、わざと軽口を叩く。「いま真面目な話してるの!」「兄貴が戻ってくるのは別に怖くない。正面からやり合うのも、全然かまわない。公平な競争――その前提さえ守られるなら、だ。もともとあいつのものだったものを取り返したいって言われても……そのとき俺は文句なんて言わない」桜子は知っていた。あの誘拐事件が、いまも隼人の胸に棘みたいに残っていること。彼はずっと兄に対して負い目を抱えている。「でも、裏でこそこそ動いて不正をする気なら話は別だ。そのときは絶対に譲らない。今回の競馬会で一番成果を上げたのは、本来お前たち高城家のほうだ。アンドリュー・ウィルソンが筋を通す男なら、迷わずそっちを選ぶはずだろ。それでも兄貴や誰かが横から口を出して台無しにするなら――俺は黙って見過ごさない」低くて渋い声が、桜子の耳元をかすめる。妙に心臓の奥をくすぐる響きだった。「俺がいる。だから安心しろ」……愛子は、言っていたとおりのバカンスには出かけなかった。いつも通り家に残って万霆の世話をし、家族の食事を作る。秦が世間から叩き落とされても、愛子の日常は何ひとつ変わらない。淡々としていて静かで、自分のペースを穏やかに守り続けている。桜子のために仇を討ってくれたことには、もちろん感謝している。けれど、いまの愛子には愛する人がいて、家族がいて、娘もいる。その中で生きていると、憎しみなんてとっくに色あせた、昔の傷のように思えた。桜子は、愛子がじっくり煮込んでくれた気血を補う鳩のスープを、幸せそうに全部飲み干した。三人の奥様たちが桜子を囲み、顔色がすっかり良くなったのを見て、ほっと息をつく。「見る限り、あのクソガキ。ちゃんとあなたの面倒見てるみたいじゃない」鈴子が頬杖をついて、感心したように舌を鳴らす。「話聞いてるとさ、私ちょっと隼人のこと見直したわよ。箱入りの御曹司が自分から家事全部引き受けて、桜子のために家庭
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第1177話

「万さん、頭おかしいの?裕太の件と翔太に何の関係があるのよ!ちょっと文句言ってくる!」桜子はぷんすか怒って、テーブルをバン!と叩き立ち上がる。だが愛子が慌てて腕をつかんだ。「ダメ、桜子。これはあなたの出る幕じゃない。首を突っ込んだら、逆にお父さんを怒らせるだけよ」「でも翔太は、私にとってすごく大事な友だちだし、綾子は実の妹だよ。どうして知らん顔できるの?絶対放っとけない」桜子は、家族に反対される恋がどれだけ苦しいか身にしみて分かっている。綾子には同じ道を歩かせたくなかった。それに、自分だって高城家で一番かわいがられてる娘なのに、たった一人を愛するだけでここまで苦労している。翔太はただの秘書。綾子は気が弱くて、自分から強く言えない子。そんな二人の恋なんて、嵐の海に浮かぶ小舟みたいなものだ。家族から大反対という津波が来たら、ひとたまりもない。「桜子、わがまま言わないで」敏之も前に出て止めに入る。「やっと最近になって、あんたのお父さんも隼人を見る目がちょっとだけ変わってきたところなの。ようやく二人の暮らしもマシになってきたばかり。ここであんたが突っ走ってまた怒らせたら、あの人根に持つわよ。その八つ当たりが隼人に飛ぶかもしれない」「そうそう。それに綾子は愛子さんの娘でしょ?桜子が前に出るの、立場的にも微妙よ」鈴子も横からなだめる。桜子はどうにもやりきれなくて、深いため息をついた。そして席に戻ると、イライラを押し込めるみたいにスープを一気に飲み干した。……愛子が娘に会いに行くと言うと、桜子も後ろからついていった。リビングでは、翔太と綾子がきちんとソファに並んで座っていた。肩をぴたりと寄せ、指を固く絡め、甘く見つめ合っている。あ〜〜〜かわいい……!桜子はどこからどう見てもおば目線のにやけ顔になり、今にも口からピンクのハートがぷかぷか出そうだった。「翔太、綾子。久しぶり」二人は慌てて立ち上がる。綾子は恥ずかしそうに視線を落とし、鈴のように澄んだ声で尋ねた。「お姉さん、お加減は……?お怪我は、もう大丈夫ですか?」「もう平気。二人の顔見たら、全部治った」「愛子様、桜子様」翔太は恭しく一礼した。すらりとした立ち姿。礼儀正しく、育ちの良さがにじむ。高城家のお嬢様と付き合っている
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第1178話

「でもね。物事って、真心だけでうまくいくほど簡単じゃないの。客観的な条件だって、ちゃんと考えなきゃいけない。その理屈は――林田家の三男のあなたが、一番わかっているはずよ。翔太」さらりとした口調なのに、その言葉は翔太の心に重い石みたいに沈んで、何重にも波紋を広げた。愛子はそれ以上言わず、くるりと踵を返して歩き出す。桜子は慌てて追いかけ、ぱっと手をつかんだ。焦りと戸惑いをいっぱいに宿した目で見上げる。「愛子さん、どうして?前だって何度も私の前で翔太のこと褒めてたよね。ずっと翔太のこと好きだって言ってたのに、なんで愛子さんまで急に態度変えちゃうの?」「翔太のことは好きよ。でも、娘を彼に嫁がせるかどうかは――まったく別の話」愛子は柔らかな声のまま、胸に刺さることを言った。「お父さんが翔太を義理の息子として認めたのも、翔太の人柄を気に入ったからにすぎないの。でもね、最近の林田家の動き――ひとつひとつが全部、お父さんを不愉快にさせている。万霆は権力や家柄にこだわるタイプじゃない。釣り合いだって気にしない人よ。だけど……いくらなんでも、綾子をこんな家風の悪い家に嫁がせるわけにはいかない。私も、彼と同じ考えよ」「愛子さん、裕太は裕太でしょ?林田家全体を代表してるわけじゃないじゃない!」桜子は喉がからからになるほど必死に言葉を重ねた。「万霆も私も、もう決めたの。綾子はまだ若いし、大学も卒業してない。いま結婚だなんだって話をするには早すぎるわ。この話は、また今度にしましょう」愛子はそれだけ言うと、桜子の手をそっと外して去っていった。桜子は遠ざかる背中を見つめながら、胸の中で疑念が膨らんでいく。――おかしい。どう考えてもおかしい。万霆が独断専行するのは、まあ分かる。でも、どうして愛子まで急に態度をひっくり返したのか。まるで二人で何かの同盟を組んだみたいじゃないか……「桜子様」呼ばれて振り向くと、数歩離れたところに翔太が一人立っていた。顔は紙みたいに青ざめ、声もおそるおそるだ。「翔太……いまの、全部聞いてた?」桜子は胸が痛んで、ひどく後ろめたくなる。「桜子様、ありがとうございます。僕と綾子のこと……いろいろ気を遣ってくださって」翔太は無理に口元を引き上げて、苦い笑みを作った。「焦らず、少しずつでいい
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第1179話

同じころ、林田家では――「えっ、ちょっと!裕太!その鼻どうしたの?なにがあったの!」隼人の渾身のストレートをまともに食らい、床に叩きつけられた裕太は、病院で検査を受けた結果「鼻骨骨折」と診断された。しかも医者曰く、この先は嗅覚にまで影響が出る可能性があり、最悪の場合、匂いの区別すらつかなくなるかもしれない――という。もっとも、善悪の区別すらつかない男が、匂いの良し悪しを嗅ぎ分けられなくなったところで、いまさらどうということもない。問題はそこじゃない。折れた鼻は自然に戻るレベルではなく、最終的には肋骨を一本取って鼻に移植し、その上で美容整形まで必要になる可能性が高い、と告げられたのだ。裕太にとって、それは死ぬほどみじめな宣告だった。両親は、息子がここまで殴られた姿を見て、驚きと怒りで震えた。母親は、顔色を真っ青にして胸を押さえ、今にも倒れそうになっている。「裕太!誰にやられたの?あなた、名の知れた弁護士でしょう?そんな人に手を出すなんて――」「母さん……もういい。聞かないでくれ」裕太はそれ以上を口にするのが屈辱でたまらず、歯を食いしばった。洋介が眉をひそめる。「……この前、お前が宮沢社長夫人の薬物事件を引き受けたって言ってたな。最近ずっと宮沢家の件で走り回ってたのも、それか」「……」「秦と高城家の長女は犬猿の仲だ。宮沢家の案件を引き受けた時点で、お前は桜子を敵に回したようなもんじゃないか……まさか、殴ったのは桜子か?」全身が焼けるような屈辱に包まれながら、裕太は鼻を押さえ、吐き捨てるように言った。「殴ったのは隼人だよ。でも裏で指示してたのは桜子だ……どうせ二人でグルなんだ」「高城家のあの娘……!人をバカにするにもほどがあるわ!」母は胸を押さえたまま、怒りに声を震わせた。「うちの林田家が、高城家のためにどれだけ動いてきたと思ってるの。あなたの父さんは定年までKS社の法務部長として支えて、翔太だって高城家の御曹司の秘書として身を粉にして働いてきたのよ。頭を下げて、耐えて、我慢して……!」怒りが積み上がっていく。「それなのに、たった一件の訴訟?たった一つの私怨で?宮沢社長と組んで、うちの子をこんなになるまで殴らせたっていうの?父さんが退いたら、もう林田家には利用価値がないから、踏みつけて
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第1180話

しかも、綾子にしても翔太にしても、桜子にとっては何より大切な存在だ。その恋人同士が追い詰められれば――桜子は必ず、耐えがたいほど苦しむ。苦しめば苦しむほど、こっちは気分が晴れる。裕太は、そう思った。……その夜、達也は万霆を自分のプライベート会員制クラブに招き、二人でディナーをともにする段取りをつけていた。「斎藤。愛子と綾子に連絡してくれ。今夜は母娘そろって同席させる」万霆は姿見の前に立ち、専属の仕立て屋に採寸させながら命じた。眉間には暗い影が落ちていて、明らかに何かを抱え込んでいる。「それから――桜子と、ほかの奥さんたちには知らせるな」斎藤秘書は察したように目を伏せ、低い声で答える。「かしこまりました、高城会長」……会員制クラブの豪華な個室。今夜の達也は一人ではなかった。隆一に加え、重傷からようやく回復し、長らく姿を見せていなかった健一まで連れて来ていた。食事の最中、隆一は終始落ち着き払っていたが――健一は違った。赤く充血した目で弟を睨みつけ、グラスを砕きそうなほど握りしめている。今にも噛み殺しそうな顔だ。「兄貴、そんな怖い目で見てどうしたの?もしかして俺と一杯やりたい?」隆一はゆっくりワイングラスを持ち上げ、わざとらしく思い出したように瞬きをした。「ああ、そうだ。兄貴、やっと地面に足つけられるようになったばっかりじゃなかったっけ?」「……」「医者に言われてただろ。炎症を悪化させるものは絶対ダメ、特にアルコールは厳禁って。うっかりしてたよ。悪い悪い」健一の目が裂けんばかりに見開かれる。飛びかかって、この隆一の首をへし折ってやりたい衝動が全身を駆け巡った。桜子に助けられたおかげで、左脚だけはどうにか命拾いした。だが、気温が落ちたり雨が降ったりするたびに、骨の隙間から冷たい風が吹き込むような痛みに襲われる。耐えがたい。右脚のズボンの裾は空っぽだ。そこにあるのは、冷たく無機質な義足だけ。そして――それをもたらした張本人が、目の前の弟なのだ。「もういい、隆一。そのへんにしておけ」達也が短くたしなめた。だがその声には、以前のような冷えはほとんど残っていない。隆一は肩をすくめる。「父さん、俺は本気で兄貴を心配してるんだよ。なのに兄貴、どうも俺の善意を曲解してる
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