All Chapters of 冷酷社長の逆襲:財閥の前妻は高嶺の花: Chapter 1151 - Chapter 1160

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第1151話

彼の努力は、すべて無駄になってしまった。また隼人と、同じスタートラインに逆戻りなのか?……いや、だめだ。桜子は自分のものだ。絶対に、桜子を嫁にもらう。「そうね、隆一。恋って、やっぱり無理やりどうこうできるものじゃないの」愛子はすっと優雅に歩み寄り、万霆の腕にそっと手を絡める。声は終始やわらかく、棘なんてひとつもないように聞こえる。けれど、その一言一言が、隆一の喉元に尖った針のように刺さっていく。「万霆だって、別に意地悪で言ってるわけじゃないのよ。みんな、あなたが桜子に本気だってことはちゃんと知ってるわ。でもね、愛って、お互いが想い合ってないと続かないものじゃない?私たちは家族として、ただ桜子に幸せになってほしいだけ。もし、好きでもない人のところに嫁がされるようなことになったら……それこそ、彼女の一生を潰すようなものだと思うの」樹は黙ったまま、口の端だけを冷たく持ち上げた。その目には、隆一へのあからさまな軽蔑が隠しきれずに滲んでいる。──愛子は、一見おっとりしているようで、実は頭が切れる。万霆の性格も熟知している。あえて隼人の名前は一度も出さず、ひたすら気持ちの話だけで万霆の胸を揺さぶっている。自由恋愛を何より尊ぶ万霆が、娘の気持ちを無視できるはずがない。隆一の顔はさっと青ざめ、強引に貼りつけていた上品な仮面が、今にも剥がれ落ちそうだ。「隆一、愛子の言うとおりだぞ。無理やり結んだ縁なんか、長続きはせん」万霆は深くため息を吐いた。「そんなに落ち込むな。ただ、あまり一つのことに囚われすぎるな。縁なんてものは、自然に任せるのが一番だ」……桜子は、本当は病院なんて行きたくなかった。けれど、最後は隼人に抱きかかえられる形で、そのまま連れて行かれてしまった。応急処置をしてもらい、薬を塗られて、家に戻ってきた頃には、すっかり夜になっていた。「ほんっと、しつこいんだから。こんなの大した怪我でもないのに、なんでわざわざ病院まで――あっ、いったぁ……」車から降りた拍子に、桜子は腰をひねってしまい、顔をしかめて息を飲む。隼人があわてて腰に手を回し、ぐっと支えた。「無茶するな、桜子。さっき治療してもらってる時、君がどんな声出してたか覚えてないのか?」「そ、そんな変な声なんか出してないでしょ!」桜子の頬が一気に真っ赤に
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第1152話

彼にとって自分の女は――一輪の可憐な花みたいなものだ。嵐も、刃も、血の雨も、その身を張って全部受け止めてやるべき存在。桜子のお腹は、ぺこぺこどころか、ぐうぐうと派手に鳴っていた。白倉はあわててキッチンへ駆け込み、二人分の夕食の準備を始める。桜子はというと、じっとなんてしていられず、「お風呂入りたい!」と騒ぎ出した。「泡ぶろがいい!いい匂いのやつ。私、今たぶん馬のフンみたいに臭いもん!」「ダメだ。医者が言ってただろ、一週間は傷口を水に濡らすなって。感染したらどうする」隼人はそう言って彼女を軽々と抱き上げ、そのまま寝室へ運んでいく。「俺が拭いてやるよ。な、それで我慢しろ」「拭いたくらいで、ちゃんときれいになるわけ?」桜子はぷくっと唇を尖らせた。「なる。いつも俺がやってあげてるだろ」低く掠れた声と一緒に、男の温かい息が耳元にかかる。妙に色っぽいその声で囁く。「安心しろ。中から外まで、全部ピカピカにしてやる」「や、やめてよ……絶対なんか変なこと考えてるでしょ。今日はほんとに疲れたの。早く寝るからね!」桜子の頭の中に、これまでの彼のえげつない台詞と、恥ずかしすぎる光景が次々とフラッシュバックする。頬が一気に熱を帯び、身体の奥がふわりと疼く。胸のあたりが、甘くて苦しい。隼人は熱のこもった目で彼女をじっと見つめ、ふうっと大きく息を吐く。「君の細い腰、今はさすがに無理だ。どんだけしたくても、治るまでは我慢する」……バスルーム。白い蒸気が立ちこめる中で、桜子の肌はうっすらと光をまとっていた。隼人の前で、その白い身体は、何の防御もなくさらけ出されている。隼人は濡らしたタオルを手に取り、そっと桜子の身体を拭きながら、ふいにその首筋へ唇を落とした。白い肌の上を、彼の熱がゆっくりと這うように広がっていく。彼はどうにか欲だけは押さえ込んでいた。けれど――愛情だけは、どうしても抑えきれない。たとえこれ以上求め合わなくても、熱いキスひとつで、いくらでも愛を確かめ合える。「いつも宮沢グループの会議だと、あんなにペラペラしゃべるくせに、今日は万霆の前で、なんであんなに黙ってたの?」バスローブを羽織った桜子は、隼人の胸に身を預けながら、指先で彼の喉仏をつっとなぞった。「気づかなかったの?今日のあれ、あなたの手
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第1153話

身体を拭き終えると、隼人は桜子がうろちょろしないよう、そのままひょいと抱き上げてダイニングへ連れて行った。一日中走り回っていたせいで、いつもはパリッとしている白いシャツにも、今日はところどころ皺が寄っている。そこから漂う体温と男の匂いが混じり合って、桜子の頭は少しぼんやりしてきた。決して嫌な匂いじゃない。むしろ――桜子は無意識のうちに、その胸に鼻先を押しつけ、くんっと匂いを吸い込んでしまう。満たされない子猫みたいに。「どうした?俺のこと、食べたいのか?」隼人が目を細めて笑いながら、唇で彼女の額をちょんと撫でる。「食べられたいなら、その前に自分が風呂入ったら?くさい男、くっさ~」桜子は頬を真っ赤にしながら顔をそむけた。「いつもは潔癖なくらいきれい好きなのに、今日はどうしたのよ」「時間がなかったんだよ。君と一緒に飯食ったら、すぐ入る」その言葉に、桜子は唇をきゅっとすぼめてふわりと笑う。胸の奥がじんわり温かくなった。テーブルの上には、色とりどりの料理がぎっしりと並んでいる。白倉が昼のうちに仕込んでおいたものを温め直しただけなので、準備もあっという間だった。「わぁ~!白倉さん、すごーい!」桜子はうきうきしながら椅子に腰を下ろし、小学生みたいにぱんぱんっと手を叩いた。「若奥様、そんなに持ち上げないでくださいよ。料理の腕でしたら、奥様のほうがずっと上ですって。この中の何品かは、若旦那様のお好物でしてね。レシピは奥様に教わったんですよ、覚えてらっしゃいます?」「え?そうだっけ?完全に忘れてた……」桜子は気まずそうに視線を落とし、そのまま無言でご飯をかき込む。白倉としては、ただ彼女を褒めたつもりだった。けれど、その何気ない一言が、二人の胸に眠っていた古い痛みをふっと呼び起こしてしまう。隼人は、彼女がどれだけ傷ついてきたかを誰よりもよく知っている。目の奥がじんと熱くなり、桜子の唇についたご飯粒をナプキンでそっと拭ってやった。何か言葉を探そうとしたその瞬間、桜子がエビをひょいっとつまんで、隼人の口に押し込んだ。「ごめんとか、禁止。前のことはもう終わり。そう約束したでしょ?」隼人は一瞬きょとんとしたあと、苦笑してエビを噛みしめる。――やっぱり、どんな高級店よりも、彼女の料理が一番うまい。そのとき、玄関のドアが勢い
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第1154話

隼人のたくましい腕が、桜子の細い腰をしっかりと支え、彼はただ静かに微笑んで彼女を見つめていた。栩と椿――この二人が同じ場所にそろうことなんて、滅多にない。つまり、今日ここに二人ともが来ているということは、それだけでただ事じゃない証拠だった。椿は豪快にゲップをひとつしてから、すっと表情を引き締めた。「秦は、今日の午後、尿検査を受けた。結果は……麻薬反応あり。間違いない。いいか、ちょっとした薬物乱用なんかじゃない。麻薬摂取レベルだ」その声には、刑事としての冷たい色がはっきりとにじんでいた。「けど、本人は全力で否定している。自分が打ってたのは普通の美容用ビタミン剤だって主張してる。薬剤は、美容ドクターの竜也が調合したもので、自分は何も知らされてなかった。全部ハメられた――そう言い張ってる」桜子は思わず、息を呑んだ。たしかに――秦に渡した薬剤は、竜也が調合したものだ。彼は薬理に詳しく、桜子もずっと信頼して任せてきた。まさか、その彼が毒なんて混ぜるはずがない。それも、ほとんど致死量に近い分量。――あれは、どう見ても殺すつもりで打った量だった。「椿兄、その件、竜也先生は関係ない。秦は自分が追いつめられてるから、誰かを道連れにしようとしてるだけだよ。あの人を巻き込もうとしてるだけ」桜子は必死の思いで竜也をかばった。椿はじっと彼女を見つめ、真剣に眉間に皺を寄せた。「桜子。竜也のことは、俺だってよく知ってる。親父の援助を受けてたし、お前とも仲が良かった」その声は、いつもの兄のそれじゃなかった。仕事モードの、硬い声だ。「でもな、俺は刑事だ。仕事になると、情は挟めない。法の前じゃ、みんな同じだ。秦が竜也にハメられたって言っている以上、たとえそれが嘘でも、決められた手順どおりに、竜也を呼んで事情を聞かなきゃならない」桜子は長いまつげを伏せ、きゅっと唇を噛んで黙り込んだ。隼人はわずかに眉を寄せ、桜子の手を取ってやさしく親指で撫でながら口を開いた。「高城隊長、手続きのことは理解している。お前のやり方で構わない。そのほうが正しい」「高城隊長」と呼ばれたことで、椿の胸の中に、ほんの少しだけ好感が芽生える。けれど、桜子の胸はずきずきと痛んでいた。椿が間違っていないことくらい、頭ではわかっている。それでも、竜也への罪悪感が胸の
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第1155話

「そのうちお前、宮沢の泣き王子って呼ばれるぞ」栩の軽口に、隼人の血圧がぎゅっと上がった。彼はぐっとこらえながら、低い声で言った。「……お前たちが桜子の兄なのは分かってるけど、桜子にはもう彼氏がいる。それにさ、いい年なんだから、そろそろ遠慮って言葉も覚えた方がいい」「ぷっ……!」栩は吹き出しかけて胸を押さえ、じろっと隼人を睨んだ。「お前な、そのセリフ、もし檎の前で言ったら、その場で葬式だぞ」「ありえないな」隼人は片眉を上げ、涼しい顔で返した。「妹を未亡人にするなんて可哀想だって思って、手を出せなくなるさ」「……お前ってやつは……」栩は口をぱくぱくさせ、完全に言葉を失った。そのころ、椿は相変わらず忙しく走り回っていた。秦の事件は、あまりにも大きい。麻薬使用の容疑だけでなく、複数の殺人への関与まで疑われている。きちんと罪を立証できなければ、死者たちの無念は晴らせない。それが彼の胸をずっと焦がしていた。食事を終え、一同はリビングへ移動し、事件の話を続けていた。そのとき、椿の携帯が小さく震える。表示されたのは、署からの着信だった。短い通話を終えた椿の表情は、はっきりと曇っていた。「椿兄、何かあったの?」桜子が不安そうに顔を上げた。椿は複雑そうな目で、隼人の方を見た。「……宮沢社長。お前のお父さんが、秦の弁護人として盛京一の敏腕弁護士を雇った。今、そいつが警察に来ていて、保釈を要求している」「はあっ?保釈ですって?ここを自分の家の台所か何かと勘違いしているんですか?」井上が思わず怒鳴った。「人間のクズでも仕事さえくれれば飛んでくる弁護士なんて、倫理観が腐っていますよ!法の前では誰もが平等だってのですか?聞いても呆れて仕方がありませんわ。あいつらは金の奴隷です、人としてもう終わっていますわ」「盛京で……一番の弁護士?」隼人と桜子は、同時に顔を見合わせた。「まさか――林田裕太か?」「知り合いか?」椿が目を細めた。桜子はすっと口元に冷たい笑みを浮かべた。「知り合いなんてもんじゃない。古い因縁の相手よ」「そうだ。宮沢家の飼い犬だ」隼人の声が低く響く。裕太――狡猾で、冷酷で、手段を選ばない。厄介この上ない男だ。「今のうちに秦の罪を固めきらないと、麻薬摂取だけの罪にすり替えられたら、宮沢家の影響力と裕太の弁護力
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第1156話

三人とも、しばらく口が塞がらなかった。「隼人、二十年前の物証なんて、どこから手に入れたの?」桜子が彼の手をぎゅっとつかむ。隼人はその指を絡め返し、かすれた低い声で答えた。「前に話しただろ。母に仕えていた女中を追ってるって」桜子は素直にうなずいた。「たぶん、人って破滅の匂いを感じると逃げ出したくなるんだろうな。秦が転げ落ちる前に、そいつはもうトンズラする準備をしてた。井上が部下を動かして捕まえた。だから、ちょっとだけ手段を選ばなかった」隼人はふっと息を吸い込み、そのまま続けた。「彼女は、自分の息子を守るために、怯え切って全部吐いた。録音には残ってない、核心の真実を」――本当は、優しい男だ。本気で追い詰められでもしない限り、子どもの命を盾に取るような真似はしない。脅しや強要で目的を果たす悪魔にはなりたくない。桜子は知っている。もし女中が最後まで口を割らなかったとしても、隼人はその子どもに指一本触れない。そんなことをしたら、自分が軽蔑している隆一たちと、同じ側の人間になってしまうから。「俺の母は、秦に殺された。秦が、自分の手で毒を盛った」隼人の目尻がうっすら赤く染まる。荒れ狂う憎しみを、どうにか押し殺しているのが分かる。桜子に握られた手は、氷みたいに冷たかった。「自分の手で……毒を?」栩と椿の頬がぴくりと強ばった。井上はふらりとよろめき、誰かに殴られたみたいに目を見開いた。桜子の鼻の奥がつんと痛む。空気が薄い。胸の上に、巨大な石をのせられたみたいだ。普通の人間なら、とっくに壊れている。それでも隼人は壊れていない。落ち着いている。だからこそ、彼女の胸は余計に締めつけられる。「宮沢社長、詳しく聞かせてください」椿が抑えきれない調子で促した。「女中はこう言った。確かに、秦の指示で、母の抗うつ薬を別の薬と入れ替えた。でも、最初に入れ替えたのはただの栄養剤で、致死性はなかった」隼人は続けた。「たぶん、その頃――秦は、母と光景の関係が少しずつ修復していく気配を感じ取ったんだろう。このまま長引けば自分が不利になると恐れた。だから、普通の薬を、毎日少しずつ飲めば蓄積して心臓麻痺を起こす毒にすり替えた」広い肩がかすかに震える。口からこぼれる一言一言が、刃物のように冷たかった。桜子の目に、涙がじわりとにじむ。小さな手で、
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第1157話

「それから……部屋の中が、急に静かになった。そのあと、俺は――この目で見たんだ……」隼人の言葉がそこで途切れた。胸が激しく上下し、瞳は真っ赤に染まっていく。桜子に握られた手は冷たく汗ばみ、細かい震えが止まらなかった。脳裏に焼きついて離れない。あの日、母が彼の目の前で落ちていった光景。人が高いところから落ちるとき、あんなにも鈍く、重たい音がするのかと、そのとき初めて知った。骨が砕ける音すら、未だに耳の奥にこびりついている。たった一度きり、ただ一度見ただけ。それなのに、その瞬間の痛みと恐怖は、一生消えない呪いのように、今もなお彼の心臓を掴んで離さない。「もういい……隼人、言わなくていい……」桜子は彼をきつく抱きしめた。これ以上は一歩も離れさせないとでも言うように、全身で彼を包み込む。心も鼓動も、全部ひとつになってしまえばいい――そんな勢いで。まだ隼人は、一滴も涙をこぼしていない。なのに、先に泣いたのは桜子の方だった。ぽたぽたと涙が落ちて、隼人の白いシャツに丸いしみを作っていく。「大丈夫だ。憎しみはある。でも、俺はそれに呑まれたりしない。壊れたりは……しない」隼人の瞳に、ようやく光が戻った。ざらついた指先で、桜子の頬をそっとなぞり、こぼれた涙を指の腹で拭っていく。「君がいるからだよ、桜子。君が俺に、立ち上がる勇気をくれた。君がいなきゃ、たぶん俺は、もう立ち直れなかった」――その瞬間、栩と椿ははっきりと悟った。樹が言っていたとおりだ。桜子は、隼人の命そのものなんだと。二人の感情が少し落ち着いたころを見計らって、椿が口を開いた。「女中が言う言い争いのあと訪れた沈黙と、隼人が聞いた宮沢夫人の転落音――その二つは、ほぼ同時に起きている。つまりこれは、宮沢夫人の墜落が秦に関係しているっていう、有力な状況証拠になる」栩も真剣な顔でうなずいた。「しかも、あの頃の宮沢夫人と宮沢会長の関係は、だいぶ持ち直してた。薬をすり替えられたと知って、激怒してたんだろ?そんな状態で自殺なんて、普通は考えられない」「そうだ。女中は、母が落ちた直後に、秦が部屋から慌てて飛び出してくるのを見たとも証言している。そのとき、扉の外で盗み聞きしていた女中と鉢合わせした」隼人は桜子を抱き寄せたまま、その背を優しく叩きながら話を続けた。「秦は女中に何
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第1158話

隆一は荒く息を吐いていた。汗と血が混ざり合い、整った頬をつうっと伝って落ちる。鳳のような切れ長の瞳は冷たく光り、そこに宿るのは狂気と暴虐。まるで地獄の底から這い上がってきた悪鬼だ。それでいて、狩りを終えた獣のような、奇妙な満足感も滲ませていた。「白石社長」健知と綺羅は、同時に深く頭を下げた。隆一は手に持った血まみれの皮鞭を、音を立てて床に放り投げた。そして金縁の眼鏡を外し、シャツの裾で、レンズについた血の飛沫をゆっくりと拭う。森国にいた頃、彼はストレスが溜まると山に入って、狩りをして発散していた。だが盛京には、その環境がない。だから――代わりに人を狩る。彼は悟ってしまったのだ。獣を撃つより、人を打つほうが、何倍も面白いと。この快感は、もうやめられそうにない。――いっそ、習慣にしてしまおうか。二人は一言も発せず、黙って隆一の後ろをついていく。健知はふと、隆一の手の甲に切り傷があるのを見つけ、隣の綺羅の腕を肘でつついた。「綺羅さん、白石社長の手、血が出てる。包帯でも巻いてやれよ」綺羅は一瞬動きを止めたが、すぐ小さくうなずいた。「白石社長……お手が、傷ついてます。私が――」言い終わらないうちに、短い悲鳴が上がった。「きゃっ!」細い手首が、突然乱暴に掴まれたのだ。隆一の力は凄まじく、逃げる間もなく部屋の中へと引きずり込まれる。――バンッ!扉が叩きつけられるように閉まった。外に取り残された健知は、顔面を青ざめさせたまま固まる。胸の奥が、冷たい恐怖でぐっと締めつけられる。中からは、獣のような荒い息づかいが漏れてくる。隆一が、渇き切った男のように綺羅の唇を貪り、手は容赦なく彼女の衣服を引き裂いていった。ベッドの端まで追い詰められた頃には、綺羅の身体には、もう下着しか残っていなかった。彼女は震える腕で胸をかばい、絞り出すような声で言った。「や……やめてください……白石社長……」「綺羅、お前、俺を拒むつもりか?」隆一は冷ややかに笑い、桜子と瓜二つのその美しい顔を真っ直ぐに見据えた。「桜子が俺を拒むのは、まあいい。だが――お前に、その権利があるのか?」次の瞬間、鋭い音が室内に響き渡った。――パシンッ!綺羅の頬がはじけるように赤く腫れ上がる。耳の奥がキーンと鳴り、視界がぐらりと揺れた。彼女
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第1159話

隆一の沈んだ心が、ほんの少しだけ浮上した。「……詳しく聞かせてもらえますか」「携帯見てみろ。プレゼントを送っておいた。」言われるがままに画面を確認すると、新着メールの通知がひとつ。綺羅はその背中をじっと見つめていた。あの傲慢で、人を見下ろすことしか知らない男が、電話の相手ひとりに、こんなにも神妙に出るなんて。一体どんな人間なのか。胸の奥の興味は、じわじわと恐怖に姿を変えていく。隆一は血の気のない唇を固く結び、わずかに震える指でメールを開いた。――添付されていたのは、病院の診断書。眉がぴくりと動く。視線がそこを走った瞬間、瞳孔がきゅっと縮まり、心臓がぎゅうっと痙攣する。手の中の携帯が、つるりと滑り落ちそうになった。「どうした?驚いたか?」電話越しの男は、実に楽しそうに笑った。「……これが、本物だと?嘘だ……ありえない……」隆一は掠れ声でつぶやきながら、何度も何度も診断書を見返す。見るたびに血の気が引き、全身が冷たく固まっていく。「桜子が……隼人の子を、妊娠していた……?そんな……あの二人の間に、子どもがいたなんて……!」「いたらどうした」男の声は冷たく、どこか嘲りを含んでいた。「妊娠したことがあるからって、もう愛せないのか?」くすっと笑って、さらに続けた。「むしろ感謝しろよ。その子は死産だった。お前は隼人の子どもを育てる継父さんにならずに済んだんだ。……継父ってのは、何かとしんどいぞ?」隆一の目が真っ赤に染まり、呼吸が荒くなる。胸の奥で何かが爆ぜ、全身の血が逆流するような感覚が走った。男はなおも淡々と続けた。「この件、隼人本人は知らない。桜子も言ってないみたいだ。もちろん、高城家の連中もな。あの過保護な兄貴たちですら、何も知らない。もし連中が知ったらどうなる?桜子が隼人の子どもを流産し、しかも母親になる資格を失った――と知ったら?あいつらが二人の仲を認めると思うか?きっと死んでも許さないさ」携帯を握る隆一の手が、目に見えて震えた。指先から血の気が失われ、真っ白になる。顔色は死人のように青ざめ、胸の奥から、どうしようもない苦痛が滲み出てくる。――そうだ。男の言っていることは、あまりにも正確だった。桜子にとって、一番深く刻まれた傷は子を失った痛み。それは彼女を壊した悲劇であり、同時に―
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第1160話

【秦の動画、誰か持ってる?データ回して】【良い物はみんなで共有するのが常識だろ?】【俺も欲しい】【+1】【へへ〜、もう見た。結構きつい。欲しい奴はDMな】【は?中年ババアの自撮り動画なんか、見る価値あんのかよ。いや、俺にも送れ】宮沢グループにとって、一番の痛手は面子を完全に失ったこと。だが、本田家が受けたダメージは、その比ではなかった。競馬会で、KSグループ所有の競走馬に毒を盛った――そんな噂が、全国レベルで一気に広まってしまったのだ。これはただのイメージダウンではない。明確なレースへの不正介入。不公正な手段で、桜子は命に関わる重傷を負いかけた。その余波で、本田家グループの株価は翌朝ストップ安。数百億円が、一夜で吹き飛んだ。国内でほぼ内定していた複数の大口取引先も、次々と契約を白紙に戻していく。――「同じ手を、自社にも使われたらたまらない」誰もがそう恐れたのだ。KS財団は海門の大富豪。彼らなら、本田家を相手取ってもまだ戦える。だが、他の企業が同じ罠にかかったら?泣き寝入りするしかない。丸呑みにされるしかない。栄次は、火だるまになった後始末に追われた。その一方で、競馬会で見せた尊大で無様な態度は、社交界のあらゆる場で酒の肴にされていた。表向き、誰も面と向かって彼を笑いはしない。本田様の肩書きがある以上、最低限の顔は立てる。だが、裏では――彼への信用は、完全に地に落ちていた。もう誰ひとり、本気で本田若旦那様の言葉を信じようとはしない。一夜にして、本田家は関わったら負けの象徴になった。正太は、もともと高齢で体もあまり強くない。今回の騒動で血圧が跳ね上がり、そのまま倒れて入院することになった。病室には、本田夫人と昭子、それから栄次の三人がつきっきりで付き添っている。ベッドの上で、正太は枕元を拳でどん、と叩いた。病のせいで青白かった顔は、怒りで逆に真っ赤に染まっている。「役立たずどもが!お前ら、宮沢家の火消しのひとつもできんで、この半分棺桶に片足突っ込んだ爺の顔色だけ見守って、何の役に立つ!」かすれた怒鳴り声が病室に響きわたる。「今回の騒ぎを収められんのなら、さっさと分家行きだ!わしの財産は全部、社会に寄付してくれるわ!お前らは揃って北風でもすすって生きていけ!」昭子の心臓
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