Semua Bab ジンクス・不運な私を拾ってくれたのは・: Bab 21 - Bab 30

41 Bab

第二十一話

 その段ボール箱いっぱいの駄菓子が全て食べ尽くされた頃、咲月は大学生活最後のイベントでもある卒業式の日を迎えた。太陽は隠れていたが、とても暖かく過ごし易い日だった。「成人式は地元に帰っちゃって、写真しか見せて貰えなかったじゃない。だから卒業式は叔母ちゃんに任せなさいっ」 そう言ってくれた敦子の言葉に甘え、袴のレンタルに美容院での着付けとヘアメイク、事前の段取り全てを任せきりにしていた。だから、まさか当日の朝、ホテルの美容室へ連れて行かれた後、写真館での撮影まであるとは思ってもみなくて、敦子と共にタクシーで到着してからずっと戸惑いが隠せない。  カーペットが敷きつめられた廊下をホテルの人の後ろを付いて、慣れない草履で恐る恐る移動する。 今日の敦子は深いグレーの仕事用スーツを着ていた。バッジを胸に付けて颯爽と歩く姿は大きなホテルの中でも全く場違い感がない。これから大きな会合でもあるかのような、堂々とした佇まい。老舗ホテルの雰囲気に押されて、完全に委縮しまくりな咲月とは正反対だ。「本当は式にも付いて行きたいところなんだけど……」 姪っ子の晴れ姿に満足そうに頷きながら、敦子が寂しい声で呟く。今日は午後からどうしても立ち会わなければならない仕事が入っているらしく、本気で残念がっている。「終わった後には謝恩会もあるから」 「そうよね。私とのお祝いはまた今度ね。食べたい物を決めておいて頂戴」 「やった、今度は焼肉が食べたい」 「分かった。とっておきの店を押さえておくわね」 写真館では通常の撮影とは別に、敦子も一緒に並んでスマホで撮ってもらうと、叔母はそれを咲月の父であり、彼女の実兄でもある泉川博也にメールで早速送りつけていた。離れた場所に住む父親への近況報告もあるけれど、可愛い姪っ子の傍に今は自分がいるというマウントだ。「あ、兄さんから、何でお前も写ってるんだって、お怒りのメールが届いた。あはは、咲月だけの写真を送れって。お正月から帰ってないでしょ、寂しがってるわ」 「もうっ、入社前に一回帰るっていってるのに……」 3月は卒業式や友達との旅行、帰省などの予定が入っているせいで、H.D
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-11
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第二十二話

「仕事、もう始まってるって聞いてたから、今日は来ないかと思ってた」 不意に隣に人が座ってきたと思ったら、よく聞き慣れた声。そっと左隣に視線を送ると、同じ森本ゼミの新垣絢人が片手でスマホを操作しながら、何かもの言いたげにもじもじしている。反対の手に持っている中ジョッキのビールは、すでに半分近く減っていて、目の周りがほんのり赤く染まっている。「あー、うん、今月いっぱいまではアルバイトだから、気にせず休んでいいって言ってもらってる」 「へー、いい会社だな」 「まあ、そうだね」と軽く受け流して、咲月はウーロン茶をゴクゴクと飲む。一刻も早く飲み切って、すぐにでも席を立ちたい一心だったが、氷をたっぷり入れたウーロン茶はキンキンに冷えていて一気飲みには向いてない。急激に身体の温度が下がり、ぶるっと震える。「……ほら、最近お互いに会うことがなかっただろ。卒業前にちゃんと話さないと、とは思ってたんだけど」 絢人のこういう勿体ぶった遠巻きな言い方が、咲月はずっと嫌いだった。まるで自分は全然悪くないとでも言うかのような、保守的で、自分本位な。  ジョッキ片手に話しかけてきたのは、何か自分にとって不都合なことがあった時に全部お酒のせいにできるから? ――今更、何言ってんだろ、こいつ……? 二人の間に話し合うことで解決するような問題は何もない。彼の中で、彼の過去の行いはどう湾曲して記憶されているんだろうか?「えっと……何の話?」 私からは何も話すことなんてないよ、とでも言いたげに、咲月はわざと欠伸を堪えているような表情をつくる。絢人と一緒にいると、退屈で仕方ないとでも言うように。「俺は別に、咲月のことが嫌いになったって訳じゃないんだよね。ただほら、あの頃ってさ、内定決まった奴と、まだの奴とでかなり温度差があっただろ?」 絢人の手元を覗き見ると、SNSのグループでやり取りしている最中らしく、喋っている間もメッセージ画面がどんどん流れていっていた。悪ふざけのようなスタンプが勢いよく羅列されていく。 絢人とは同じゼミになった3年の夏から付き合い始めた。それまでの2年間も同じ講義をとる
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-12
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第二十三話

 社会人になって半月近くが過ぎてくると、SNSでは会社の愚痴がポツポツと出始める。想像していた以上に地味な作業の連続に、強いられる我慢とプレッシャー。さらに小さなミスがどんどん積み重なっていくと、夢見ていた世界とは全く違うという思いが募っていくばかり。あんなに必死で企業分析した上で受けたにも関わらず、だ。外からと中からの景色はまるで違う。気持ちの折り合いがつかず、溜まっていく鬱憤。 周りへ愚痴を吐き出す余裕がある人はまだマシなのだろう。静かに一人きりで限界を迎えて、ようやく連絡が付いたと思ったら、「辞めちゃった」と言われた時はどう声かけしていいか分からなくなる。あんなに大変な思いをして就活したのに、季節を一つも越さずにあの苦労が無かったことになるのだ。 そういう点では、先にアルバイトとして勤務先に関わることができた咲月は恵まれていたのかもしれない。入社後に「こんなはずじゃなかった」ということがないのだから。内定取り消しというどん底からのスタートで、就職させてもらえるならどこでもいいという期待感ゼロでの入社だったことも大きい。 宛名がプリントされた封筒へ三つ折りにしたお礼状を封入していきながら、咲月は目の前で鳴り始めた外線に手を伸ばす。笠井に倣って、ワントーン高めの声でゆっくりと社名を名乗る。「はい、H.D.Oです」 「お世話になっております、弁護士の泉川です……って、あら、その声は咲月ね? ちゃんと仕事してるじゃない。あはは」 姪の聞き慣れない余所行きの声に、電話の向こうの敦子が声を上げて笑っている。緊張しながら気合い入れて出たのに、相手が叔母だったと分かると、一気に力が抜けていく。まだ電話に出るのは慣れてないから余計、笑われたことで不機嫌になる。「ごめんごめん。いつも出てくれる事務の女性の声じゃなかったから、違う番号に掛けちゃったかと思った。――ああ、丁度良かったわ、来週はご希望通りの焼肉を押さえたから、めいいっぱい楽しみにしてなさい。詳しいことはまた連絡するわね」 「ありがとう。で、この電話は?」 「そうそう、今日、羽柴社長はオフィスにいらっしゃる?」 「うん、社長に電話繋ぐねー」 外線を社長室へと繋ぎ直し
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-13
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第二十四話

 平沼が社長室に入ってから出てくるまでの時間はそれほど長くはなかった。けれど、その短い間に何があったのか問い詰めたくなるくらいに、憔悴しきった表情へと変わって出てきた。「最悪だぁぁ……」 デスクに両肘をつき、頭を抱え始める。よっぽど大きなミスでも犯したんだろうかと、笠井もチラチラと平沼の方を気にしているようだった。二つ隣の席から何度も大きな溜息が聞こえてくるのを、咲月だって気にならない訳がない。けれど、聞いたところで何のお手伝いも出来そうもないだろうし……。 散々、独り言で負の言葉をまき散らした後、平沼がくるっと椅子を回転させて咲月の方へ向き直してから、思い出したように告げてくる。急にこっちを向かれて、咲月は何事かと身構えた。「三上さんが来たら、泉川さんのデスクをボスの部屋に移動させろって言われてるんで、運びやすいよう荷物は片づけといてください」 「え?」 突然のことに、きょとんとする咲月。向かいの席の笠井は特に驚いている様子は無いから、知らなかったのは咲月本人だけみたいだ。みんな知っているということは、ミーティングでは告知済みなのか。  先月までアルバイトだったから誰よりも早く退勤していたせいで、夕方に週1で行われる社内ミーティングには咲月はまだ一度も出たことがない。テレワーク組もオンラインで参加するらしいから密かに楽しみにしているのだけれど。  でも、入社後の初ミーティングだった先週は予定を取りやめて、みんなで近所の居酒屋へ移動し、新人歓迎会を兼ねた親睦会に変更になった。「元々、事務の手が足りない訳じゃなかったから、一通りのことを経験して貰った後は、社長の補助業務に回ってもらうことになってたのよね」 「俺もしばらくはパソコン持って、あっちで作業しろって言われてるんで……ハァ」 まだテンションが戻らないままの平沼が、大きな溜息を吐く。上司の監視下に置かれるなんてよっぽどだ。何があったのか咲月の立場からは聞けないが、笠井が遠慮なく突っ込み始める。「平沼君、何をやらかしたの?」 「いや……俺は何も、です。あー、だけど、俺が紹介したデザイナーが、ちょっと……」 もごもごと言
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-14
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第二十五話

 小松に対して他にも回す予定だった案件は、信頼できる別のデザイナーへ全て発注し直しみたいだった。ただ、2件ほど納期の関係で外に委託する猶予のないものがあり、それは羽柴自ら眉間に深いシワを刻みながらデザインをし直していた。 殺伐とした二人の様子を、咲月は部屋に入ってすぐの位置から眺めていた。三上の出勤後すぐ、男性社員二人がかりで社長室へと運び込まれたデスクは、いわゆる秘書ポジション的な、部屋全体の様子がよく伺えるドア横に配置された。 咲月は名刺に使用されているフォントの確認作業を進めていく。件のデザイナーが申告していたフォント名から入手先を割り出し、その真偽をチェックする。画像と違い、使用フォントはその名称からダウンロード先を特定し易い。「フォント、2件とも確認終わりました。今、ダウンロード元をメールで送ります」 「ありがとう、咲月ちゃん。――ああ、どちらも商業利用可で問題なさそうだね」 咲月が送ったURLを確認して、羽柴がほっとしたように頷き返す。新たにデザインを起こすとはいっても、クライアントからの要望がはっきりしていたのでそこまでの時間を要さない。ただ問題なのは――。「小松からの連絡は?」 「全然っす。メッセージ送っても既読も付かないっすね。多分、分かってて無視ですよ」 小松のことをウェブデザイナーとして紹介した責任を感じているのか、平沼は絵に描いたように落ち込んで肩を落としている。自分のせいで会社が余計な問題を抱えることになったと気にしているのだろう。横に置いたスマホを何度もチラチラと確認しては、小松から何の反応がないと分かると嘆くように溜め息を漏らす。 既にクライアントへの納品済みで、後から小松の無断利用が発覚し画像使用料が発生した案件に関して、弁護士を間に入れて説明の場を設けようとしているのだが、当の本人が雲隠れしてしまっている状況だ。  敦子によると他社でも同じような問題が発覚しつつあり最近は特に相談の件数が増えているのだという。ひどいケースではダウンロード元から足下を見られ、法外な著作使用料を請求されるということもあるらしい。勿論それらの料金はデザイン会社側が支払うことになる。 運が良かった
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-15
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第二十六話

 平沼が出ていった後のドアを何気なく目で追ってから、咲月は両腕をぐっと前に出して伸びをした。とりあえず自分に課せられた仕事は終わったけれど、羽柴や平沼の緊迫した様子に釣られて気持ちだけは焦ってしまう。盗作や著作権の侵害はデザイン事務所にはあってはならないこと。素人にだってそれくらいは分かる。たった一度の小さな過ちが会社を傾かせることになりかねない。 咲月は奥のデスクの方にチラリと視線を送る。パソコンモニターへ向かい、眉間に皺を寄せて集中している羽柴の真剣な表情は、ここに来て初めて見る顔かもしれない。普段の少し上から面白がって周りを見ているような余裕は消え、目の前の仕事に全力で取り組んでいる一人のデザイナーの姿。独立して複数のデザイナーを抱えていても、彼は今も現役のクリエイターなのだ。 咲月はそっと椅子から立ちあがると、出来るだけ音を立てないように部屋を出ていく。簡易キッチンへ向かう手前のデスクスペースで、笠井に対して川上が微妙に身体を背けた体勢で作業しているのが目に入った。どうも川上は笠井のことを怖がっている節があり、わざと目を合わせないよう椅子ごと斜め向きに座り、パソコンモニターで顔を隠していることが多い。  一方、笠井の方はリズミカルにテンキーを弾きながら、黙々と伝票を捲って仕事をしていた。川上のことなど眼中にないという感じだ。 二人の先輩のことを横目で気にしつつ、咲月はキッチンの棚からカップを二客取り出して、片方には保温中の珈琲メーカーから湯気の立つ珈琲を注ぎ入れる。そして、もう一つには棚上のカゴからスティックタイプのココアを選んで、電気ケトルのお湯を注ぎ足す。これまでは珈琲派しかいなかったオフィスだけれど、咲月が珈琲は飲めないと分かると、休憩用に様々な種類の飲み物を用意して貰えるようになった。ほとんど咲月しか飲まないから申し訳ないなと思っていたが、意外と他の人達も飲んでいるらしく結構なペースで在庫は減っている。一番人気はロイヤルミルクティー味みたいだ。 熱々のカップを両手に持って社長室へと戻る。手が塞がっているからと肘を使ってお行儀悪くドアノブを下げているのを、川上が遠巻きから唖然と見ているのに気付き、それには笑って誤魔化した。「社長、珈琲を淹れて来たんですが――
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-16
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第二十七話

「今回は泉川先生のおかげで、大事にならなくて助かったよ」 脇に置いていた画集のページを捲りながら、羽柴がふぅと肩で息を吐いている。敦子からの的確な指示が無ければ、小松の失態への対応はもっと遅かったかもしれない。下手すれば素材の転載元との訴訟騒ぎに発展して、莫大な使用料を請求されていたはずだ。「叔母さんに会ったら、お礼言っておきますね」 「そうしてくれるかい。落ち着いたら、また改めてご挨拶に伺わせていただくつもりではいるんだけどね」 「しかし、小松君にはほんと困るよね……」と両腕を伸ばし、背凭れへドサッと身体を預けながら、羽柴は天井を見上げ始める。じっと無言で頭上の蛍光灯を見つめ、急にそのまま微動だにしなくなる。頭の中の何かを必死でひねり出そうとしているかのように、眉間を寄せ始める。委託スタッフの尻拭いで手掛けてることになったロゴ案を頭の中で練っているのだろうか。鬼才のデザイナーはいつどのタイミングで発想力を開花させるのか、ド素人の咲月には全く読めない。 そんな羽柴の様子をココアを飲みつつ邪魔しないように見守っていた咲月だったが、ドアの向こうから笠井が「それじゃあ、お疲れ様です」と川上に挨拶している声が聞こえてきて、反射的に壁掛けの時計を見上げた。予想通りに定時ぴったり。すぐ後には、入口のセンサーが『ありがとうございます』と電子音で笠井を見送っているのが微かに耳に届いてくる。相変わらず時間に正確な人だ。「あ、時間なので私も上がらせていただきますね」 「……ああ、うん、お疲れ様」 背を起こして座り直した羽柴が、小さく頷きながら声を掛けてくる。少しくぐもった表情なままなのは、浮かびかけたアイデアがまとまらなかったからだろうか。まだどこか考え込むように眉間を寄せている。 ――私にお手伝いできることは、無さそうだしね……。 邪魔しないよう素人は早々と退散するのが一番だと、咲月は自分のデスク下からトートバッグを引っ張り出す。きっと一人きりでいる方がアイデアを考え易いだろう。気を利かせたつもりでやや急ぎ気味にバッグを肩に掛ける。が、その無駄につけ過ぎた勢いの反動で、中に入れていた荷物の一部が派手な音を響かせながら、床へと飛び散っ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-17
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第二十八話

 通っていた大学から一駅手前。小さな商店街のアーケードをくぐり抜けて、咲月は自宅へ向かって歩いていた。単身者用のワンルームマンションは半分以上が学生で、窓が開いたままの部屋から賑やかな笑い声が漏れて聞こえてくる。咲月自身も身に覚えがあるが、学校から近いとどうしても友達から溜まり場にされ易い。 3月末に何となく賃貸契約を更新してしまったが、そろそろこの部屋から引っ越した方がいいんじゃないかと思い始めたところだ。週休二日制の規則正しい生活を強いられている社会人には、昼夜問わず賑やかなここは居心地が悪い。 H.D.Oに勤めるようになって数か月。まだ雑務の初級みたいな仕事しかしていないけれど、生活のリズムはすっかり社会人仕様へと変わっていた。最初は手間取っていたけれど、すぐに自分にとって一番効率的な帰宅後ルーティンを見つけ出した。 部屋に入ったらまずシャワーを浴びる。それは鉄則だ。お腹が空いているからと先にご飯を食べてしまえば、満腹からの寝落ちのパターンが待っている。そうなってしまえば朝起きてからの忙しさが半端ない。  そして、シャワー後には洗濯機を回しながらの夜ご飯。簡単な自炊をする時もあれば、駅前のコンビニで買って来たお弁当で済ます時もある。休みの日にお惣菜の作り置きでもできたらいいんだけれど、備え付けの冷蔵庫の小さ過ぎ問題でなかなか難しい。「……冷蔵庫って、いくらくらいするんだろ?」 プラスチック容器に入ったカルボナーラをレンジで温めながら、スマホで大手ショッピングサイトを検索してみる。ファミリー向けの大型のじゃなくて、一人暮らし用の2ドアのでいいんだけれどと画面を順にスクロールしていく。 商品のあまりの多さに慄いていると、レンジが電子音を鳴らして温め終了を告げてくる。扉を開いて湯気の立つパスタを容器の端を持ち、部屋の真ん中にあるローテーブルへと運ぶ。そしてまたキッチンへと戻り、咲月はコンロ横の棚から青色の柄のフォークを取ってくる。コンビニで貰った竹箸でパスタは、いくら何でも味気ない。 「いただきます」と両手を合わせてから、フォークの先にカルボナーラの平麵を絡めていく。テーブルの隅っこに置いたスマホの画面を片手間で操作しつつ、冷蔵庫を検索し続
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-18
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第二十九話

 直行でクライアントとの打ち合わせが控えてでもない限り、咲月が出社する時間にはすでに羽柴が先に来ていて、入口扉を開くとオフィス内には珈琲のほろ苦い大人の香りが漂っていることが多い。 ――社長って、いつも何時に出社してるんだろう? 咲月達事務スタッフが夕方に退勤した後も、フレックス出勤のデザイナーは仕事を続けている。そして多分、誰よりも早く来ている社長は全ての退勤を見送ってから帰っているはずだ。というのは、先輩社員である平沼が常々「別に俺らに付き合ってないで、先に帰ってくれていいのになぁ」と上司の長時間労働を心配しているからだ。 入口に設置されたセンサーに「いらっしゃいませ」と出迎えられた後、咲月は奥のキッチンから出て来たばかりの笠井に「おはようございます」と挨拶する。珈琲が入っているらしいマグカップを片手に、笠井は少し怪訝な表情のまま顎先で社長室のドアを示してから聞いてくる。長い髪は緩くアップにし、さり気なく垂らした横髪に今日の笠井の気合いの入れようが現れていた。きっと今日の休憩時間も外でランチなのだろう。「ねえ、あなた昨日は何かしたの? あんなことがあったのに、今朝はえらくご機嫌だったんだけど」 小松の件で今日もオフィス内は緊迫しているのかと、覚悟しながら出社してみたが、まるで何も無かったかのように穏やかで拍子抜けしてしまったみたいで、笠井が首を傾げている。普段からそこまで余計なことを話さない羽柴が、トラブルや締め切り間際で切羽詰まってくると、さらに寡黙になってしまうらしく、笠井はそれがとても怖いのだと話す。むやみに話しかけてしまうことで、彼の頭の中に浮かびかけた何かを壊してしまう、それは天才クリエイターの周りにいる人間が絶対に侵してはならないことだと。  羽柴本人は別に気にしないみたいだけれど、触らぬ神に祟りなしということらしい。何がどう作用して傑作が消えてしまうか分からないのだから。「まあ、大事にならなかったのなら、それに越したことはないんだけど……」 「私は別に、何もしてないと思いますけど」 咲月は指示された簡単な仕事を少ししただけで、昨日発覚した問題には関与していない。平沼は早上がりして仕事を持ち帰ったみたいだし、それ以
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-19
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第三十話

 羽柴から返して貰ったばかりのマスコットを、咲月は両手にそっと包み込んだ。子供っぽいと笑われてもおかしくはない、元は幼児向けに作った手芸作品。プレゼントした園児達は喜んでくれているみたいだったけれど、とっくに成人した咲月には似合わないはずだ。なのに……。 お気に入りなんだけど、これを外で持ち歩くことにはコンプレックスというか後ろめたさもあった。人には見せないようにしていた、自分だけの秘密。きっと、母が見たら「いい歳して何やってるのよ、情けないわ」と大きな溜め息を吐かれてしまうだろう。 それを羽柴は馬鹿にするどころか、「いいね」と言ってくれた。そして、咲月が作ったマスコットからインスピレーションを得たと言って、とても喜んでくれた。きっと彼ほどのデザイナーなら、他の題材があっても素敵なデザインを生み出すことができるだろうが、それに咲月の猫を選んでくれたことが素直に嬉しかった。 ――羽柴社長の魔法の手にかかったら、何でも素敵なロゴに変身しちゃうんだ。 本当は言葉にして本人へ伝えようと思ったが、すんでのところでぐっと飲み込む。魔法とか、どれだけ子供発言なんだろう。発想が幼稚過ぎて、これではますます大人の女性像が遠ざかっていく。 けれどもう一度、咲月はパソコンのモニターに表示されている羽柴のデザイン画を眺める。顔や髭も何も描かれていないのに、それだけで猫だと分かる曲線。そして、緑とオレンジの比率が妙に洗練された配色。同じ物を見て、このデザインへ辿り着くことができるのは世界で彼一人なのだ。 マジマジと食い入るようにロゴのデザイン画を見ている咲月のことを、羽柴は自分のデスクから優しい表情を浮かべながら眺めていた。 そして、何かを思いついたかのように、羽柴がデッサン用のノートの上にペンを走らせる。カリカリという筆音が社長室の中に響き始めて、モニターから顔を上げた咲月は、口の端を少し上げて真剣な目で紙面に向かう羽柴に気付く。部下に見られていることを物ともせず、描くことに没頭している男の顔は、仕事に集中しているというよりはむしろ、楽しい遊びに夢中になっている子供のようだと思った。 羽柴智樹という人にとって、何かをデザインして形作ってい
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-20
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