All Chapters of 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした: Chapter 261 - Chapter 270

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9-38 助けを求める瞳 1

 その日の21時― 食事を終えて航がお風呂に入っている間、朱莉は後片付けをしていた。食器を洗っている時に、朱莉の個人用スマホに電話の着信を知らせる音楽が鳴り響く。(ひょっとして京極さん?)水道の水を止め、慌ててスマホを確認するとやはり相手は京極からだった。朱莉はバスルームをチラリと見たが、航が上がって来る気配は無い。緊張する面持ちで朱莉は電話に出た。「はい、もしもし……」緊張の為、朱莉の声が震えてしまう。『朱莉さんですね…』受話器越しから京極の声が聞こえる。「はい、そうです」『良かった……嫌がられてもう電話に出てくれないのでは無いかと思っていたので』京極から安堵のため息が漏れた。「いえ、そんなことは……それに明日会う約束をしていますから」『本当に僕と会ってくれるのですか?』「え?」(だって、京極さんから言い出したんですよね……? 一度約束したことを断るなんて……)「で、でも今日明日会う約束をしましたよね? だから断るなんてしません」朱莉は躊躇いながら返事をした。『人は……簡単に約束なんか破るものですよ』京極は何処か冷淡な、冷めた口調で言う。「え?」『あ、いえ……。朱莉さんに限って、そんなことはするような人じゃないのは分かっています。ただ……』京極はそこで一度言葉を切る。『彼は今、そこにいるのですか?』「彼? 航君のことですか? 今お風呂に入っていますよ」朱莉はバスルームに視線を移すと返事をした。『そうですか。それで明日なんですが、少し時間が早いかもしれませんが9時に会えませんか? 朱莉さんの住むマンションのエントランスで待ち合わせをしましょう』「9時ですね。分かりました」『ありがとうございます、朱莉さん。僕の願いを聞き入れてくれて』「ね、願いだなんて大袈裟ですよ」京極の大袈裟ともいえる発言に朱莉は思わず狼狽してしまった。『それではまた明日。おやすみなさい』「はい、おやすみなさい」それだけ言うと電話は切れた。「……」朱莉はスマホを握りしめたまま考えていた。(どうしよう……もう、私が妊娠していないってことは京極さんにバレてしまった。翔先輩には何とかうまい言い訳をして欲しいって言われたのに……)いっそ、もう子供は出産したと言ってしまおうか? 早産になってしまったので今生まれた赤ちゃんは病院の保育器
last updateLast Updated : 2025-04-25
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9-39 助けを求める瞳 2

「ああ、そうだ。1人目のアイツは鳴海翔のことだ。そして2人目のアイツは京極正人の方だ。で、どっちのアイツから言われたんだ!?」航の真剣な様子とは裏腹に奇妙な言い回しのギャップがおかしくなり、朱莉は思わず笑ってしまった。「フフフ……」「な、何だ? 朱莉。急に笑い出したりして。とうとう悩みすぎて現実逃避でもしてしまったか!?」焦りまくる航の様子が更におかしくて、朱莉は笑った。「う、ううん。フフフ……そ、そうじゃないの。航君の様子が……お、面白くて、つ、つい……」「朱莉……?」(何だ? 今俺、そんなにおかしなこと言ってしまったか? 焦って妙なことでも口走ったか?)「ご、御免ね……。航君。航君は……フフッ。し、心配してくれているのに笑ったりして……」そして暫く朱莉は笑い続けていたが、その様子を航は黙って見ていた。(いいさ、俺の言動で朱莉を楽しい気持にさせられたなたら少しは朱莉の役にたててるってことだよな?)ようやく笑いが収まった朱莉は事情を説明した。「実はね、京極さんから電話がかかってきたの」「そうか、やはり電話の相手は京極のほうからだったのか。それでアイツは何て言ってきた?」そこまで言って、航はハッとなった。「ご、ごめん。朱莉のプライベートな話だったよな。口を挟むような真似をして悪かった」普段から仕事で個人情報を取り扱う機会が多い航は、咄嗟にそのことが頭に浮かんでしまった。「何で? そんなこと無いよ。むしろ……」朱莉はその時、突然航の左腕を掴んだ。「迷惑じゃないと思ってくれるなら……口……挟んで……?」「朱莉……」朱莉のその目は……航に助けを求めていた——****「あの京極って男に下手な嘘は通用しないぞ」今、航と朱莉は2人で向かい合わせにリビングのソファに座って話しをしていた。「そう……だよね……」「京極に限らず、恐らく他の誰もが嘘だと思うだろう。第一、子供を産む状況にしてはあまりにも不自然な点が多すぎる。本当に鳴海翔は何を考えているんだ? いや……恐らく、あの男は何も考えていないんだろうな。面倒なことは全て朱莉に丸投げしてるんだから。少しでも誠意のある男なら、色々な手を使って不測の事態が起こっても大丈夫なように根回しをするだろう。それなのに……」航は悔しくて膝の上で拳を握りしめている。「航君……」今迄朱莉はそん
last updateLast Updated : 2025-04-25
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10-1 謎に包まれた京極 1

 翌朝——「本当はついて行ってやりたいけど、多分京極はそれを許さないと思うから……。本当に悪い……」玄関を出ようとした朱莉に航は辛い気持ちで声をかけた。「航君。京極さんはね、すごくいい人なんだよ? 私が手放さなくてはならなくなってしまった犬を引き取ってくれたし、羽田空港まで送ってくれたりしたんだよ ?だから大丈夫だよ」朱莉は心配をかけたくなくて笑顔で言うも、ショルダーバッグを握りしめる朱莉の手が小刻みに震えているのを航は見逃さなかった。(朱莉……!)その様子があまりにいじらしくなり、航はとうとう我慢が出来ず、小刻みに震えている朱莉の手を握りしめた。「朱莉……! 何かあったらすぐに俺に電話しろよ!? 助けが必要ならどんなところに朱莉がいたって駆けつけるから!」「大丈夫だってば。そんなに心配しないで? 今日はお父さんに定期報告をする日なんでしょう?」朱莉は笑顔で航に言う。「分かったよ……。だけど……これだけは約束してくれ」「約束?」「ああ……絶対にここに今日帰って来てくれよ? 俺、待ってるから……!」航は必死だった。実は航は最悪のことを考えていたのだ。朱莉の秘密を脅迫する為に京極は朱莉に関係を迫って来るのではないかと……。興信所の調査員という特殊な仕事をしてきた航はそのような男女トラブルの話を散々見てきたからだ。(あいつは紳士的に振る舞っているが何を考えているのか全く読めない……。くそ! 本当は朱莉に盗聴器を仕掛けてやりたいくらいだ……!)だが、航は調査員として働き、今の今まで盗聴器と言う非合法な手を使ってきたことは一度も無い。そのようなことをして、仮にばれてしまった場合は当然罪に問われるからだ。だが、今回はそれでも構わないから盗聴器を仕掛けたいと思う気持ちを必死に抑え、朱莉を見送ることに決めたのだ。「航君……本当に大丈夫だから。家に帰るときは電話するね?」航があまりにも心配するので、朱莉は笑顔で航の顔を見た。「あ、ああ……。分かったよ……」航は朱莉の手を離した。「それじゃ行ってくるね?」朱莉は手を振って玄関のドアを開ける。「……行ってらっしゃい、朱莉」航が寂し気に手を振る姿を見ながら朱莉は玄関のドアを閉めた――**** 朱莉がエントランスに到着すると、すでにそこには京極の姿があった。「おはようございます。朱莉さん
last updateLast Updated : 2025-04-26
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10-2 謎に包まれた京極 2

「あの……今日はどちらへ行かれるつもりですか?」すると京極は前を見ながら言った。「美浜タウンリゾート・アメリカンビレッジには行かれたことはありますか?」「いいえ。それに初めて聞きます」それを聞くと京極は満足そうに笑みを浮かべる。「そうなんですね? 良かった……もう彼と出かけたことがあるのではと思っていたので」「……」朱莉はへんじが出来なかった。(京極さんの言う彼って……きっと航君のことなんだろうな……)「美浜タウンリゾート・アメリカンビレッジってどんなところなんですか?」「そこはアメリカの雰囲気をまねた商業施設ですよ。ショッピング、グルメ……まさにエンターテインメントの場所です。気に入っていただければいいのですが」「そうですか……。ところでこの車はレンタルですか?」すると京極の口から意外な言葉が飛び出してきた。「いえ、これは僕の車ですよ」「え!?」朱莉は予想外の京極の返事に驚き、思わず運転席に座る京極を見つめた。「あ、あの……それっていったいどういう意味……ですか?」「そのことも含めて美浜アメリカンビレッジに到着したらお話ししますよ」「京極さん……」(何故ですか……? 何故京極さんはいつもいつも肝心な事を話してくれないのですか……?)朱莉のそんな不安をよそに、京極が尋ねてきた。「安西君はどうしているのですか?」「航君は家で仕事をしています」「そうですか。確か彼は興信所で働く調査員と言っていましたね。ひょっとすると彼は僕のことも色々と既に調べているのではないですか?」京極の的を得たような台詞に朱莉はドキリとした。「さ、さあ……。私は何も聞かされていませんし、聞きもしませんので……」朱莉は心の動揺を悟られないように答える。「……そうですか」京極は少しの間をあけると続けた。「僕は朱莉さんの言うことなら何でも信じますよ」京極は朱莉の方を向いて笑顔で答えるが、逆にそれは朱莉の不安を掻き立てた。「京極さん……私は……」「朱莉さん」「は、はい」「沖縄で辛い目に遭ってるのでは無いかとずっと心配していました。でも思っていたよりもずっと元気そうで……いえ、むしろ東京に住んでいた時よりもイキイキとして見えて安心しました。これも全て彼のお陰なんでしょうね?」「そ、それは……」「あ、見えてきました。あれが美浜タウンリゾ
last updateLast Updated : 2025-04-26
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10-3 連れて来られた場所は 1

「いつもコーヒばかりだったので、こういう飲み物は新鮮さを感じていいものですね?」京極はトロピカルアイスティーを飲みながら朱莉に話しかける。「そうですね」朱莉の前にあるのはパッションフルーツのスムージーである。今2人はオープンカフェに来ていた。京極は美味しそうにトロピカルアイスティーを飲んでいたが、朱莉は飲み物を楽しめるような気分にはとてもなれなかった。京極に尋ねたいことは山ほどあるのに、尋ねる勇気も無かった。京極は朱莉が先程から飲み物に手を付けていないことに気が付いた。「朱莉さん、飲まないのですか?」「い、いえっ! 飲みます」朱莉は京極に言われるままにストローに口を付けて飲む。「……」黙ってドリンクを飲む朱莉の様子をじっと見つめていた京極が口を開いた。「美味しいですか?」「は、はい。美味しいです」「朱莉さん、何だか東京にいた時と様子が変わりましたよね」何処か寂しげにポツリと京極は言った。「そんなことはありませんけど……」俯く朱莉。「迷惑でしたか?」「え?」「僕が黙って沖縄へ来たこと、ひょっとして朱莉さんは迷惑に思っていますか?」その顔は酷く悲し気だった。「め、迷惑だなんて……」どうして、そんな答えにくい事を京極は尋ねてくるのか朱莉は分からなかった。(京極さんが何もかも話してくれればこんな不安な気持ちになることも無かったのに……)「あ、あの京極さん。沖縄には……」そこで朱莉は言葉を切った。<何故、沖縄に来たのですか?>朱莉は本当はそう尋ねたかった。だが……多分、京極はこの場では答えてくれないだろう。「朱莉さん? どうしましたか?」「い、いえ。京極さんはいつ沖縄へいらしたんですか?」「そうですね。今回の事を言えば……2日前ですね」今回のことを……。またしても京極は意味深な言い方をした。「あ、あの今回のこと……と言うのは?」すると京極が立ち上る。「では、朱莉さん。そろそろ行きましょうか? これから案内致しますから」「案内……?」一体京極は何処へ案内すると言うのだろうか? 徐々に朱莉は不安に思ってきたが、仕方なく席を立った。カウンターで会計を支払おうとすると、京極がそれを止めた。「ここの支払いは僕がします」京極はスマホを店員に見せ会計を済ませてしまった。店を出ると朱莉は言った。「あ、あのすみま
last updateLast Updated : 2025-04-26
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10-4 連れて来られた場所は 2

 お互い無言のまま、気まずい雰囲気で歩くこと約5分。京極はあるビルの前で足を止めた。「着きましたよ、朱莉さん」京極はビルを見上げた。「え? ここですか……?」そのビルは3階建てのビルであった。出来て間もないのだろう。ビルにはめられているガラスも光り輝き、外から見える内装も立派なものだった。「あの……このビルは一体……」「中に入りましょうか」京極はエントランスの中へと入って行くので、朱莉も慌てて後を追う。次の瞬間、朱莉は目を見張った。正面エントランスにはビル名が刻まれており、1階から5階までは各フロアに入っている社名が刻まれている。そして5階には見覚えのある社名が刻まれていた。その名は……。「リベラルテクノロジーコーポレーション……?」ま、まさか……。朱莉は驚いて背後にいた京極を振り向いた。「あ、あの……京極さん。この会社って……」朱莉は声を震わせて尋ねた。「ええ、そうです。ここは僕の会社の沖縄支部です。来月からここで稼働予定です」京極は笑みを浮かべながら朱莉を見た。「中へ入りましょう。まだ社員は誰もいないので」京極は朱莉の返事も待たずに、エレベーターホールへと向かう。そして5階行のボタンを押した。「朱莉さん。僕以外でここへ来るのは貴女が初めてですよ。中でコーヒーでも淹れますから、そこでお話をしましょう」エレベーターの中で語る京極の話を朱莉は複雑な気持ちで聞いていた。(分からない……東京に住んでいるはずの京極さんが何故、沖縄に会社を建てたのですか? 京極さん……貴方は一体何を考えているのですか……?)「朱莉さん、どうしましたか? エレベーター着きましたよ?」「あ、すみません。降ります」降りた先は広い廊下が広がり、木目調の壁には大きなドアがあった。「さあ、どうぞ。朱莉さん」京極がドアを開けると、開放感あふれる大きな窓に、広い室内にはオフィス用のデスクと椅子が並べられている。観葉植物が各ブースに置かれ、居心地の良い洗練されたオフィス空間のように朱莉は感じた。思わず見惚れていると、背後から京極に声を掛けられた。「もう、電気や配線、Wi-Fiなども全てセッティング済みなんです。いつでもここで仕事をすることが可能になっています。朱莉さん。こちらへどうぞ」京極に促され、朱莉が案内された先はドア付きのパーティーションが置かれ
last updateLast Updated : 2025-04-26
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10-5 沖縄に来た訳 1

「以前、朱莉さんにはいずれ自社ビルを建てるつもりだと話したことは覚えていますか?」京極は語り始めた。「はい、覚えています」「本当はあの頃には既に自社ビルを都内の何処かに建てようかと考えていました。ですががその前にまずは地方で試しに自分のオフィスを構えようかと思っていたんです。うちの会社はIT企業ですから全国各地に社員がいるんですよ。それで意外なことに沖縄に住んでる社員が30名程いましてね。沖縄が候補に挙がっていたんです。それで全社員にアンケートを取ったところ、ほぼ全ての社員が沖縄を支持したんです。それどころか、自ら沖縄に行って働きたいと言い出す社員もいましてね。それで一月半前から物件を探してようやくここまでこぎつけたんです」一月半前…それは丁度朱莉が沖縄に旅立った時期だ。もしかすると沖縄に決めたのは自分のことも含まれているのではないだろうかと朱莉は思った。「あ、あの……本当に沖縄にオフィスを構えたのはそれだけの理由なのでしょうか……?」朱莉はギュッと拳を握りしめながら尋ねた。「いいえ。まだあります」京極は静かに言った。「朱莉さん……貴女が沖縄へ行ったからです」「!」朱莉はビクリと肩を震わせて下を向いた。とても今京極の顔を見ることが出来なかった。「な、何故私が沖縄へ行ったことが……京極さんと関係あるのでしょうか?」本当は薄々朱莉には理由が分かっていた。だが……否定してもらいたくて、朱莉は勇気を振り絞って尋ねた。「朱莉さん……」突如、京極が朱莉の名を呼んだ。その声に驚いて朱莉が顔を上げると、そこには悲し気な京極の顔があった。「きょ、京極さん……。何故そんな顔を……?」「僕が沖縄へやって来たのは……それは貴女の傍で……支えたかったからです」京極はそこで一旦言葉を切ると、再び語り始めた。「朱莉さん。僕は貴女に嘘をついていました。母とは一緒に暮らしていません。3年前に亡くなったのです。貧しい暮らしの中で寂しい一生を送りながら。もっと早くに今の地位を手にれることが出来たなら、母は長生き出来たかもしれないし、楽な生活をさせることが出来たかもしれない。僕は激しく後悔しました。それから死に物狂いで働き、今に至ります。そして引っ越して数日が経過した頃に僕は初めて貴女をあの億ションで見かけました。その時から何て寂しげな女性なのだろうと思いました。貴
last updateLast Updated : 2025-04-26
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10-6 沖縄に来た訳 2

「すみませんでした。つい感情的になってしまいました」京極は素直に謝罪した。「い、いえ……私も強く言って……申し訳ございませんでした」京極はフッと笑った。「朱莉さん。話の続きをしても?」「はい、お願いします」「何とか朱莉さんを救いたいと思い、僕は沖縄にオフィスを設立して朱莉さんが沖縄にいる間は貴女の力になりたいと思ったのですが……」「?」「どうやら一足遅かったようですね。貴女の側には別の男性がついていた。年齢も外見も若いけど、正義感の強そうな若者でしたね」(航君のことを言ってるんだ……)京極の話は、大体は納得することが出来た。何故、沖縄に来たのかも理由が分かったかが、正直に言うと朱莉にとっては今の京極は荷が重かった。恐らく京極が自分に気があるのは間違いないだろう。だが朱莉は偽装婚とはいえ、れっきとした鳴海翔の妻だ。そして2人が偽装婚だと言う事実は京極には話したことが無い。京極の中では朱莉と翔は普通の夫婦だと認識されているはずなのに……それを知っての上で、京極が接近してくるのが理解出来なかった。それに、もう1つ一番重要なことがある。それは……。「京極さん、まだ私に話していないこと……ありませんか?」朱莉は緊張の面持ちで京極を見た。その時――突如として京極のスマホが鳴り響いた。「……」京極は電話に出ようとしないが、電話は鳴り続けている。「私のことはお気になさらずに、電話に出てはいかかでしょうか?」朱莉が言うと、ようやく京極は動いた。「……分かりました」京極は電話の着信相手を見て眉をしかめた。「京極さん?」朱莉が声をかけると、京極はハッとした顔になり、電話に出た。「もしもし……。ああ……いや、その話はまた後で……」そして何故か電話に応対しながら、朱莉のことをチラリと見る。(京極さん……?)「後でかけなおすから一度電話を切らせてくれ。……分かってる。じゃあな」それはいつもの京極とは全く違う口調だった。電話を切ると京極は溜息をついた。「……すみません。急用が出来てしまいました。それで……」「私のことなら大丈夫です」「え……? 朱莉さん……?」「京極さん、お忙しいんですよね? 私のことなら大丈夫です。ここから1人で帰りますから」「ですが……」「今日は素敵なオフィスを見せていただいてありがとうございました
last updateLast Updated : 2025-04-26
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10-7 動揺 1

「あ、あの……離していただけませんか……?」朱莉はどうしたら良いか分からず、声をかけるが京極からの返事がない。「こ、こういうことされると困るんです。お願いですから……」(どうしよう……航君……)朱莉は心の中で航の顔を思い出していた。何故か気付けば身体が震えていた。その時、背後で京極の息を飲む気配を感じた。「すっ、すみません、朱莉さん!」直後、京極が素早く朱莉から離れると背を向けたままの朱莉に謝罪してきた。「……」朱莉が無言で振り返ると、そこには今にも泣きそうな京極の姿が。「京極さん……」「本当にすみません。こんなことするつもりでは……しかも朱莉さんを怖がらせてしまって」京極は俯いた。しかし、朱莉はどんな言葉をかければ良いのか分からず、黙って見つめていると再び京極が口を開いた。「朱莉さんが先程、沖縄での仕事頑張って下さいと言った時……もう僕には会ってくれないのだろうかと先走った考えから、ついあんな真似をしてしまいました……」苦し気に言う京極に朱莉は声をかけた。「べ、別に……私はそんなつもりで言った訳では……」「ええ、そうでしょうね。朱莉さんは優しい人だから人を突き放すような真似は出来ないってことはよく理解していたつもりです。それなのに……」京極の顔は酷く傷ついていた。(私が震えていたから京極さんを傷付けたの……?)「朱莉さん……お願いです。もう二度とあんな真似をしないと誓います。なので沖縄に滞在する間……また僕と会っていただけませんか?」まるで縋りつくような目で朱莉を見つめる京極。朱莉は激しく葛藤していた。自分に好意を寄せている相手とは契約書のこともあるので距離を置きたい。もし、仮に京極と会っている所が翔にバレたら?契約違反として朱莉はペナルティを負わされるかもしれない。(それに……京極さんには悪いけど私が好きな人はやっぱり翔先輩だから……こんな気持のまま京極さんと会っても、反って傷つけてしまうだけかもしれない)しかし、京極は行き場の無いマロンを引き取ってくれた恩人でもある。その恩人を無下にすることは朱莉には出来ない。「…」朱莉は返事をすることが出来なかった。その様子を見た京極は悲し気に朱莉を見た。「すみません。僕はまた……貴女を困らせてしまった」「……」「朱莉さん。せめてメッセージを送るくらいならいいですよね?
last updateLast Updated : 2025-04-27
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10-8 動揺 2

 1時間後――「朱莉! 何処だ!?」朱莉が美浜タウンリゾート・アメリカンビレッジのカフェにいると、慌てた様子で航が店内に現れた。「航君! こっちだよ!」朱莉が手を振ると航がほっとした顔で駆けつけ、ドサリと椅子に座りこんだ。「すまなかった、1時間近くも待たせてしまって」テーブルの上に手をおくと頭を擦り付けるような勢いで謝ってきた。「え? やだ、何を言ってるの? むしろ謝るのは私の方だよ。だって那覇市からここまで航君に迎えに来てもらうことになっちゃって……本当にごめんね」「何言ってるんだよ! そもそも迎えに行くって言い出したのは俺の方なんだから。ところで……京極に何か変な真似されなかったか?」「変な真似……? ううん。別に何もされてないけど……?」答えながら朱莉は思った。(航君の言う変な真似って一体どこからが変な真似になるのかな? 抱きしめられたことも変なうちに入るのかな?)だが航が心配するだろうと思い、朱莉は黙っていることにした。「それで京極は何て言ってきたんだ? あ、その前に注文してきていいか?」航はガタンと立ち上がりながら朱莉に尋ねた。「うん、どうぞ。暑い中来たから大変だったでしょう?」「ああ、喉カラカラだぜ。じゃ、ちょっと行ってくるな?」カウンターへ向かう航の背中を見ながら朱莉は思った。(ふふふ……やっぱり航君といる時が一番気を遣わなくて楽だな……それに安心出来るし……)「京極は何故沖縄に来てたんだ?」アイスコーヒーのラージサイズを持ってきた航は余程喉が渇いていたのか、一気に飲み干すと朱莉に尋ねた。「う、うん。それがね……驚きなの。京極さん、沖縄のこの場所に自分のオフィスルームを作ったんだって」「な……何いっ!? その話、本当なのか!?」大袈裟に驚く航の姿に店内にいた客の視線が集中する。「航君……落ち着いて。ここ、お店だから」朱莉が航に耳打ちする。「あ、ああ……悪い……つい、驚きのあまり……」(くっそ〜。一体あの男は何を考えているんだ!? 朱莉に会う為だけに沖縄に自分の会社を建てたっていうのか!? だとしたら京極と言う人間は正気じゃないぞ!)「それで、京極は何故沖縄に会社を作ったって言ったのか?」「うん。京極さんの話では、元々社員の方は沖縄在住の人が多いらしくて、まずは東京に会社を建てる前に沖縄でオフィ
last updateLast Updated : 2025-04-27
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