その日の21時― 食事を終えて航がお風呂に入っている間、朱莉は後片付けをしていた。食器を洗っている時に、朱莉の個人用スマホに電話の着信を知らせる音楽が鳴り響く。(ひょっとして京極さん?)水道の水を止め、慌ててスマホを確認するとやはり相手は京極からだった。朱莉はバスルームをチラリと見たが、航が上がって来る気配は無い。緊張する面持ちで朱莉は電話に出た。「はい、もしもし……」緊張の為、朱莉の声が震えてしまう。『朱莉さんですね…』受話器越しから京極の声が聞こえる。「はい、そうです」『良かった……嫌がられてもう電話に出てくれないのでは無いかと思っていたので』京極から安堵のため息が漏れた。「いえ、そんなことは……それに明日会う約束をしていますから」『本当に僕と会ってくれるのですか?』「え?」(だって、京極さんから言い出したんですよね……? 一度約束したことを断るなんて……)「で、でも今日明日会う約束をしましたよね? だから断るなんてしません」朱莉は躊躇いながら返事をした。『人は……簡単に約束なんか破るものですよ』京極は何処か冷淡な、冷めた口調で言う。「え?」『あ、いえ……。朱莉さんに限って、そんなことはするような人じゃないのは分かっています。ただ……』京極はそこで一度言葉を切る。『彼は今、そこにいるのですか?』「彼? 航君のことですか? 今お風呂に入っていますよ」朱莉はバスルームに視線を移すと返事をした。『そうですか。それで明日なんですが、少し時間が早いかもしれませんが9時に会えませんか? 朱莉さんの住むマンションのエントランスで待ち合わせをしましょう』「9時ですね。分かりました」『ありがとうございます、朱莉さん。僕の願いを聞き入れてくれて』「ね、願いだなんて大袈裟ですよ」京極の大袈裟ともいえる発言に朱莉は思わず狼狽してしまった。『それではまた明日。おやすみなさい』「はい、おやすみなさい」それだけ言うと電話は切れた。「……」朱莉はスマホを握りしめたまま考えていた。(どうしよう……もう、私が妊娠していないってことは京極さんにバレてしまった。翔先輩には何とかうまい言い訳をして欲しいって言われたのに……)いっそ、もう子供は出産したと言ってしまおうか? 早産になってしまったので今生まれた赤ちゃんは病院の保育器
Last Updated : 2025-04-25 Read more