「なんだ……? アレは……」 僅かに動揺を乗せたアン様の声が、わたしの背後から聞こえてきた。 油断なく周囲を見回して、もう不審なモノがないことを確かめる。「……お部屋に戻りましょう」 そう告げると、殊の外素直に従ってくれた。 アン様のお部屋の扉を開け、用心深く部屋の中を見回す。 特に異変は感じられない。 窓から外を臨めば、そこにはいつも通りの景色が広がっていた。 もちろん黒い鳥の姿もない。「っ! まったく! なんなんだあれはっ!」 どさりと令嬢らしくない仕草で、制服のスカートが翻るのもものともせず椅子に腰を落とすアン様。「……淑女の鑑はどうされました? アン様」「……お前の前で取り繕う必要なんてないだろう?」 ふんと淑女らしからぬ仕草で鼻を鳴らすアン様。 さらには華奢に見えて意外とがっしりしている手を翻(ひるがえ)してわたしを手招く。 一つため息を吐いて、アン様のお側に寄れば、腰を落とすように指示された。 仕方なく椅子に座ったアン様の前に跪く。見上げれば、銀の髪を揺らしてこちらを見つめる紅い瞳。 気まずくなって目を伏せれば、くっと顎を掴まれた。 わたしの平凡なヘーゼルの瞳とアン様の真紅の瞳が交差する。 「……主の命を聞けない護衛など信用ならんな」「わたしはわたしのご依頼主様の指示に従ったまでです」 紅い瞳を覗き込んできっぱりとそう言い切れば、アン様のお顔が悔し気に歪んだ。「だからって……だいたいなんだその格好はっ! お前は性別を偽って俺を騙していたのかっ?!」 それ、そっくりそのままお返ししますが?「最初に性別を偽ってたのはわたしじゃないです」「っ! 屁理屈言うな! レアッ!!」
Last Updated : 2025-05-08 Read more