「森川さん、肺がんのステージ3です。余命は半年もありません」肺がん?森川琴美(もりかわ ことみ)の瞳が大きく揺れた。彼女はまだ二十七歳。どうして肺がん、しかも末期?震える手で、信じられない思いで問いかけた。「先生、本当ですか?」「あなたは森川琴美さんですね?」彼女は茫然と頷いた。「なら間違いありません。まだ若いから受け入れがたいとは思いますが、森川さん、私にもどうすることもできません。今すぐ入院すれば、わずかながら希望があります。入院しましょう」入院……?琴美はうつむきながら、検査報告書を何度も見直した。「肺がんステージⅢ」の文字が、鋭く心に突き刺さる。まだ若いのに、どうして末期の肺がんなんて……三年前までは、汐見市一の名家・森川家の令嬢、そして誇り高き澤村奥様だった。けれど今は、すべてが変わってしまった。森川家は没落し、父は亡くなり、弟は行方不明。愛した男にも捨てられ、今では、自分の命さえ失おうとしている。自分は、そんなに悪いことをしただろうか?なぜ、こんな仕打ちを受けるのだろう?琴美には答えが見つからなかった。彼女は入院の提案を断った。もう末期なら、入院する意味なんてあるのだろうか。道すがら、彼女はまるで抜け殻のように、ぼんやりと歩き続けた。これからどうすればいいのかもわからない。二年前、流産した日のこと。土砂降りの中、澤村隼也(さわむら じゅんや)は彼女を別荘の外に閉め出し、一晩中雨に打たせた。肺がんになったのは、たぶんあの時からだろう。あてもなく歩き続け、どれほど時間が経ったのかもわからない。ふと、波の音が耳に届いた。顔を上げた瞬間、琴美の目に涙がにじんだ。ここは……四年前、隼也と出会ったあの海辺だった。彼女は立ち止まり、まるで映画のように、四年前の二人の姿が目の前に浮かぶ。けれど次の瞬間、すべてが砕け散った。そこには、冷たく睨みつける隼也の、憎しみに満ちた顔があった。何が、すべてをこうしてしまったのか?彼女は手に握った検査結果を強く握りしめ、胸がきゅっと締めつけられた。もしかしたら、この恋も命と同じく、終わらせるべきなんだ。彼女は砂浜を下り、かがんで靴と靴下を脱ぎ、冷たい海水の中に足を踏み入れた。そして、ふと一つの考えがよぎった。——いっそ、離婚しよ
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