予期せぬ流産に打ちのめされた小林詩織(こばやし しおり)は、一人病室を出て夫・高遠陽介(たかとお ようすけ)を探した。医局の外で彼を見つけ、ドアをノックしようと手を上げたその時、漏れ聞こえてきたのは、信じがたい言葉だった。「妻の子宮を切除してくれ。もう彼女に子供は必要ない」陽介は隣にいた女を医者の前に引き寄せ、彼女のお腹を慈しむようにゆっくりと撫でていた。「だが、彼女のお腹の子は絶対に守ってくれ。これは俺の唯一の血筋だ」その女の正体は、詩織があまりにもよく知っている人物——陽介に三年仕えている秘書の桜井優子(さくらい ゆうこ)だった。彼は真剣に、そして異様な緊張感を漂わせながら繰り返し医師に念を押す。「必ず最高の薬を使うように!万が一のことも絶対に許さない!」詩織は伸ばしかけた手を引っ込め、全身の血の気が引くような衝撃を受けた。まさか、かつてあれほど愛し合ったはずの夫が、子供を失ったばかりの詩織に対してこんな非道なことができるなんて……ただ一途に彼を信じていた心は、その裏切りによって粉々に砕かれ、深く傷つけられた。愛ゆえに、愛する人を手放す——それもまた、一つの愛の形なのかもしれない。茫然自失とした様子で、詩織は病室へとぼとぼと戻っていった。 その道すがら、彼女の頭の中では二つの光景が繰り返し蘇っていた。 一つは高遠陽介の手が桜井優子のお腹に触れていた光景。 もう一つは、詩織自身の妊娠を知った彼が、おそるおそる彼女のお腹に耳を当てていた光景だった。 対照的なその二つの光景が脳裏で繰り返され、詩織の心を何度も引き裂くのだった。 彼が子供好きなのは知っていた。そして、詩織のことも愛してくれていると信じていた。 だが今は、彼の愛情などひどく偽善的で安っぽいものにしか思えなかった。 フロア中の看護師たちは、噂しきりといった様子で、羨望の眼差しを詩織に向けていた。「奥さんのために産婦人科フロアを丸ごと貸し切るなんて、本当にすごい旦那さんよね。私、あんなの初めて見たわ」「しかもね、付き添いの人を12人も頼んで、24時間体制で見守らせているそうだ」「あなたは見てないかもしれないけど、あのご主人、奥さんが流産されたって聞いた時、手術室の前で、もう息もできないほど泣きじゃくってたそうよ」も
Baca selengkapnya