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愛の終止符
愛の終止符
Penulis: 木二つ森ならず

第1話

Penulis: 木二つ森ならず
予期せぬ流産に打ちのめされた小林詩織(こばやし しおり)は、一人病室を出て夫・高遠陽介(たかとお ようすけ)を探した。

医局の外で彼を見つけ、ドアをノックしようと手を上げたその時、漏れ聞こえてきたのは、信じがたい言葉だった。

「妻の子宮を切除してくれ。もう彼女に子供は必要ない」

陽介は隣にいた女を医者の前に引き寄せ、彼女のお腹を慈しむようにゆっくりと撫でていた。

「だが、彼女のお腹の子は絶対に守ってくれ。これは俺の唯一の血筋だ」

その女の正体は、詩織があまりにもよく知っている人物——陽介に三年仕えている秘書の桜井優子(さくらい ゆうこ)だった。

彼は真剣に、そして異様な緊張感を漂わせながら繰り返し医師に念を押す。

「必ず最高の薬を使うように!万が一のことも絶対に許さない!」

詩織は伸ばしかけた手を引っ込め、全身の血の気が引くような衝撃を受けた。

まさか、かつてあれほど愛し合ったはずの夫が、子供を失ったばかりの詩織に対してこんな非道なことができるなんて……

ただ一途に彼を信じていた心は、その裏切りによって粉々に砕かれ、深く傷つけられた。

愛ゆえに、愛する人を手放す——それもまた、一つの愛の形なのかもしれない。

茫然自失とした様子で、詩織は病室へとぼとぼと戻っていった。

その道すがら、彼女の頭の中では二つの光景が繰り返し蘇っていた。

一つは高遠陽介の手が桜井優子のお腹に触れていた光景。

もう一つは、詩織自身の妊娠を知った彼が、おそるおそる彼女のお腹に耳を当てていた光景だった。

対照的なその二つの光景が脳裏で繰り返され、詩織の心を何度も引き裂くのだった。

彼が子供好きなのは知っていた。そして、詩織のことも愛してくれていると信じていた。

だが今は、彼の愛情などひどく偽善的で安っぽいものにしか思えなかった。

フロア中の看護師たちは、噂しきりといった様子で、羨望の眼差しを詩織に向けていた。

「奥さんのために産婦人科フロアを丸ごと貸し切るなんて、本当にすごい旦那さんよね。

私、あんなの初めて見たわ」

「しかもね、付き添いの人を12人も頼んで、24時間体制で見守らせているそうだ」

「あなたは見てないかもしれないけど、あのご主人、奥さんが流産されたって聞いた時、手術室の前で、もう息もできないほど泣きじゃくってたそうよ」

もし医局であの裏切りを目の当たりにしていなければ、詩織はこの偽りの幸福に浸り、この人と結婚してよかったと心から思っていただろう。

でも今は、聞いているだけでただただ皮肉にしか感じられなかった。

病室のドアに近づいた時、突然部屋の中から果物がいくつも投げつけられ、床に叩きつけられて潰れ、あたりに転がった。あたりは見るも無惨な有様だ。

「これだけの人数がいて、女一人見張っていられないのか!

高い金を払ってんのは、こんなザマを見せるためじゃねぇんだぞ!役立たずどもが!」

詩織のために陽介がこれほど激怒するのを見るのは、これで二度目だった。

前回、詩織が熱を出し、点滴を打っても一向に下がらなかった時もこうだった。

陽介はひどく取り乱し、その場で病院中の医者を殴りかからんばかりの剣幕で、もし詩織が治らなければ病院ごと道連れにしてやるとまで息巻いていたのだ。

焦って行ったり来たりする彼の後ろ姿。普段は極度の潔癖症なのに、高級そうなスーツについた汚れさえ気にする余裕もないようだった。

あの時と同じ光景なのに……かつては心を揺さぶられたはずのその姿に、もう何も感じなかった。

「陽介さん、ちょっとトイレに行ってただけよ」

詩織が感情を抑えた声で言うと、彼はその声にはっとしたように向き直り、慌てて駆け寄ってベッドに横たわるのを支えた。

「詩織、どこへ行ってたんだい? 何も言わずに行くから……

君に何かあったかと、本当に心臓が止まるかと思ったよ」

「……ずっとベッドにいると、体がなまってしまうから。少し、歩きたかっただけ」

詩織は冷ややかにそう答えると、彼が握ってきた手を無意識に引き抜いた。

しかし、詩織のそんなそっけない態度にも陽介はまるで意に介さず、そばにいた看護師に早く点滴の準備をするよう急かすばかりだった。

「もう体は大丈夫。点滴は必要ない」

詩織は医局で聞いた彼と医者の会話が頭から離れず、彼が与えようとするものを本能的に拒絶していた。

以前の彼なら、詩織の言うことには何でも従ってくれたものだ。だが今は、彼もまた珍しくも彼女の願いをはねつけた。

「だめだ。点滴をすればもっと早く良くなる。

体をしっかり治して、そうすればまた俺たちの子供を持つことができるんだ」

子供……!

やはり陽介は、詩織が子供を何よりも大切にしていることを、はっきりと分かっていたのだ。

詩織はわななく体で、ベッドの傍らにいた彼を渾身の力で蹴り飛ばした。

「いらないって言ってるだろ!」

声にならない叫びが続く。

陽介はよろめきながらもかろうじて体勢を立て直すと、それまでの優しかった表情が嘘のように消え、冷酷なまでに険しくなった。

詩織はベッドに倒れ込むように身を横たえ、頭から布団を深くかぶった。

点滴さえしなければ、今回はきっと切り抜けられる——そう思ったのも束の間、彼女は思いがけず意識を失い、そのまま深い暗闇へと沈んでいった。

――次に目を開けたのは、すでに三日後のことだった。

予感とも絶望ともつかない冷たいものが胸の底からこみ上げてきた。それでもなお、これが現実であってほしくないと願っていた。

しばらく逡巡した後、震える手で上着をめくると、下腹部に残る、痛々しいほど生々しい赤い縫合痕が、起きてしまったことすべてが紛れもない現実であることを、まざまざと突きつけてきた。

詩織は全身からすっかり力が抜けたように、ただ呆然と天井を見つめていた。

そこへ陽介が足音も立てずに病室に入ってきて、詩織が目覚めたのに気づくと、何事もなかったかのように優しく布団の端を直してくれた。

「あの日、君は気を失ってね。検査の結果、絨毛がんだと分かったんだ。残念だが、命を助けるためには、子宮を摘出するしかなかった」

そう言いながら、彼はサイン済みの、いかにもそれらしい診断報告書を詩織の前に差し出した。

もしあの時、彼と医者の会話を聞いていなかったら、今回もまた、詩織はこの男の言葉をやすやすと信じてしまっていただろう。

詩織は薄い病衣の上から、指でそっと縫合痕の輪郭をなぞった。

ただの子宮摘出ではない。この手術で子宮と共に、女としてのすべて、そして心まで根こそぎ奪い去られてしまったかのようだった。

このすべては、陽介の裏切りのせいだ。許せない。

詩織は心の底から、目の前のこの男を憎んでいた。

陽介は詩織の目からとめどなく溢れる涙をさも痛ましそうに拭いながら、あくまで優しく慰めてきた。

「詩織、君がどれほど子供を欲しがっていたか、俺にはよく分かっている。

でも、人生はまだまだこれからだよ。体が回復したら、一緒に養子を迎えようじゃないか!」

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