薄暗い個室で、女性は怜司の膝の上に座り、緊張で息を詰めていた。彼の噂なら耳にしたことがある。桐谷家の長女である沙織と相思相愛だったはずなのに、いつの間にか妹の莉緒に心変わりし、その後、沙織は家を追い出されたのだという。それなら莉緒は、よほどしたたかで、男を惑わせるような美人なのだろう。そうでなければ、これほど名の知れた男が沙織を捨て、今も酒に溺れているはずがない。そんな女性の考えなど知るはずもなく、怜司は彼女の顎を持ち上げ、工芸品でも眺めるように顔を見ていた。女性はふいに勇気を出し、彼の首に腕を回す。怜司は一瞬意外そうにしたが、拒まなかった。もともと、品行方正な男というわけでもない。莉緒が姿を消してからは、ほかの女性の似た面差しに、彼女の姿を重ねようとしていた。けれど、今度の相手はいきなり禁句を口にした。耳元に唇を寄せ、甘えるような声で呼んだのだ。「お義兄さん……」そのひと言で、怜司の酔いは一瞬で醒めた。冷たい顔で女性を膝から突き落とすと、彼女は悲鳴を上げて床に尻もちをついた。「今、何て呼んだ?」怜司は冷たい目で女性を見下ろした。どれほど酔っていても、正気を失ったわけではない。目の前の女性が莉緒ではないことも、その代わりにはなれないことも分かっていた。「わ、私……」女性は怯えきり、転がるように個室から逃げ出した。すっかり興が冷めた怜司はネクタイを緩め、外の空気を吸いに出る。別の個室の前を通りかかったとき、ふと中にいる女性が目に入った。桜陵大学の名前が入ったパーカーを着ていて、体つきも髪型も莉緒にそっくりだった。見知らぬ男に寄り添い、穏やかに歌を聞いていた。怜司の目に、驚きと喜びが浮かんだ。勢いよく扉を開け、2人のもとへ大股で近づくと、男を力任せに突き飛ばし、その女性を強く抱きしめた。「莉緒!」声は震えていたが、抱く腕は少しも緩まなかった。「どれだけ捜したと思ってるんだ。こんなところでほかの男と何してる。殺すぞ!」女性は驚き、必死に体をよじった。「私、莉緒じゃない!離して!」それでも怜司は耳を貸そうとしなかった。恋人が襲われるのを見た男は床から起き上がり、テーブルにあった酒瓶をつかむと、怜司の頭めがけて振り下ろした。瓶が砕け、部屋中に悲鳴が上がった。……店主が駆けつ
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