Beranda / 好きだった / Bab 1 - Bab 10

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18 Bab

第1話

桜陵大学は、ある動画の話でもちきりだった。映っていたのは、芸術学部の桐谷莉緒(きりたに りお)。5つ星ホテルの最上級スイートで、一糸まとわぬ姿の彼女が、頭ひとつ背の高い男に大きな窓へ押しつけられていた。規則的な音が絶え間なく響いていた。やがて行為を終えた男が、彼女の耳元で囁く。「いい子だ」莉緒にとって初めての夜を収めたその動画は、学生たちのグループチャットに流されていた。男のひと言に、チャットグループは爆発的な盛り上がりを見せていた。【この声……久世怜司(くぜ れいじ)じゃない?】【大学の理事までモノにするなんて、莉緒もやるね。どうりで、あの子をいじめてた連中がおとなしくなったわけだ】【清純そうな顔して、やることやってんだね。さすが愛人の娘】その騒ぎが莉緒の耳に入ったとき、彼女は寮の部屋で怜司に贈るためのマフラーを編んでいる最中だった。ルームメイトたちはスマホの音量を最大にし、ニヤニヤとスマホを回し見しながらわざとらしく声をかけてきた。「莉緒、ずいぶん慣れた声出してるじゃない。普段からあんなことやってるわけ?」どっと嘲笑が湧き起こった。莉緒は真っ青になってその場に凍りつき、編みかけのマフラーが手から滑り落ちるのも構わず、部屋を飛び出した。動画の件はいったいどういうことなのか。莉緒はもつれる足で怜司の執務室へと急いだ。だが、扉の前まで来たところで、中から嘲るような声が聞こえてきた。「怜司、あれはえぐいって。わざと顔まではっきり撮ってさ。あれじゃ莉緒も弁明のしようがないぜ」莉緒の頭の中が真っ白になった。全身から血の気が引き、その場に立ち尽くす。「そりゃ自業自得だろ。怜司の本命に手を出したんだ、やり返されて当然さ」「にしても手が込んでるよな。わざと『莉緒の母親は愛人だ』なんて噂を流させて、あいつがいじめられ始めたら、今度は救世主ぶって助けに入るんだから。しかもあいつの前じゃ、いかにも一途に愛してますって顔してさ」「で、いつネタばらしするつもりだ?ずっと好きだった男が、実は姉貴の婚約者でしたって知ったら、あの小娘、泣きすぎて気絶するんじゃないか?ははは……」ソファに気怠げに身を沈めた怜司は、指に挟んだたばこの灰を灰皿の縁で落としながら、黙ったまま聞いていた。その表情からは何を考えているのか読み取
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第2話

怜司はいつものように身を乗り出して莉緒のシートベルトを締め、赤くなった目元を見て優しくなだめた。「動画が出回ったのは手違いだ。人を使って全部消させる。今日は体調が良くないみたいだし、家まで送るよ」莉緒は唇を噛みしめた。執務室で聞いた彼の言葉を思い出すと、涙がこらえきれずあふれ出した。怜司はわずかに戸惑い、手を伸ばして彼女の涙を拭った。そして何かを思い出したようにドアを開けた。「ちょっと待っててくれ。用事を済ませてくる」ドアが閉まってから、莉緒は怜司がスマートフォンを取り違えていることに気がついた。アームレストの横に置かれた彼のスマホを、引き寄せられるように手に取り、沙織の誕生日を入力すると、ロックはあっさり解除された。LINEのトーク一覧の一番上には、沙織の名前がピン留めされていた。2人の直近のやり取りで、沙織は自分が帰国する前に莉緒と完全に縁を切れるのかと尋ねていた。怜司の返信はこうだ。【ただの遊び相手だよ。付き合ってすらいない】莉緒は胸が締めつけられ、鼻の奥がつんとした。それでも涙をこらえ、さらに画面をさかのぼった。沙織が海外にいた2年間、怜司は毎日欠かさず彼女に電話をかけていた。時間はいつも夜の8時頃。それは彼が「理事会があるから、何があっても絶対に邪魔をするな」と莉緒に告げていた時間だった。それだけでなく、彼は毎月多額の金を沙織へ送金していた。メッセージのひと言すら添えず、淡々と送金だけを繰り返していた。沙織も甘え上手で、時折自撮り写真を送っては褒めてほしいとねだっている。怜司は莉緒には一度も見せたことのないような可愛い動物のスタンプを返し、薄着をして風邪を引かないようにと気遣っていた。それらのやり取りを見て、莉緒は自分が怜司のことを何も知らなかったのだと、ようやく悟った。自分に向けられていた優しさや気遣いなど、沙織へ注がれる愛情のほんの一部にすぎなかった。怜司が車に戻ってきたとき、その手には緊急避妊薬の箱が握られていた。彼は莉緒の頭を撫で、この上なく優しい声で言った。「昨夜は余裕がなくて、そこまで気が回らなかった。念のため、これを飲んでおいてくれ」莉緒は薬の箱を両手で強く握りしめ、血がにじみそうなほど唇を噛んだ。あの会話を直接聞いていなければ、今も怜司が自分のためを思ってくれているのだ
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第3話

連絡を絶っていたことが気に入らないのか、怜司は莉緒をじっと見据えていた。莉緒は唇を結び、勇気を振り絞ってその視線を見返した。「久世さんでも、どうでもいい遊び相手の心配なんてするんですね」いつも素直で従順だった莉緒の思いがけない反発に、怜司は微かに目を見張った。そのまま衝動的に彼女を引き寄せ、腰にきつく腕を回す。「遊び相手?2年一緒にいて、手を出したのはあの1回だけだぞ。それで遊び相手っていうのか?」莉緒には、なぜ怜司が急に怒り出したのか分からなかった。顎を強引に掴まれ、そのまま唇を奪われそうになった、そのときだった。「怜司、こんなところにいたのか。沙織が捜してるぞ」声をかけられ、怜司は眉を寄せて莉緒を放した。「分かった。すぐ行く」莉緒は驚いたふりをして尋ねた。「お姉ちゃんと知り合いなの?」「ただの知り合いどころじゃないよ。2人の関係を知ったら、腰を抜かすぞ」怜司の友人が面白がるように答えた。2人が去ると、莉緒の目にかすかな嘲りが浮かんだ。彼らは莉緒がまだ何も知らないと思い込み、今日この場で恥をかかせるつもりなのだろう。けれど莉緒は、すでに気持ちを整理し、怜司との関係を終わらせるつもりでいた。宴が賑わいを見せるなか、ふいに会場の照明が落ちた。続いてステージにスポットライトが当たり、スーツ姿の怜司と、彼の腕に寄り添う白いドレス姿の沙織が照らし出された。正雄は満面の笑みで招待客たちに静粛を促すと、声を張り上げた。「本日は、留学を終えて帰国した沙織を祝うとともに、皆さまにうれしいご報告がございます。桐谷家と久世家は古くから親交があり、沙織と怜司くんの婚約も、何年も前に取り決めておりました。この度、2人の気持ちも固まり、月末に婚約披露パーティーを開くことになりました。ぜひ皆さまにも、子供たちの幸せを見届けていただければと存じます」挨拶が終わると、怜司の友人たちは一斉に莉緒へ視線を向けた。彼女がショックで取り乱す姿を期待しているのだ。しかし莉緒は人だかりの中に静かに立ち、表情を崩すこともなかった。まるでステージ上の出来事など、自分には関係ないと言わんばかりだった。沙織との関係を知れば必ず取り乱すと思っていたのに、莉緒はあまりにも冷静だった。怜司は眉をひそめた。なぜか苛立ちが募ったところへ、そ
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第4話

「どうして?」莉緒が尋ねると、沙織は言い返した。「どうしてって、少しは身の程を知りなさいよ。母親が死んで何年もたつのに、いつまで桐谷家のものを独り占めするつもり?本当なら全部、私のものだったのよ。愛人の娘のくせに、何様のつもりで不自由なく暮らしてるの?」自分に対する嫌味なら、莉緒は何を言われても耐えられた。だが、亡き母を侮辱されることだけは我慢ならなかった。莉緒は沙織に詰め寄り、噛みしめた歯の間から声を絞り出す。「お母さんは愛人なんかじゃない!お父さんと結婚したとき、あなたたち親子がいるなんて知らなかったのよ。お母さんを追い詰めて死なせたのは、あなたたちでしょう!」言い返されるとは思わなかった沙織が、莉緒に手を振り上げた。ちょうどそのとき、休憩室の扉が開いた。視界の端に怜司の姿を捉えた沙織は、とっさにテーブルの上にあったナッツ入りの菓子を口へ押し込んだ。次の瞬間には力なく崩れ落ち、口ごもりながら訴える。「莉緒、どうして無理やり食べさせるの……私、ナッツアレルギーなのに……!」怜司は沙織のもとへ駆け寄り、莉緒を突き飛ばした。莉緒はよろめいて背後のローテーブルに背中を打ちつける。その弾みでグラスが床へ落ちて砕け、鋭い破片が彼女の両手に突き刺さった。怜司は血だらけになった莉緒には目もくれず、すぐにしゃがみ込み、沙織を抱きかかえた。「沙織、大丈夫か?」涙を浮かべた沙織が、すがるように彼の腕をつかんだ。「久しぶりだったから、お話ししたかっただけなのに……何が気に障ったのか分からないけど、急に無理やりお菓子を食べさせられて……ねえ、見て。体に発疹が出てない?」怜司が見下ろすと、沙織の肌にはみるみるうちに赤い発疹が広がっていた。「どうしよう。まだパーティーが終わってないのに、怜司に恥をかかせちゃうわ。お化粧……そうだ、お化粧で隠せば……」怜司はその手首を強く掴んで止めた。「こんなときに何を言ってるんだ。病院に行くぞ」沙織を抱き上げ、去り際に莉緒を冷たく睨みつけた。莉緒は激痛に耐えながら起き上がった。両手からあふれる血が、たちまちドレスの裾を染めていく。それでも、なぜか痛みは感じなかった。あまりの衝撃に、感覚まで麻痺してしまったようだった。莉緒はホテルのスタッフに救急箱を頼み、震える手でどうにか傷口を覆
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第5話

莉緒が目を覚ますと、病院のベッドの上だった。傍らでは、怜司がノートパソコンで仕事をしていた。気配を感じたのか、怜司が顔を上げる。目が合うと、彼はかすかに安堵したように見えたが、その声はいつもどおり冷たかった。「いじめられるのがどんな気分か、よく分かっただろ。今回のことを教訓にして、二度と沙織に手を出すな」莉緒が黙って顔を背けると、涙がひと筋、目尻から流れ落ちた。かつて莉緒は、怜司を自分の救いだと思っていた。けれど今の彼と、自分をいじめてきた人間たちに、いったい何の違いがあるのだろう。病床で黙り込む莉緒を見つめていると、怜司はなぜか胸の奥が落ち着かなかった。嫉妬に駆られて沙織を傷つけたのだから、こんな目に遭うのは当然だ。そう思っているはずなのに、莉緒の涙を見ると、なぜかいたたまれなくなった。そこへ若い看護師が入ってきた。「久世さん、沙織さんの病室のエアコンが故障してしまって……」怜司は眉をひそめた。「なら直せばいいだろ。そんなことまで俺に報告する必要があるのか?」「もう修理は頼んでいるんですが、業者が来るまで1時間ほどかかるんです。沙織さんがずっと寒いとおっしゃっていて、ほかに空いている病室もなくて……」怜司はすぐに立ち上がった。「エアコンを直すのに、そんなに時間がかかるのか?沙織は昔から体が弱いんだ。莉緒をそっちへ移して、沙織にこの部屋を使わせろ」「ですが……」看護師はベッドの莉緒を見てためらった。莉緒には唐辛子アレルギーがあり、大量の唐辛子エキスを飲まされている。命こそ助かったものの、食道と胃の粘膜はひどく傷ついており、少しのことで再び危険な状態になりかねない。一方の沙織は、ナッツ入りのケーキを少し食べただけで、アレルギーを抑える注射を打てば回復する程度だった。それでも怜司には、莉緒が味わった苦しみなど取るに足りないことのようだった。「何をしてる。沙織に何かあったら、この病院もただじゃ済まないぞ」そこまで言われては、看護師も従うしかなかった。ほどなくして、莉緒は沙織のいた病室へ移された。怜司は沙織のもとへ行き、莉緒だけが広い病室に残された。これまでのことを思い返しているうちに、莉緒はとうとう涙をこらえきれなくなった。泣き続けるうち、ふいに寒気を覚えた。冷たい空気の流れてくる方へ
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第6話

出国の前日、父の正雄が手配した迎えの車が来て、莉緒と沙織はそろって退院した。2人が同じ車で帰る途中、運転手が突然、脇の細い道へ入った。莉緒がおかしいと気づいたときには、車はすでに廃工場の前に止まっていた。運転手がドアを開けるなり、凶悪な顔つきの男が2人近づいてきて、莉緒と沙織を強引に引きずり下ろした。「きゃあ!助けて!離してよ!」沙織が声を限りに叫ぶ横で、莉緒も突然の事態に呆然としていた。運転手は父が手配したはずなのに、なぜ拉致犯に買収されているのか。考える間もなく、2人は荒れ果てた部屋へ放り込まれた。男が冷たく言った。「1人は久世の婚約者、もう1人は将来の義妹だ。20億くらい要求したって文句はないよな」沙織は目を見開いた。彼女が口を開くより先に、男は怜司へ電話をかけ、スピーカーをオンにする。やがて、聞き慣れた低い声が響いた。「もしもし?」男が沙織へ目配せすると、沙織はすぐに泣き声を上げた。「怜司、私、沙織!拉致されたの。20億の身代金を払えって……」怜司の声が一気に冷たくなった。「沙織には触るな。口座を送れ。すぐに振り込む」男は今度は莉緒の口元へスマートフォンを近づけた。「お前も何か言えよ。あと1億上乗せしてくれれば、お前も帰してやる」莉緒は強く拳を握りしめた。自分をあれほど憎んでいる怜司が、金を払ってまで助けてくれるはずがない。何と言えばいいのか考えていると、もう1人の男が仲間へ顔を寄せ、小声で囁いた。「おい兄貴、莉緒の嬢ちゃんから聞いてた額と違うじゃねえか……」声は小さかったが、電話の向こうの怜司にははっきりと聞こえていた。怜司はスマホを握る手に力を込めた。莉緒が拉致犯とグルだったのか。だから運転手まで買収し、これほどの大金を要求してきたのだ。そう思い込んだ怜司は、冷たく言い放った。「莉緒がどうなろうと、俺には関係ない。好きにしろ」そこまで金が欲しいのなら、くれてやればいい。これで2人の関係に決着をつければいいのだ。その言葉に、莉緒の心は絶望の底へ沈んだ。怜司は、本当に自分が死んでも構わないと思っている。初めから愛情などなかった。彼の中にあったのは、深い憎しみだけだった。……ほどなくして、外から急ブレーキの音が聞こえた。倉庫へ駆け込んできた怜司は、沙織を強く抱き
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第7話

莉緒は道端で車を拾い、どうにか家へたどり着いた。だが、家に入った彼女を待っていたのは、胸をえぐるような光景だった。沙織は毛布にくるまり、傷ついた子猫のようにソファで丸くなっている。そのそばには怜司がつきっきりで座り、ひとさじずつ慎重に温かいシチューを飲ませていた。莉緒の姿に気づいて顔を上げた怜司の目には、隠しようのない嫌悪が浮かんでいた。「よく帰ってこられたな!」正雄が大股で近づき、莉緒の頬を思い切り張った。莉緒は視界がぐらりと揺れ、倒れそうになる。「沙織が帰国して面白くないのは分かるが、それでもお前の姉だぞ。あんな悪ふざけをして、もし沙織の身に何かあったらどうするつもりだった!怜司くんがすぐに駆けつけてくれなかったら、取り返しのつかないことになっていたんだぞ!」沙織は内心ではほくそ笑みながらも、表向きは正雄をなだめた。「お父さん、もう妹を叩かないで。私ならこうして無事だったんだから」「こいつをかばうな!」正雄は肩で息をしながら、激しい怒りを露わにしている。莉緒は立ちすくみ、耳鳴りがいつまでもやまなかった。そこへ、ずっと黙っていた怜司が冷たく言い放つ。「沙織に謝れ」莉緒は歯を食いしばり、どこからそんな勇気が湧いたのか、自分でも分からないまま言い返した。「謝らない」男たちに痛めつけられている間に、莉緒はすでに悟っていた。あの拉致は沙織が仕組んだものだ。莉緒に罪を被せ、悪辣な妹に仕立て上げるための罠だったのだ。莉緒は何も悪くない。それなのに、なぜ謝らなければならないのか。沙織はため息をつき、寛大な態度を装った。「もういいよ、怜司。莉緒だって悪気があったわけじゃないかもしれないし。こんなことで姉妹の仲を壊したくないの……」「お前は殺されかけたんだぞ。謝らせるくらい当然だろ」怜司は莉緒を真っ直ぐに見据えた。その目に浮かぶ嫌悪はいっそう濃くなる。いったい、いつから莉緒はこれほど言うことを聞かなくなったのか。莉緒の頑なな態度に激怒した正雄は、その腕を掴んで沙織の前へ引っ張っていった。莉緒が痛みにうめいて初めて、腕に無数の火傷があることに気づき、眉をひそめる。どうしたのかと尋ねるより先に、怜司が冷ややかな声で言った。「沙織のせいにするために、自分をそこまで傷つけるとはな。莉緒、お前、本当に手段を選
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第8話

月末、怜司と沙織の婚約披露パーティーが予定通り開かれた。当日は市内の各界から多くの有力者が集まった。沙織はオートクチュールのドレスに身を包み、大勢の招待客に囲まれながら、誇らしげに会場を歩いている。怜司の周りにいた友人たちが、羨ましそうに声をかけた。「怜司さん、おめでとうございます。ついに沙織さんと結ばれましたね!」「学生のころからお似合いだったもんな。莉緒に邪魔されなけりゃ、あんなに長く離れることもなかったのに」「そういえば、莉緒って今どうしてるんだ?」「怜司から20億の手切れ金をもらったんだ。今頃、海外で好きに遊んでるだろ。お前も甘いよな」莉緒の名前を聞き、怜司は眉を寄せた。あの拉致事件のあと、莉緒はすぐに出国した。世間では、あの動画が広まったせいでこの街にいられなくなり、逃げるように海外へ行ったのだと噂されている。怜司もそう思っていた。ただ、ここまできれいに姿を消すとは思わなかった。この半月以上、SNSにすら莉緒の近況は一切投稿されていなかった。少し考え込む怜司を見て、友人がからかった。「まさかお前、莉緒のこと本気で好きになったんじゃないだろうな?」怜司は我に返り、表情を冷たくした。「あいつは沙織にあれだけのことをしたんだぞ。俺があいつに抱いてるのは憎しみだけだ。くだらない冗談でからかうな」「はいはい、悪かったよ」友人たちは怜司の機嫌を損ねることを恐れ、すぐに口をつぐんだ。ちょうどそのとき、沙織がやってきた。怜司の腕に甘えるように寄り添い、ねだるように言う。「三上さんが、ご主人にすごくきれいなサファイアのネックレスを買ってもらったんだって。私も欲しいな」怜司は迷うことなく答えた。「俺のブラックカード、持ってるだろ。欲しければ買えばいい。これからはそんなことでいちいち聞かなくていい」友人たちがすぐにはやし立てる。「怜司さん、ごちそうさまです!」「沙織さん、あんな遊び人だった怜司さんを一体どうやって骨抜きにしたんですか?俺たちにもコツを教えてくださいよ」褒めそやされ、沙織は満面の笑みを浮かべた。このところ、怜司は沙織をとことん甘やかしていた。高級ブランド店へ連れていき、一流レストランで食事をし、華やかな社交の場にも次々と同伴する。まるで、この2年間の埋め合わせを一度にしようとしてい
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第9話

あの日、沙織を病院へ連れていく前、怜司は友人たちに莉緒を少し脅しておくよう言いつけていた。少し懲らしめれば、それでいいと思っていた。唐辛子エキスも、少し飲まされただけだと思っていた。まさか、男たちがここまでひどいことをしていたとは思いもしなかった。突然の事態に、沙織は真っ青になって操作卓へ駆け寄った。「消して!早く消してよ!」取り乱した沙織は、手当たり次第にボタンを押した。しかし、間違って音量のボタンに触れてしまい、かえって音が大きくなる。莉緒が助けを求める声と、男たちの罵声が会場いっぱいに響き渡った。婚約披露パーティーは中止となった。怜司は招待客を帰し、沙織と、莉緒に暴力を振るった友人たちだけを残した。沙織はまだ動揺していた。怜司の視線が自分に向けられた途端、びくりと体を震わせ、赤くなった目で必死に弁明する。「莉緒を陥れるつもりじゃなかったの。大学であなたが莉緒をすごくかばってるって聞いて、芝居だったはずなのに本気になったんじゃないかって不安で……でも、唐辛子エキスを飲ませたことは私、何も知らない!」友人たちも次々に沙織をかばった。「そうだよ。後のことは沙織には関係ない」「沙織をいじめた莉緒が許せなくて、仕返ししたかっただけだって!」「お前だって莉緒が嫌いだっただろ。俺たちはお前のためを思って……」言い終えるより早く、怜司は近くにあった重い木製の椅子を掴み、力いっぱい投げつけた。椅子は男たちの頭上を越え、壁にぶつかって大きな音を立てる。続いて、怜司は莉緒の服を最も執拗に引き裂いていた男へ歩み寄り、その首を強く締め上げた。「お、おい、怜司!何するんだよ!」「女1人のことで、そこまでしなくても……!」「莉緒はずっと沙織に嫌がらせしてたんだぞ。ちょっとやり返したくらいで、何でそんなにキレるんだよ!」怯えた声も、今の怜司には届いていなかった。男を壁へ押しつけ、怒りをぶつけるように何度も殴りつける。男が瀕死になるほど殴られると、ほかの者たちも声を出せなくなった。周囲はこれまで、怜司にとって莉緒は復讐の相手にすぎないと思っていた。だが、ここまで取り乱す姿を見れば、そうではないと分かる。怜司は口では否定していても、莉緒を大切に思っていたのだ。怜司は血まみれになった男の顔を踏みつけると、ナイフを取り出して床へ
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第10話

足元に倒れ込んでいたのは、沙織が雇った拉致犯だった。信じられない思いで目を見開き、2歩あとずさる彼女に、怜司は冷たく告げた。「2人とも全部しゃべったぞ。拉致はお前が仕組んだんだな。莉緒に罪を着せて、自分が被害者のふりをしたのか」「知らない!こんな人たち、会ったこともないわ。怜司、この人たちの話だけで決めつけないで……」言い訳を遮るように、怜司がスマートフォンを突きつけた。画面には海外送金の記録が映し出されている。受取人は沙織で、金額はあの身代金と同額だった。さらに画面を切り替えると、華やかな服に身を包んで豪遊する沙織の写真が現れた。海外で満足に食べることもできなかったと泣きついていた姿とは、あまりにもかけ離れていた。青ざめた沙織が端末を奪おうと手を伸ばしたが、その手は空を切った。どこでこんな証拠を手に入れたのか。そして、誰が自分を陥れるために、すべての発端となったあの映像を会場で流したのか。沙織には分からなかった。怜司は失望しきった目で彼女を見据えていた。大学で知り合ってから、もうすぐ10年になる。記憶の中の沙織は、優しく気配りのできる女性だった。目の前にいる残酷な女とは、まるで別人だった。これほど明白な証拠がなければ、沙織がここまでのことを企むなど、信じられなかっただろう。「怜司、ちゃんと説明させて。そんな、かわいそうなふりをして同情を買いたかったわけじゃないの。あなたが好きすぎて不安だったのよ……離れている間にほかの人を好きになったらどうしようって……お金だって、返すつもりだったわ。私だってお金に困ってるわけじゃないもの……」怜司の鋭い視線に晒され、沙織の声は震えていた。怜司は手を伸ばし、その頬を指でなぞったかと思うと、そのまま顎を強くつかんだ。「莉緒はどこだ?」沙織は痛みに息をのんだ。その目に涙がにじむ。「し、知らない……!」「言え!」骨が砕けそうなほど指に力を込められ、たまりかねた正雄が口を挟んだ。「怜司、沙織を放してくれ!莉緒の居場所なら俺が教える。あの子は無事だ。安全な場所にいる」沙織の母は、信じられないという顔をした。「あなた、莉緒を捜しに行かせるつもりなの?」正雄は険しい顔つきのまま言い放った。「これだけのことをしたんだ。沙織が責められるのは当然だ。それに、お前が
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