秩父出張から帰ってきた七海と凛太郎は、いつもの業務に戻っていた。 ある日の終業後、七海の部屋。ギャラクティカでの業務が終わっても、七海は自分の部屋で副業のwebデザイン業務。退勤と同時に九頭龍に戻った凛太郎も、りゅーペイ事業の仕事がある。それぞれ、七海は自室のデスク、九頭龍凛太郎はリビングのテーブルでPCを広げて真面目に仕事に打ち込んでいるのだが。「カタカタカタ…」「カチ…カチ…」ひたすら、キーボードとマウスを操作する音が、無音の部屋に響いている。…と。 突然、テーブルを両手で「バン!」と叩いたかと思うと、九頭龍凛太郎はやおら立ち上がって絶叫した。「ンガー!!!つまらん!どうして偉大なるこの儂が人間風情の仕事などせねばならんのだ… そうじゃ、女子《おなご》じゃオナゴ!美しい女子を抱かせろ!!」「うっるさいわね、もー!!」 七海は自室から顔を赤らめて叫び返す。「龍神といえば色欲、これ常識。目覚めてから、何かを忘れておると思っとったわい…! 女子《おなご》を忘れておったのじゃ。これほどイケメン龍である儂が、女子を何か月も抱いておらんとかあり得んぞ…」七海は、「ケッ」という顔を九頭龍に向ける。九頭龍は、凛太郎よりも若干目線の高い七海に、おもむろに近づきながら言った。「そうじゃ。せっかくおぬしと一つ屋根の下にすんどることじゃし… 凛太郎には悪いが、どうじゃ?一戦まぐわってみん…」と、言い終わるか言い終わらないかのうちに、九頭龍の視界は暗転した。一拍置いて。「…こんなに殴るかね!?儂、一応神仏の類《たぐい》よ?」七海にボコボコに殴られ、四谷怪談に出てくるお岩さんより顔が腫れあがった九頭龍凛太郎が声を絞り出す。「知りませんッ!!!」ダメを押すように、七海は大事な商売道具であるはずの高価なPCを、九頭龍凛太郎の顔面に向かってぶん投げた。♦ 10年前―。 勇 千沙都《いさむ ちさと》は、13歳で父親の幸次郎を事故で亡くした。母親の京佳《きょうか》と千沙都は、近所でも評判の美人|母娘《ははこ》だった。シングルマザーとしての生活の厳しさは、予想した程ではなかった。家賃は公営住宅に引っ越したおかげで月2万円以下に押さえられた。自治体からの補助金は全ての母子家庭がもらえるわけではないし、全額ではなく一部支給となる場合もあるらしいのだが、京佳
Dernière mise à jour : 2025-05-20 Read More