晩餐の席で、尚吾は、食欲のない若いアシスタント・姫野莉子(ひめのりこ)のために、自らカニの殻を剥いていた。その場にいた誰もが、気まずそうに私を見た。つい一分前まで、私・葉山紬(はやまつむぎ)は胸を張って出資者にこう語っていたのだ。「葉山尚吾は、画家として手を非常に大切にしています。普段は手を保護するため、食事の場でさえナイフすら握りません」空気を取り繕うように、私はワインを三杯、黙って飲み干した。喉を焼く熱とともに、鉄のような味がこみ上げる。血の気が混じっていたことには、もう気づいていた。それでも、笑顔を崩すわけにはいかなかった。ようやく場が和みかけたその時——尚吾は唐突に席を立ち、「この子をマクドナルドに連れていく」と言い出した。出資者は顔をしかめ、口論となり、彼はその相手に手を上げた。その後始末は、私の役目だった。謝罪をし、平手打ちを受け、金を払って事を収めた。ふと彼の手が怪我をしていないか気になり、顔を上げたその瞬間。尚吾の冷たい視線が、私を切り裂くように射抜いた。「お前が金に目がくらんで成金どもに媚びるから、この子が空腹を我慢する羽目になったんだろうが。俺は彼女をマクドに連れていく……お前は来るな。お前がいると、食欲がなくなる」莉子は、申し訳なさそうな声色で私に言った。「ごめんなさい、紬さん、尚吾さんが私をこんなに気遣ってくれるなんて思わなくて……少しくらい具合が悪くても、我慢すればよかったですね……」尚吾は優しい声で、彼女の頭を撫でながら言った。「お前が悪いわけじゃない。ただ、真っ直ぐで純粋なだけだ。悪いのは——吐血するまで酒にさらしても、なお席を離れようとしない、そういう金と虚勢にまみれた女だ」……そうか。彼は、私が吐血していたことに気づいていた。けれど——気に留めるほどのことではなかった、ただそれだけ。私はその場に立ち尽くし、冷たい夜風の中で三十分、何も言わずにじっとしていた。そして、静かに携帯を手に取り、弁護士に連絡を入れる。「離婚協議書を、用意してください」
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