All Chapters of 愛が終わるとき: Chapter 11 - Chapter 12

12 Chapters

第11話

まさか——尚吾が、国内の混乱も炎上も放り出し、パリまで私を追ってくるとは思わなかった。湊のアトリエの扉を乱暴に開けた彼は、開口一番、拳を振るった。「てめえ……俺の女房をたぶらかしやがって!」突然の衝撃に周囲が凍りついたその瞬間、私は思わず駆け寄った。けれど、彼に腕を掴まれた次の瞬間、尚吾は私を抱きしめてきた。「紬……やっぱり、まだ俺のこと気にしてるんだろ?見てよ、俺、君を追ってパリまで来たんだ。もういいだろ?戻ろう、一緒にやり直そう」私は静かに彼を押しのけた。「戻らない。もう離婚届にはサインした。あなたとは何の関係もない」「やだ、絶対にやだ!離婚なんて認めない!」「じゃあ訴える。尚吾、もう私たちは終わったの」「違う!違う違う違う……!」彼は髪を掻きむしり、怒鳴りながら私を再び抱きすくめ、そのまま無理やり唇を奪おうとした。吐き気がした。身体は反射的に拒絶していたけれど、力では敵わなかった。次の瞬間——湊の拳が、音を立てて尚吾の顔面を打ち抜いた。彼はもんどり打って倒れ、私はすぐに湊の元へ駆け寄った。「なにしてるの……!」尚吾は、床から這い上がりながら、勝ち誇ったように言った。「黒瀬、お前が俺のアトリエにいた頃から、紬に気があったことくらい、俺はとっくに知ってる。見ただろ、彼女が本当に気にかけてるのは——」だが、その言葉の続きを、私の一言が断ち切った。「こんな人のせいで、手首を痛めてどうするの?これから世界巡回展だってあるのに、まだまだ仕事は山ほどあるのよ」私は心配そうに、湊の手首を優しくさすった。湊の目に、一瞬驚きの色がよぎる。けれどそれはすぐに、限りない優しさに変わっていった。尚吾はまだ何か喚こうとしていたが、すでに誰かが警察を呼んでいた。彼はすぐに現地の警察に連行され、本国へ強制送還された。「葉山尚吾暴行事件」は再びSNSのトレンド入りし、ネット上では非難の嵐が巻き起こる。彼のアトリエには、まともに立ち回れるマネージャーも、危機対応できる広報チームもいなかった。事態がどんどん拡大する中で、今回ばかりは、本当に終わりだった。彼の名は、完全に地に堕ちたのだった。
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第12話

湊の世界巡回展は華々しく幕を開け、ついに、私たちは煌国の地に降り立った。空港の出口でスーツケースを引く彼と並んで歩くと、途端にフラッシュの雨が降る。記者たちが殺到した。その中には、私と尚吾の過去を掘り返そうとする者もいた。けれど、湊は一歩も退かず、私をかばい続けてくれた。そんな喧騒のただ中、ひときわ異質な影が現れた。髭面で憔悴しきった男が、一枚の破れた絵を抱えて人波をかき分けてくる。尚吾だった。彼の腕に抱えられていたのは——かつて私がアトリエを去る日に、自ら破り捨てた『パリの夕焼け』。紙は無数の線で裂け、粗雑にテープで貼り合わされていた。尚吾は人目も憚らず、地面に膝をつき、破れた声で叫んだ。「紬……あの日の約束、覚えてるよね?全部俺が壊した。だから……ゴミ箱を探して、毎晩眠らず、一ヶ月かけて貼り直したんだ!見てくれよ。ほら、絵は戻った。俺たちだって……また戻れるだろ?」——また戻れる?私は、その絵に目を落とした。どれほど丁寧に貼り直されていても、ヒビはヒビのまま。裂けた心と同じように、もう「前と同じ」には戻らない。四方からシャッターの音が降り注ぎ、私はただ、一言。「尚吾——この絵、道端のホームレスにあげても、きっといらないって言うわ」その瞬間、彼の表情が崩れ、地面に額をつけて泣き崩れた。私は、彼に一瞥もくれることなく、湊と一緒にその場を後にした。あの騒動は、意図せず湊の展覧会に話題性をもたらし、煌国会場も、驚くほどの成功を収めた。展覧会が終わった帰り道、湊がぽつりと呟く。「……このまま、国内に残ろうかなって思ってる」私はふと彼を見た。「……昔は、この国の美術界を憎んでたじゃない。尚吾にアトリエを追い出された時、ひどく傷ついてたし」彼は驚いたように目を見開いた。「まさか、まだ覚えてくれてたなんて……僕はもう、忘れられたものだと……」「忘れるわけない。あなたは、私が出会った中で一番才能のある画家よ。あの時、尚吾の器の小ささであなたが追い出されたのが悔しくて、私は……あなたに海外の展示枠を紹介したの。ずっと、あなたを信じてた」「……やっぱり、あれは君だったんだね。紬……」私は微笑み、言葉の代わりに、彼の唇にそっと口づけた。「私たちの間に、言葉なんてい
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