『言葉』で、誰かを救うことはできない。 そんなことでさえ、僕はわかっていなかった。 僕、|佐藤 悠希《さとう ゆうき》があの日のあの瞬間、言葉をかけることができなかったのは、本当は驚いたからではなかった。 二つのことが怖くて声をかけることができなかったのだ。 時間はあることが起きたあの日まで遡る。 僕は、その日恋人である|山瀬 華菜《やませ かな》と仕事終わりに待ち合わせをしていた。 僕が彼女に初めて出会ったのは、大学の軽音サークルでだった。 慌てて大学デビューをした僕は、軽音サークルに入ったのはいいけれど、誰と話していいかわからず正直困っていた。かっこよく見えるだろうという単純な理由で選んだサークルだから、楽器のことも全然わからない。 「あなたも、新入生ですか?」と後ろから天使のように優しい声が突然響いてきた。 振り返ると、170センチある僕と同じ目線の高さにその人はいて、胸まである長い黒髪はゆらりと揺れていた。 その時僕は、彼女から強い輝きを感じた。「はい、そうです。あっ、僕は、佐藤 悠希です。その、あなたのお名前はなんですか?」 僕が慌てて挨拶すると、彼女はふふっと笑った。笑い方に大人っぽさを感じたのは、この時が初めてだった。「同じ一年生だから、タメ口でいいよ。私は山瀬 華菜だよ」 そう言われてやっと僕は、彼女も僕と同じ『一年生』だと気づいた。そういえば、さっき『あなたも』と言っていた気もした。そこにすぐに僕は気づけなかった。 本当に僕と同じ一年生なのかと感じるほど彼女は、僕が知っている言葉ではとても表せないぐらい不思議なオーラを放っている。 しかも、彼女は、まるで心でも読んだかのように僕の思っていることを見事に当てて、あどけない笑顔を僕に見せていた。 それは、特別なことじゃないかもしれない。きっと彼女は他の人にもこのように接しているのだろう。 でも僕の胸は、魔法にかかったかのように急にドキッと大きな音を立てた。 いや、その瞬間、僕は美しくてかわいい彼女に恋に落ちたのだろう。 自分でもわからないうちに、あっという間に彼女に心が奪われていた。 そうとわかったその日から、ドキドキして彼女をじっと見つめることができなくなった。 次の日、また彼女は声をかけてくれた。彼女は高校の頃、吹奏楽部に入っていたと教えてくれた。それか
Last Updated : 2025-05-30 Read more