医師の診断によれば、葵の命に別状はなく、原因は一時的な意識の喪失とのことだった。哲也は病室のベッド脇に腰を下ろし、静かに目を閉じたまま眠る葵を見つめていた。ふと気がつくと、目の前の葵は、ずいぶんと痩せたように見えた。哲也はそっと彼女の頬に触れた。その感触は、なぜか遠くかすんだ記憶のように思えた。それが、どれだけ長いあいだ自分が彼女と向き合うことを怠っていたのかを、彼に教えてくれた。静まり返った病室の中で、ようやく哲也の心にも静けさが訪れた。そして彼は、二人の間に起こったすべてを、ゆっくりと振り返る時間を得た。ホテルの階段室でふと耳にした泣き声が、彼にとってのパンドラの箱を開けた。その時に出会った、麻美とうり二つの瞳を持つ女性に、彼は抗いがたく心を奪われたのだった。あの始まり自体が、最初から間違いだったのかもしれない。哲也はうつむいた。もしも出会いがもっと自然な形で訪れていたなら、もしも葵が麻美の代わりとして現れなかったなら、果たして二人は、違う結末に辿り着けたのだろうか。わからない。哲也にはもう、その答えを知る術がなかった。かつて哲也は、葵を心優しい人間だと信じていた。だが、今思えば、それは葵が彼を愛していたからこそ見せていた姿だったのだ。数々の傷を受け、毅然と彼のもとを去った葵の心は、いまや鉄のように冷たく、固くなっていた。ようやく哲也は、それに気づいた。そして、自分には誰をも恨む資格などないことも、彼は知っていた。自分の惰性と怠惰が、葵の気持ちと向き合うことを拒み続けていたのだ。傲慢だった。彼は、葵が自分を愛してやまないと疑わず、決して離れていかないと信じていた。その愛情に、あたりまえのようにすがりつきながら。愛が、尽き果てるその時まで。日が暮れかける頃、葵はゆっくりとまぶたを開いた。「葵、大丈夫か?」哲也が心配そうに声をかけた。葵は落ち着いた口調で問った。「あなたが......病院に運んでくれたの?」哲也は黙って頷いた。「ありがとう」「礼なんて言うな、当然のことを......」そう言いかけた瞬間、哲也ははっとした。二人のあいだには、もはや何の関係もないという事実が、言葉の続きを飲み込ませた。「......どういたしまして」葵は彼の戸惑いに気づいたが、深く追及すること
Read More