「古賀(こが)主任、今までご指導いただき、本当にありがとうございました。この恩は一生忘れません」私は退職願を古賀主任に手渡した。古賀主任はそれを受け取って中身を見ると、驚いたように私を見つめた。「仕事を辞める?」私はうなずき、落ち着いた口調で言った。「仕事を変えたいんです。もう弁護士のアシスタントはやめようと思って。子どものお父さんが海外にいるので、会いに行くつもりです」古賀主任は一瞬固まり、思わず口をついた。「お子さんのお父さんは亡くなったのかと思った……」彼はすぐに自分の失言に気づき、気まずそうに笑って言った。「ごめんなさい、言い間違えた」その後、名残惜しそうな顔で私を引き止めようとした。「もったいないなあ。本当に優秀なのに。できれば、このまま続けてほしいんだけど」私は首を振って断り、薄く微笑んだ。実は、子どものお父さんは死んだも同然だったし、私がどれだけ優秀でも、所詮はただのアシスタントだった。私は古賀主任に丁寧にお礼を言い、退職を了承してもらったあと、同僚たちと業務の引き継ぎを始めた。給湯室で、私はネイトと彼の幼なじみであるセレナが親しげに話しているのを見かけた。ネイトはこの法律事務所の創設者で、私の上司であり、娘のお父さんでもある。八年前、私は入社してすぐに彼のアシスタントになった。あるパーティーの夜、私は酔った勢いで彼と一夜を共にし、子どもを授かった。それがきっかけで彼と結婚したが、それは「秘密の結婚」だった。彼は私のことが好きではなかった。娘のことも同様で、「お父さん」と呼ばせることすら許さなかった。一方、セレナは彼の幼なじみで、二人は深い絆で結ばれていた。座っている二人は、まるで恋人のように親密だった。セレナはネイトの腕にからみつき、全身で彼に寄りかかっていた。ネイトは彼女に向かって優しく微笑み、その表情は、私の角度から見るとまるで額にキスしているようだった。オフィスでそんなことをするなんて、もはや常識を逸脱している!私はつい我慢できず、彼のあだ名を呼んでしまった。「ネイト……」彼は冷たい目で私を見て、疑問を投げかけた。「安井さん、何か用?」公私をわきまえた口調で、私がただ彼のアシスタントに過ぎないことを伝えている。彼の真面目な顔には、距離感がはっ
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