東都で氷川家の若様がどれだけ絵里を愛しているか、知らない人なんていない。結婚式に集まった招待客たちは、誰もが今日の式がこの上なく華やかなものになると信じて、ふたりの幸せを本気で願っていた。まさか、あんな形で式場の大スクリーンにあんな醜態が流れるなんて――誰ひとり、想像もしていなかった。会場中がざわつく。「どういうこと?北斗さんが浮気してたってこと?あんなに絵里さんを大事にしてたのに?」「ただの浮気じゃないよ、不倫女に子どもまで産ませてるんだって!」「まさか不倫女の方が本命?さっきはっきり『絵里なんてただの暇つぶし』って言ってたじゃない!」「それって……絵里さんの気持ちを弄んでたってこと?最低すぎる……」ざわめきが止まらない。北斗は周囲の声など耳に入らなかった。今は、ただひたすらに絵里に会いたかった。伝えたかった。自分にとって彼女は決して「ただの暇つぶし」なんかじゃないこと。初めて彼女を見た、あの日から――もう心を奪われていたことを。自分は詩織なんて愛していない。あの子のお腹の子どももどうでもいい。ただ、絵里だけと一緒にいたい――その想いしかなかった。いても立ってもいられず、北斗は我を忘れて控え室の方へ駆けだした。絵里の一番の親友・松原蓮(まつばら れん)が、化粧室のドアの前に寄りかかるように立っていた。まるで、北斗がここに来るのを最初から予想していたみたいに、その美しい顔には、驚きや戸惑いの色は少しも見えなかった。蓮は何も言わず、すっと身をよけて、北斗を化粧室に通した。「絵里……」北斗は、絵里にどんなに責められても、憎まれても受け入れる覚悟だった。詩織と関係を持ったのも、自分は絵里じゃなきゃダメだなんて、そんな未練がましい男じゃない――と証明したかっただけだった。でも、どんな言い訳も通じないほど、もう彼女を愛していた。彼女を失うのが怖くて、たまらなかった。もう、彼女なしでは生きていけない。土下座してでも、もう一度だけ、チャンスがほしい――そんな気持ちで化粧室に飛び込んだのに、そこに絵里の姿はなかった。しかも、化粧台には花嫁用の化粧品さえ、一つも置かれていなかった。がらんとした鏡台を前に、北斗の不安と恐怖は一気に膨れ上がる。慌てて化粧室を飛び出す
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