All Chapters of 音もなく雪が降る: Chapter 11 - Chapter 20

21 Chapters

第11話

「下等人間」という言葉がトレンドのトップとなった。元から散々傷ついた乃安の評判はまた一撃食らい、もはや氷点下まで落ちそうだった。退職のことで暴れ出す社員が更に増え、会長室の前で彼を待ち伏せている株主勢力も一層広がった。乃安は会長室に閉じ込められて、出ることすらできなかった。幸い、前田さんは忠実なほうで、服を交換するという方法で逃げるのを手伝ってあげた。そうでなければ、あの篠崎グループの会長は、この狭い事務所で生活せざるを得ないところだった。やっと自由を手に入れ、乃安はまず葬儀場に向かった。瑞雪の死体はまだ火葬炉にあることをまだ忘れていなかった。別れも告げられなかったし、彼女の遺体も見られなかったが、せめて彼女の遺骨は取りに行きたかった。長年間業界で一生懸命もがいてきたのは、ただ瑞雪を幸せにしたいという人生最大の夢のためであった。彼女がもう去った今、自分がいくらもがいても無意味だった。葬儀場に着きそうな時、ちょうど一台の黒い霊柩車とすれ違った。まだまだ夜明け前だったから、このタイミングでは、あまりにも偶然で、怪しかった。今回、乃安は自分の勘を信じて、車で霊柩車を止めようとした。しかし、霊柩車は減速もせず、そのまま彼の車をぶつけて走り抜けていった。これは会社のガレージで新しく替えた車だ。何千万もする高級車だぞ。ぶつけてまで走り抜けたとは、怪しすぎる。そう思って、乃安は追いかけていった。けれど、追いつこうとしても、霊柩車のスピードが異常だった。あっという間に、自分の車を振り切った。乃安は見失わないように目を凝らしながら、ここからそれほど離れていない海辺に向かって追いかけていった。この海のことは耳にしたことがあった。数ヶ月前、瑞雪が新聞を読んでいる時に、何気なく「最近市役所は海洋散骨を推奨して、この海を海洋散骨の試みにするらしい」という話を口にした。海洋散骨?「いや!」乃安は絶叫を上げて、アクセルを全開にした。しかし結局遅れてしまった。ついに海辺に着いた時、スタッフはすでに遺骨を海にばら撒いた。海風に乗って、粉々に燃やされた遺骨が宙を舞って、深い海に沈んでいった。「いや!やめろ!」乃安はいっそハンドルから手を放し、叫びながらまっすぐに車を走らせて、何も構わずに海に突き込んだ。それ
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第12話

昔ベッドで、自分に優しくしてきた男は、怒ったらこんなにも怖かった。乃安の険しい姿を見て、心晴は痛くて怖くて仕方がなかった。声を発することもできなければ、子供をなだめることもできなかった。それでも、乃安の怒りは収まらなかった。心晴は力強く押しのけられ、よろよろしながら、胸元が無慈悲に蹴られた。胸元から激痛が伝わって、鮮血が一気に喉に込み上げてきた。乃安の冷え切った顔には、何百回もの夜を共に過ごしてきた女に対する優しさや情けはまったく見えなかった。「瑞雪に関わることは俺の地雷で、彼女の幸せは俺の命よりも大事だって言わなかったか?裏でいくら度を超えても許してやるが、瑞雪をいじめることだけは絶対に許さない。子供を産んでくれたからって、自分が瑞雪を挑発できるとか、瑞雪の身代わりになれると思うな!」見たことのない険しい目つきで、心晴は恐怖を覚えた。「悪かったの。本当に悪かったの。でも乃安、ほ……奥さんはもういないんじゃない。だったら……」「彼女がいなくなったからって自分が妻になれるとでも?」二回目のビンタで、前回のビンタを食らった時に抜けそうになった歯がまた二本抜け落ちた。鮮血が止まらずに口角から溢れ出して、心晴は痛みのあまり、ぶるぶる震えながら狂いそうなほど泣き叫んだ。「妻は妻で、遊び相手は遊び相手だ。お前がまともに落とすチャンスを捨てて、ベッドのほうを選んだあの日から、わかるはずだ。お前も、お前の息子も、俺の人生でただのおもちゃに過ぎない。」言い終わって、乃安は前田さんに目配せをした。前田さんは動揺が隠せなかったが、大人しく乃安の合図した通りに、ベビーカーで泣き続けている子供を抱き上げた。「何するの?」心晴はもがきながら飛びつこうとして、前田さんが子供を連れて行くのを止めようとした。彼女はバカじゃない。乃安が子供と自分のことを受け入れるとしても受け入れないとしても、この子は自分が篠崎グループの会長奥さんになれる唯一の希望だった。万が一なれなくても……少なくとも子育て費用はもらえる。乃安にも確かに情はあったが、彼女にとって、お金のほうが大事だった。義務教育を受けて、名門大学を卒業して、彼女はただの愚かなあばずれではなかった。自分の裸体にしか興味を持たず、妊娠中にすら休ませてくれない
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第13話

「私が黙ったら、堀内瑞雪が戻ってこれるの?」傷で赤く染まった口元を上げて、心晴の顔には急に無慈悲な笑みが浮かんだ。「もういいでしょ!篠崎乃安、堀内はもう死んだの。あんたに殺されたの!あんたは私と子供ができた上、ずっと私を可愛がって許し続けて、私を愛されてるって勘違いさせたせいで、あんたが何度も何度もあいつのそばから離れて、忙しい中時間を裂いてまで私に会いに来たせいで、あんたが何度も何度もあいつを置き去りにして、あと少しで山頂につくのに山に一人にしたせいで、あいつが死を選んだのよ。出棺させるどころか、葬って墓参りするチャンスすら残してあげなかったの!」ドカーン。青天の霹靂のように、乃安の心がバラバラに砕けた。呆然と立ちすくんで、彼は血の気が引いて戸惑った。「あの子、ほしいならもらっていいよ」心晴は冷笑しながら、無表情に口を歪めた。「あんたが金を持ってなかったら、妻より私を選んでくれなかたら、誰があんたなんかのためにリスクを負って、子供を産んであげるのよ。優秀で、偉くて、愛されるべし男のつもりなの?全然違う。篠崎、あんたは浮気性な性欲モンスターで、愚か者のくせに清廉潔白のふりをして、何者でもないわ。あんたはただの親なしの、大学中退のヤクザに過ぎない!」バタンと、ドアは力強く閉められた。心晴が去ってから長らくして、乃安はまだ床に座り込んで、ぼんやりしていた。本当に自分のせいだったの?本当に自分のせいで瑞雪が死んじゃったの?自分が心晴を許し続けたせいで、瑞雪が死んじゃったの?しかしそれは彼の本意ではなかった。彼はただ怖くて、自分が力を込めたら、瑞雪を傷つけてしまうのが怖かっただけだ。瑞雪の前で、いつまでも優しくて、純情で、ロマンチックな自分でいたかっただけだ。しかしいつの間にか、自分の愛が違うものになってしまい、刃となり、自分の最愛な瑞雪を刺してしまった。心が苦しくてしょうがなかった。どうすれば良いかもわからず、何ができるかもわからなかった。体調が少し良くなったら、乃安は退院する決意を固めた。そして瑞雪と最後に別れたお寺にある山に来た。山元から一歩一歩登り、揺らめく木漏れ日から、あの日談笑している二人の姿が彼の目に浮かんできた。「うっ、瑞雪……」一人もいない山の中、乃安は頼りもなく泣き出した
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第14話

「瑞雪……」乃安は苦しそうに呟いた。昔の思い出が襲ってきて、なぜ自分は病院ではなく、来たことがないはずなのにどこか懐かしく感じるこの部屋にいるのかすら、考える余裕がなかった。思いは波の如き。乃安は痛みを堪えて、ゆるりとその風鈴へ歩いた。触ろうとしたところで、突然ドアが開けられた音がした。反射的に振り向いたら、瑞雪とそっくりだが、明らかに彼女よりはずっと若い女の子が外から入ってきた。その瞬間、乃安は息を呑んだ。「瑞雪、瑞雪……」かなり大きい声を上げたつもりなのに、おかしいことか、広い部屋では風鈴だけがチリンチリンと鳴いていて、自分の声は聞こえなかった。瑞雪は彼に見向きもせず、まっすぐにその風鈴へ歩いていった。「瑞雪、なんで構ってくれないんだ?そんなに経ってないよな。もう俺のことを忘れたのか?」乃安は不安になってきて、すぐに彼女に追いつき、彼女の手を掴もうとした。そして、自分の手がそのまま瑞雪の服に突き込んで、彼女の腕を通り抜けた光景が目に映った。まるで形のない透明なもののように。乃安は目を見開いた。いつも淀んでいた目が血走って、彼は声を枯らした。「瑞雪、俺だ!ここだ!瑞雪!」瑞雪は何の反応もなかった。彼女はまず、軽く風鈴を鳴らした。チリンチリンとした音で、彼女は心が安らいだ。そしてスマホを取り出して、誰かに電話をかけた。「卒業試験の成績が出たわ。私はA。たぶん国内の大学、選び放題なんじゃないかな。知也(ともや)は?」知也?男の名前だ。乃安は一瞬で歯を食いしばって、憎しみを含んだ瞳が、砕けそうになった。「知也は誰だ?気づいてよ、瑞雪。答えてくれ。知也は一体誰だ?」しかし、瑞雪は彼の声も聞こえなければ、彼の悲しみや絶望も見えなかった。八歳も若返った彼女は綺麗な顔立ちには、明るくて可愛らしい笑顔が浮かんで、知也という男と電話で喋り続けた。「商売には興味ないから、親の会社を受け継ぎたくないの。防衛大学に入って、軍事技術で活躍したいんだけど、防衛大学は他の大学より、ちょっと大変で、忙しくて、そんな表に出せるほどの専攻もないの。知也が嫌なら、無理しなくてもいいわよ。幼馴染だから婚約だなんて、お互いの親の冗談に過ぎないから、そんなに真に受けないで。どんな道を選んでも、応援してあげるから。
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第15話

この少年は、整った顔立ちで、若い頃の自分に負けないくらいの美男子だった。その上、陽気な少年だった。その自信の溢れた表情は、両親健在で、両親に愛されてきたからこそある表情だった。そのような顔を見たのは、乃安の夢の中くらいだった。それと、ある日瑞雪の見入った配信でちらっと見たくらい。あの日、彼はやきもちを焼いて仕方がなくて、ご飯も喉を通らなかったほどだった。そんな彼を見て、彼女はこう慰めた。「乃安、そんなに怒らないで。ただ、もし高一の時、私が転校しなかったら、お義父さんとお義母さんがあんなことになった時にも、ずっとそばにいてあげられて、あなたもこんなふうに笑えるのかな、いつまでも楽しく生きていられるのかなって」と。あの時の彼はチョロかった。簡単な一言で、すぐに機嫌が直った。しかし、一番つらい時期でさえ、喜んで自分のそばにいてくれたくらい、こんなにも自分のことを愛していた女も、自分を欺いて裏切るとは。もしかしたら、最初から全部嘘だったりして?それとも彼女にとって、この知也という男こそが先で、商売ではなく、軍事技術で活躍することこそが、彼女の望む生活で、自分はただ、仕方がなく選んだ者だったりして?まるで真冬に冷や水をかけられたように、乃安は寒気が全身に走って、震えが止まらなかった。十九歳から事業のために駆け回っていたから、乃安はラノベを読んだこともなければ、最後までドラマを見終わったこともなかったが、ここ数年、「転生」というテーマがあまりにも人気で、色々な原因による転生の話は、耳にしたことがあった。心にとある推測が浮かんだが、彼は躊躇った。自分があんなに瑞雪のことを愛してきたのに、彼女が現れたことはただの運命的な偶然だったなんて、信じるわけがなかった。心が悔しさに満たされ、彼は瞬くことすら惜しんでいた。強風に吹かれ、雨に打たれ、彼はぶるぶる震えながら、肉体がないことのメリットを頼りに、拗ねるように二人の間を歩いていた。そして、二人と一緒にデパートに入り、外に繋がるカフェで座った。「ミルクティーを持ってカフェに入って、いいのかな?」瑞雪は申し訳無さそうに笑った。「別にいいんじゃないか?」高瀬知也(たかせ ともや)は考えもせずに、ストローを刺してあげて、店員を呼んで、デザートをたくさん注文してあげた。ティラミス
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第16話

「私が転生した時、元主はもう二回生き返ったらしい。初めて生き返った時は、前世の繰り返しだった。またあのサブヴィランが救えず、結局負のループに入ってしまった。再び生き返った時、彼女は前のループからの経験でサブヴィランをリスクから助けて、事業も順調に起こせたけど、結局夫婦関係ではバッドエンド。そこで彼女は自分の命を引き換えに、私を連れて行ったの。自分で言うのもあれだけど、私、名門令嬢だし、顔も悪くないし、頭もいいし、やり直せるなら、何年間苦労しても全然大したことじゃないって思ったけど、まさか、私まで失敗だったなんて。ヴィランは所詮ただのヴィラン。あいつは生まれつきのクズ男で、事業に成功できても、人格の悪さはいつまで経っても変わらない。男女関係とか、品性とか。元々、会社が上場するまで助けてあげて、主人公を相手にできる実力を身につけさせた時点で、私はもう勝ったの。ワープ用の風鈴を鳴らせば、私は帰れる。でも私は自意識過剰だった。あんなに頑張って、長年そばにいてあげてきたもん。彼もきっと私を幸せにしてくれるでしょうって、勝手にそう思い込んでた。だけど、結局、幸せな日々は三年しか続かなかった。あいつは私を裏切って、囲い者と子供ができたの。だから私は逃げてきた。あいつを後悔させてから、一番惨めな形であいつのそばから逃げてきた。時空を超えて元の家に、両親とあなたのもとに帰ってきたの。知ってるわよ。この体は相変わらず十八歳の少女だけど、本当はもう本の世界で十年かけて、他の男に全ての気力を尽くしてきたから、こんな私が婚約者で、あなたも嫌がるでしょ。だから知也の気持ちを尊重したいの。知也が少しでも嫌だと感じたら、すぐに私の名義で、私達の親に婚約破棄を申し立てるわ」瑞雪はきっと知也にいくつか質問されると思った。例えば本の世界でどのような生活をしてきたか、何をしていたか、あのサブヴィランはどんな人だったのか、二人の間に何があったのか。しかしまさか、彼まで目が赤に染まって、ただ両手で彼女の顔を持ち上げ、むせび泣きながら、心苦しそうな声で言った。「帰ってからすぐに志望校も専攻も変えたのは、あっちの世界のほうが科学技術が発達してたからなんだな?わかるよ、瑞雪。瑞雪はまだ昔のような素直で、品性のいい瑞雪なら、いつまで経っても俺の大切な幼馴染だよ。このことは変わら
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第17話

土谷グループの人はすぐに来た。土谷峯東(つちやみねと)が自ら人を連れて来た。峯東と乃安は生まれる前からライバルだった。彼らの親の代も、祖父の代も、ずっと海市の商業界の頂点で競い合ってきたからだ。もし乃安の両親は健在で、父は投資の失敗で取り返しのつかない損失をした故、ビルから飛び降りなかったら、母は自分の両親が手を差し伸べてくれなかった故、心臓発作で絶望の中で亡くならなかったら、今の篠崎グループは乃安の手段を選ばない営業方針で、とっくに海市から飛び出して、全国へ、いや、全世界へ進出したかもしれない。今のように、十年かけてやっとまた土谷グループと対等になれたのではなく。篠崎グループがあまりにも上手く発展しすぎて、神様にハンデをつけられたのだろうか?バランスを保つために、何をしても土谷グループが超えられず、結局土谷グループに合併される宿命にされたのだろうか?乃安は「宿命」など一度も信じることはなかった。しかしこの瞬間、彼は「サブヴィラン」という言葉の意味を理解したようだった。峯東がこの世界の主人公かどうかは知らないが、ドラマでは、自分は間違いなく、そういういくらあがいても現状から抜け出せなくて、いくら輝かしい過去があっても挙げ句何もかも失ってしまうような敵役だ。手にある書類の上に書かれている署名に目が行って、署名日は12月15日。つまりこれは瑞雪が亡くなる十日前に署名した株式譲渡契約書だった。乃安はため息まじりに言った。「瑞雪本人が署名した契約書なら、譲渡してもいい。弁護士に我がグループの本社に譲渡の手続きをしに行ってもらってもいい。ただ、土谷、先に一つ質問していいか?」峯東は困惑した顔で見上げた。「なんだ?」乃安は峯東に来る前に着替えたばかりのスーツを正してあげて、目を細めた。「主人公。君がこの世界の主人公だろう?じゃ瑞雪はどこにいるか知ってるか?どうやってすぐに瑞雪に会えるんだ?」「本当に気が狂ったのか?」峯東は嫌そうに眉を顰めた。「奥さんの堀内さんは、お前の不倫のせいで自殺したんじゃないのか?亡くなる時点で、お前はまだ不倫相手を抱いていただろ。今更良い夫の面をして、ふざけるな!これで俺が篠崎グループを合併させる計画を諦めると思うなよ。正直に言うよ、篠崎乃安。堀内さん以外、篠崎グループの多くの元株主の方々
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第18話

八年後、瑞雪は優れた成績で、早めに防衛大学の軍事知能学の博士課程を修了し、卒業した。卒業式の日に、すでに大手グローバル企業、盛代グループの会長になった知也は指輪を抱え、花束を手に持ち、大学院の正門まで彼女を迎えに来た。「瑞雪、小さい頃から君と共に背が伸びて、この世界よりも早く君と知り合ったことが、俺の畢生の幸せで、畢生の誇りだ。今、俺はもう盛代グループの会長。この一生を君に捧げて、君の夢と理想を応援していきたいんだ。瑞雪、このチャンスをくれないか?俺の妻として、俺と一蓮托生で、共白髪になるまで一緒に歩んでくれないか?」帝都の六月、頬を燃やしそうな日が頭上から差してきた。眩しい日差しが知也の顔を照らした同時に、瑞雪の目を眩ませた。瑞雪はチカチカする目を細めた。前回プロポーズされて、「一生」と約束された時の自分は、どんな心境だったっけ。でも、何にせよ、何も無い少年を支え続ける気持ちと、元から優秀な少年と共に成長し、お互いのことを誇り合う気持ちは、きっと全然違うものだろう。瑞雪は口元を上げて、微笑んだ。「はい」喜びのあまり、知也は涙がこぼれた。彼は腕から指輪を取り出し、愛でいっぱいな目で、彼女の中指にはめた。瑞雪は目を落として、その中指で輝いているピンクのダイヤの指輪を目にした。あれは知也が自らダイヤモンドの原産地から選んできて、自らデザインしてくれたものだった。細かく刻まれて、綺麗で、眩しかった。まさに二人の絡まり合う人生のようだった。「ありがとう、知也。こんなに愛してくれて」優しくて甘い笑顔を見せ、瑞雪は力を抜いた。彼も子供を抱き上げるように、彼女を横抱きにした。長らく抱き続け、彼女の額にキスマークを残した後、知也は彼女を降ろし、その手を引いて車に乗せた。大学院正門の前でのプロポーズは、ただ彼の計画の一環に過ぎなかった。これから二人でしなければいけないことがまだたくさん残っていた。例えば、お互いにあーんをしながら昼ご飯を済ませるとか、結婚式に必要なものを選ぶとか、両家の夜の食事会で、きちんとスケジュールを組むとか。「さ、君の大好きなさつまいもミルクティーだよ。先に飲んでて。飲み干したらレストランに着くはずだ」瑞雪は含み笑いしながらミルクティーを受け取り、ストローを刺そうとしたところで、突然、額から何か
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第19話

八年前より、ゆきひ……いや、乃安はかなり大人しくなり、落ち着くようになった。昔の彼なら、半分まで聞かずに、もう嫉妬で暴れ出したのだろう。しかし、今日の彼は静かに黙って、じっくり話を最後まで聞いてから、口を開いた。「でもまだ挙げてないだろ?だったら何か違うの?」瑞雪は乃安に指を差して、そして隣の知也に目が行った。「八年過ぎて、あなたがいくらスキンケアを心がけても、もう三十七歳になって、アラフォーなのは事実でしょ。けど私は、今年二十六歳、博士課程を修了したばっかりで、まだ若々しい青年なのよ。幼馴染で、グローバルグループの会長の婚約者を捨ててまで、訳もなく現れて、訳もわからないことをばっかり言ってるあなたなんかにする理屈、ある?」八年も過ぎて、彼は年を取ったが、彼女は若返った。二十六歳の彼女は、周りの皆が羨むすべてを持っていた。若さも、美貌も、才能も、お金も。しかし彼は、この世界に来たばかりで、何もなかった。一番基本的な身分証明も持っていなかった。確かに、まったく比べ物にもなれなかった。しかし乃安は尚譲る気はなかった。「だから何だ?愛してるんだ。瑞雪もきっと俺のことを愛してるだろ?そうでないと、家に帰るチャンスまで捨てて、順調に俺を助けられたのに、自分の意思でそばにいてくれなかっただろ?ただ、俺達がちゃんと話し合ってなかっただけだ。君が知っていてもずっと俺に黙ってたし、俺達もちゃんとお互いに心を打ち上げたことがなかったから、俺の気持ちを知らなかっただろ?君が俺にとってどれほど大事か知らなかったんだろ?な?」よくも言えるね。瑞雪はただ滑稽に思った。他の女と浮気して、子供もできて、裏切ったことは事実だ。話し合う必要はある?その「大事」というのは、自分の知らないところで遊び尽くして、バレてからまた綺麗事で許しを請うことなの?長年共に歩んできたし、もし本当に心が移ったら、「他の女のことを愛してしまった。子供もできたんだ」とはっきり言えば良かったのに。そしたら、平和的に別れることができたというのに。彼女は桃色の唇を広げ、冷笑を浮かべた。「一体何がしたいの?」「君とやり直したいんだ」乃安は手を伸ばし、その手のひらには、同じくらい綺麗で、同じくらい眩しいダイヤの指輪が置かれていた。「君は俺の妻だ。俺達も
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第20話

乃安は俯いて、自分の左手の手首を見つめた。手首が、通路を潜ってきた時の白い光とまったく同じような光に包まれていた。通路に入る前に、このプロジェクトを担当する博士は最後にもう一度真剣に注意を繰り返した。「時空を超える技術はまだ不完全で、今の段階では一方通行の通路しかなくて、帰り道は……まだ開発中です」と。もし瑞雪からの許しを得られなかったら、瑞雪に振り返らせて、彼女のそばにいることができなかったら、彼は……恐らくあの時の彼女みたいに、命を絶つしかなかった。自分の犯した罪が、八年も経て、やがて自分の首を絞めた。今の心境を上手く言語化できずに、別荘からショッピングモールまで、乃安は機械的に彼らについていくことしかできなかった。まずは食事で、それからのんびりショッピングして、洋服、靴、カバンや化粧品などを選んでいた。必要なものがだいぶ揃ってから、二人は時間通りに両家食事会の待ち合わせのホテルへ向かった。バレないように、乃安は近すぎないところから、身だしなみの整った瑞雪が知也と一緒に、個室の前で待っている老夫婦へ歩いていく光景を目にした。二人のうちの紳士的なスーツを着ている男性は、目鼻立ちが瑞雪とどこか似ているような感じがした。雅やかなチャイナドレスを纏っている女性は、笑顔から瑞雪の顔が浮かんできた。あの二人が瑞雪の両親だったのか。十一年前、瑞雪と結婚する前から会うべきだったのに、ずっと会えなかったお義父さん、お義母さんだったのか。なぜか、乃安はふと昔、瑞雪にプロポーズしたばかりで、結婚式の準備でバタバタしていた頃のことを思い出した。あの頃、会社はすでに上場し、獅子奮迅の勢いで海市を揺さぶった。彼は両親はおらず、彼女も自分の両親とあまり親しくはなかったから、稼いできたお金は全部二人だけのものだった。故に、彼も当たり前のように彼女のために大金を使って、世界で一番綺麗な花嫁にしようとしていた。ウェディングドレスや結婚指輪から、結婚式の会場やゲストの招待まで、彼はできる限り、最高な結婚式にしてあげたつもりだった。彼女もきっと彼と同じく、喜ぶと思い込んでいた。しかし実際のところ、静まり返っていた夜に、彼は一回彼女の涙を目にした。「どうした?」と聞いても、彼女は詳しく言わずに、ただ「両親に会いたい」と答えた。当時の自分はわ
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