十年間、堀内瑞雪(ほりうち みゆき)はずっと文句を言わずに篠崎乃安(しのざき のあ)のそばにいてあげてきた。 何もない退学寸前の大学一年生から、誰もが羨む篠崎グループの会長に、乃安が妻への深い愛情は、海市では周知のことだった。瑞雪自身も、そう思っていた。 しかし結婚して三年後、乃安は自分の囲い者と、二人の一歳になった子供を連れてきた。 帰るチャンスも捨て、自分の愛を全て捧げた報いは、裏切りだった。それなら、瑞雪は徹底的に、自分の愛を取り戻すしかなかった。 小川心晴(おがわ こはる)はただの遊び相手で、子供はただの意外で、いつまでも瑞雪だけが本命だと、乃安はずっとそう思っていたが、自分の命の一部だった彼女が行方不明になって、彼は気づいたのだ。この二年以上の裏切りで、とっくに自分は完敗したと。
view more二ヶ月ぶりに、瑞雪はやっとまた自分の名前を口にした。忘れられたのはただの勘違いで、実は全然忘れてはいなかったのか。今は喜ぶべきか、悲しむべきか、乃安は依然としてわからなかった。彼女は自分の存在を知っているのに、一度も会いに来ようともしなかったから。一度も。一瞬動揺した感情は、すぐに乃安に抑えられた。今日は瑞雪にとって、人生で一番大事な日なんだから、自分も笑顔で彼女の結婚式に参加しないと。もう悲しんだり苦しんだりしてはいけない。悔いを残し、狼狽えた姿で別れを告げたくないから。時間がチクタクチクタクと流れていった。ついに、童話から出てきたような美しい花嫁は、かっこよくて、背の高い花婿に横抱きにされ、屋敷から出てきた。綺麗だな。十一年前のあの結婚式よりも、ずっと。乃安はゲストに交じって、見入ってしまった。彼女がブライダルカーに乗っても、彼は迷いもせず、結婚式が挙げられるホテルまで、ずっとついていった。彼女は甘い笑顔をして、知也と流れ通りに結婚式を進めていた。朝に自分の名前を口にしたばかりなのに、すぐに忘れ去って、まるで自分が来ても来なくても、彼女に大した影響はないかのように。例え自分が目の前に現れても、彼女はすでに対策を考えたのであろう。そう思うと、乃安はまた息苦しくなった。自分が彼女の中で、一体何なんだ?徹底的に無視されて、憎しみすら感じられなかったのか?心が耐えられないほど痛かった。乃安は行き先もわからず、ここで二ヶ月彷徨っていた挙げ句、もはや生きる意味すら失ってしまった。これ以上ここにいると、狂い出しそうな気がして、彼は用意しておいた手紙を見覚えのあるブライズメイドに渡して、瑞雪に渡すよう頼んでから、結婚式の現場を後にした。手紙が瑞雪の手に届いたのは、一連の流れが終わって、ゲストと食事を楽しんでいる途中だった。「瑞雪、友達が渡すものよ」瑞雪は手紙を受け取り、目を落とした。封筒に書いてある筆跡を見た瞬間、彼女は瞳を凝らした。篠崎の筆跡だ。まだいたのか。十年間一緒に過ごしてきて、「篠崎乃安」という男は、とっくに瑞雪の体内に流れる血の一部となった。彼女がわざと避けて、わざと無視したら、完全に忘れられるような存在ではなかった。眉を軽く顰め、彼女は封筒を開けて、中に入っている二枚の紙を取り出した。
乃安は俯いて、自分の左手の手首を見つめた。手首が、通路を潜ってきた時の白い光とまったく同じような光に包まれていた。通路に入る前に、このプロジェクトを担当する博士は最後にもう一度真剣に注意を繰り返した。「時空を超える技術はまだ不完全で、今の段階では一方通行の通路しかなくて、帰り道は……まだ開発中です」と。もし瑞雪からの許しを得られなかったら、瑞雪に振り返らせて、彼女のそばにいることができなかったら、彼は……恐らくあの時の彼女みたいに、命を絶つしかなかった。自分の犯した罪が、八年も経て、やがて自分の首を絞めた。今の心境を上手く言語化できずに、別荘からショッピングモールまで、乃安は機械的に彼らについていくことしかできなかった。まずは食事で、それからのんびりショッピングして、洋服、靴、カバンや化粧品などを選んでいた。必要なものがだいぶ揃ってから、二人は時間通りに両家食事会の待ち合わせのホテルへ向かった。バレないように、乃安は近すぎないところから、身だしなみの整った瑞雪が知也と一緒に、個室の前で待っている老夫婦へ歩いていく光景を目にした。二人のうちの紳士的なスーツを着ている男性は、目鼻立ちが瑞雪とどこか似ているような感じがした。雅やかなチャイナドレスを纏っている女性は、笑顔から瑞雪の顔が浮かんできた。あの二人が瑞雪の両親だったのか。十一年前、瑞雪と結婚する前から会うべきだったのに、ずっと会えなかったお義父さん、お義母さんだったのか。なぜか、乃安はふと昔、瑞雪にプロポーズしたばかりで、結婚式の準備でバタバタしていた頃のことを思い出した。あの頃、会社はすでに上場し、獅子奮迅の勢いで海市を揺さぶった。彼は両親はおらず、彼女も自分の両親とあまり親しくはなかったから、稼いできたお金は全部二人だけのものだった。故に、彼も当たり前のように彼女のために大金を使って、世界で一番綺麗な花嫁にしようとしていた。ウェディングドレスや結婚指輪から、結婚式の会場やゲストの招待まで、彼はできる限り、最高な結婚式にしてあげたつもりだった。彼女もきっと彼と同じく、喜ぶと思い込んでいた。しかし実際のところ、静まり返っていた夜に、彼は一回彼女の涙を目にした。「どうした?」と聞いても、彼女は詳しく言わずに、ただ「両親に会いたい」と答えた。当時の自分はわ
八年前より、ゆきひ……いや、乃安はかなり大人しくなり、落ち着くようになった。昔の彼なら、半分まで聞かずに、もう嫉妬で暴れ出したのだろう。しかし、今日の彼は静かに黙って、じっくり話を最後まで聞いてから、口を開いた。「でもまだ挙げてないだろ?だったら何か違うの?」瑞雪は乃安に指を差して、そして隣の知也に目が行った。「八年過ぎて、あなたがいくらスキンケアを心がけても、もう三十七歳になって、アラフォーなのは事実でしょ。けど私は、今年二十六歳、博士課程を修了したばっかりで、まだ若々しい青年なのよ。幼馴染で、グローバルグループの会長の婚約者を捨ててまで、訳もなく現れて、訳もわからないことをばっかり言ってるあなたなんかにする理屈、ある?」八年も過ぎて、彼は年を取ったが、彼女は若返った。二十六歳の彼女は、周りの皆が羨むすべてを持っていた。若さも、美貌も、才能も、お金も。しかし彼は、この世界に来たばかりで、何もなかった。一番基本的な身分証明も持っていなかった。確かに、まったく比べ物にもなれなかった。しかし乃安は尚譲る気はなかった。「だから何だ?愛してるんだ。瑞雪もきっと俺のことを愛してるだろ?そうでないと、家に帰るチャンスまで捨てて、順調に俺を助けられたのに、自分の意思でそばにいてくれなかっただろ?ただ、俺達がちゃんと話し合ってなかっただけだ。君が知っていてもずっと俺に黙ってたし、俺達もちゃんとお互いに心を打ち上げたことがなかったから、俺の気持ちを知らなかっただろ?君が俺にとってどれほど大事か知らなかったんだろ?な?」よくも言えるね。瑞雪はただ滑稽に思った。他の女と浮気して、子供もできて、裏切ったことは事実だ。話し合う必要はある?その「大事」というのは、自分の知らないところで遊び尽くして、バレてからまた綺麗事で許しを請うことなの?長年共に歩んできたし、もし本当に心が移ったら、「他の女のことを愛してしまった。子供もできたんだ」とはっきり言えば良かったのに。そしたら、平和的に別れることができたというのに。彼女は桃色の唇を広げ、冷笑を浮かべた。「一体何がしたいの?」「君とやり直したいんだ」乃安は手を伸ばし、その手のひらには、同じくらい綺麗で、同じくらい眩しいダイヤの指輪が置かれていた。「君は俺の妻だ。俺達も
八年後、瑞雪は優れた成績で、早めに防衛大学の軍事知能学の博士課程を修了し、卒業した。卒業式の日に、すでに大手グローバル企業、盛代グループの会長になった知也は指輪を抱え、花束を手に持ち、大学院の正門まで彼女を迎えに来た。「瑞雪、小さい頃から君と共に背が伸びて、この世界よりも早く君と知り合ったことが、俺の畢生の幸せで、畢生の誇りだ。今、俺はもう盛代グループの会長。この一生を君に捧げて、君の夢と理想を応援していきたいんだ。瑞雪、このチャンスをくれないか?俺の妻として、俺と一蓮托生で、共白髪になるまで一緒に歩んでくれないか?」帝都の六月、頬を燃やしそうな日が頭上から差してきた。眩しい日差しが知也の顔を照らした同時に、瑞雪の目を眩ませた。瑞雪はチカチカする目を細めた。前回プロポーズされて、「一生」と約束された時の自分は、どんな心境だったっけ。でも、何にせよ、何も無い少年を支え続ける気持ちと、元から優秀な少年と共に成長し、お互いのことを誇り合う気持ちは、きっと全然違うものだろう。瑞雪は口元を上げて、微笑んだ。「はい」喜びのあまり、知也は涙がこぼれた。彼は腕から指輪を取り出し、愛でいっぱいな目で、彼女の中指にはめた。瑞雪は目を落として、その中指で輝いているピンクのダイヤの指輪を目にした。あれは知也が自らダイヤモンドの原産地から選んできて、自らデザインしてくれたものだった。細かく刻まれて、綺麗で、眩しかった。まさに二人の絡まり合う人生のようだった。「ありがとう、知也。こんなに愛してくれて」優しくて甘い笑顔を見せ、瑞雪は力を抜いた。彼も子供を抱き上げるように、彼女を横抱きにした。長らく抱き続け、彼女の額にキスマークを残した後、知也は彼女を降ろし、その手を引いて車に乗せた。大学院正門の前でのプロポーズは、ただ彼の計画の一環に過ぎなかった。これから二人でしなければいけないことがまだたくさん残っていた。例えば、お互いにあーんをしながら昼ご飯を済ませるとか、結婚式に必要なものを選ぶとか、両家の夜の食事会で、きちんとスケジュールを組むとか。「さ、君の大好きなさつまいもミルクティーだよ。先に飲んでて。飲み干したらレストランに着くはずだ」瑞雪は含み笑いしながらミルクティーを受け取り、ストローを刺そうとしたところで、突然、額から何か
土谷グループの人はすぐに来た。土谷峯東(つちやみねと)が自ら人を連れて来た。峯東と乃安は生まれる前からライバルだった。彼らの親の代も、祖父の代も、ずっと海市の商業界の頂点で競い合ってきたからだ。もし乃安の両親は健在で、父は投資の失敗で取り返しのつかない損失をした故、ビルから飛び降りなかったら、母は自分の両親が手を差し伸べてくれなかった故、心臓発作で絶望の中で亡くならなかったら、今の篠崎グループは乃安の手段を選ばない営業方針で、とっくに海市から飛び出して、全国へ、いや、全世界へ進出したかもしれない。今のように、十年かけてやっとまた土谷グループと対等になれたのではなく。篠崎グループがあまりにも上手く発展しすぎて、神様にハンデをつけられたのだろうか?バランスを保つために、何をしても土谷グループが超えられず、結局土谷グループに合併される宿命にされたのだろうか?乃安は「宿命」など一度も信じることはなかった。しかしこの瞬間、彼は「サブヴィラン」という言葉の意味を理解したようだった。峯東がこの世界の主人公かどうかは知らないが、ドラマでは、自分は間違いなく、そういういくらあがいても現状から抜け出せなくて、いくら輝かしい過去があっても挙げ句何もかも失ってしまうような敵役だ。手にある書類の上に書かれている署名に目が行って、署名日は12月15日。つまりこれは瑞雪が亡くなる十日前に署名した株式譲渡契約書だった。乃安はため息まじりに言った。「瑞雪本人が署名した契約書なら、譲渡してもいい。弁護士に我がグループの本社に譲渡の手続きをしに行ってもらってもいい。ただ、土谷、先に一つ質問していいか?」峯東は困惑した顔で見上げた。「なんだ?」乃安は峯東に来る前に着替えたばかりのスーツを正してあげて、目を細めた。「主人公。君がこの世界の主人公だろう?じゃ瑞雪はどこにいるか知ってるか?どうやってすぐに瑞雪に会えるんだ?」「本当に気が狂ったのか?」峯東は嫌そうに眉を顰めた。「奥さんの堀内さんは、お前の不倫のせいで自殺したんじゃないのか?亡くなる時点で、お前はまだ不倫相手を抱いていただろ。今更良い夫の面をして、ふざけるな!これで俺が篠崎グループを合併させる計画を諦めると思うなよ。正直に言うよ、篠崎乃安。堀内さん以外、篠崎グループの多くの元株主の方々
「私が転生した時、元主はもう二回生き返ったらしい。初めて生き返った時は、前世の繰り返しだった。またあのサブヴィランが救えず、結局負のループに入ってしまった。再び生き返った時、彼女は前のループからの経験でサブヴィランをリスクから助けて、事業も順調に起こせたけど、結局夫婦関係ではバッドエンド。そこで彼女は自分の命を引き換えに、私を連れて行ったの。自分で言うのもあれだけど、私、名門令嬢だし、顔も悪くないし、頭もいいし、やり直せるなら、何年間苦労しても全然大したことじゃないって思ったけど、まさか、私まで失敗だったなんて。ヴィランは所詮ただのヴィラン。あいつは生まれつきのクズ男で、事業に成功できても、人格の悪さはいつまで経っても変わらない。男女関係とか、品性とか。元々、会社が上場するまで助けてあげて、主人公を相手にできる実力を身につけさせた時点で、私はもう勝ったの。ワープ用の風鈴を鳴らせば、私は帰れる。でも私は自意識過剰だった。あんなに頑張って、長年そばにいてあげてきたもん。彼もきっと私を幸せにしてくれるでしょうって、勝手にそう思い込んでた。だけど、結局、幸せな日々は三年しか続かなかった。あいつは私を裏切って、囲い者と子供ができたの。だから私は逃げてきた。あいつを後悔させてから、一番惨めな形であいつのそばから逃げてきた。時空を超えて元の家に、両親とあなたのもとに帰ってきたの。知ってるわよ。この体は相変わらず十八歳の少女だけど、本当はもう本の世界で十年かけて、他の男に全ての気力を尽くしてきたから、こんな私が婚約者で、あなたも嫌がるでしょ。だから知也の気持ちを尊重したいの。知也が少しでも嫌だと感じたら、すぐに私の名義で、私達の親に婚約破棄を申し立てるわ」瑞雪はきっと知也にいくつか質問されると思った。例えば本の世界でどのような生活をしてきたか、何をしていたか、あのサブヴィランはどんな人だったのか、二人の間に何があったのか。しかしまさか、彼まで目が赤に染まって、ただ両手で彼女の顔を持ち上げ、むせび泣きながら、心苦しそうな声で言った。「帰ってからすぐに志望校も専攻も変えたのは、あっちの世界のほうが科学技術が発達してたからなんだな?わかるよ、瑞雪。瑞雪はまだ昔のような素直で、品性のいい瑞雪なら、いつまで経っても俺の大切な幼馴染だよ。このことは変わら
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