All Chapters of 奈落の真紅はいつか散る: Chapter 21 - Chapter 24

24 Chapters

第21話

知世は、鏡の前に立ってふんわりとした真っ白なウェディングドレスをまとう自分を見つめ、ふと胸の奥に苦いものが込み上げてきた。ウェディングドレス姿の自分を、そして結婚式の光景を、彼女は何度も夢見てきた。数えきれないほどの空想を巡らせてきた。けれど、今、いざその姿を目の当たりにすると、隣に立つべきだったのは、かつて思い描いたあの人ではなかった。過ぎ去った日々を思い返すと、知世にはまるで他人事のような、それでいて深く共感してしまった一本の映画を見終わった後のような、現実味のない感覚がただよった。今、彼女は新しい人生を選んだ。空想の世界から抜け出し、新たな一歩を踏み出そうとしている。そしてこれからずっと、彼女のそばにいてくれるのは、界人だけになるのだ。かつて優太に心をズタズタにされ、これ以上の絶望はないと思った。しかし、いざ本当の結婚を目の前にして、これからのことが少し見えなくなっていた。界人との結婚を後悔するだろうか?この政略結婚、いわば契約とも言える結婚生活は、いったいどれほど続くのだろうか。だが、この短い一ヶ月間、界人と過ごしてきて、彼にはこれといった欠点が見当たらなかった。「二宮様、ご不満な点はございますか?もしお気に召さなければ、他にもご用意がございますので……」試着室のドアをノックする音と、スタッフの呼びかけで知世は我に返った。「ありません」そう答えると、知世はドレスの裾を軽く持ち上げて外へ出た。その物音に界人が振り返り、一瞬、目を見開いた。その瞳にかすかな驚嘆の色が走ったのを、知世は見逃さなかった。界人は近づくと、温もりのあるストールを彼女の肩に優しくかけた。それから、ベールを整える。「暖かくして。特にあなたの腕、気をつけたほうがいい。式場の冷房が効きすぎて、案外寒いかもしれないから」知世は少し驚いた。自分が腕のことを話した覚えはなかった。どうして知っているのだろう?彼女の目に浮かんだ疑問を見て取った界人が説明を加えた。「少し涼しくなったり、曇ったりすると、あなた、無意識に腕をさするんだ。気になってね……さて、時間だ。俺、先に向かうから、ゆっくり来てくれていいよ」「うん、わかった」……優太が屋敷を訪れた時、中にはごくわずかな人しかいなかった。応対に出た執事は、優太が名乗るとその身元を
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第22話

この小さな騒ぎは、それ以上大きな注目を集めることはなかった。優太が抑え込まれた後、結婚式は相変わらず滞りなく進行した。式が無事に終わり、知世は控え室で暖かい軽装に着替えると、界人の手をしっかり握り返し、二人の新居へと向かおうとした。手のひらから伝わる温もりが、知世に格別の安堵感を与えた。新婚の二人は出口の人混みを見て、目を合わせるなり、人の少ない裏口から出ることにした。裏口のドアを開けた瞬間、知世の目に、ボロボロに打たれた優太の姿が飛び込んできた。界人が何の表情も見せないのを一瞥し、知世はなぜ彼がわざわざ警備員に「誰か騒ぎに来たらまずは追い出せ。もし応じなければ、動けなくなるまで叩け。治療費は俺が払う」と指示したのか、その理由を悟った。優太が顔を上げて知世を見つけると、口元の血も拭う間もなく、まっすぐに駆け寄ってきた。しかし、彼女に近づく前に、長身の影に遮られた。優太はもはや冷静ではいられなかった。目を充血させ、自分を阻む界人を憎悪の眼差しで睨みつける。「邪魔するな。俺が話したいのは知世だ。これ以上邪魔したら、手を出すぞ」界人はただ冷ややかに彼を見下ろし、軽く笑った。「妻が誰に会うかを止める権利は俺にはないが、目に異常がなければ、彼女がお前に構う気がないのはわかるだろう?」界人が「妻」という言葉を強く噛みしめて挑発するのを聞き、優太は我慢の限界に達した。界人の襟首を掴み、殴りかかろうとする。界人はかわすと、優太の後ろ襟を掴んで地面に叩きつけ、背中に足を乗せた。「この前は手加減した。それはお前が俺の妻の兄だったからだ。だが、今回は容赦しない」「てめえ……!」優太が再び立ち上がろうとしたが、肋骨の痛みに思わず息を呑み、起き上がることもできなかった。知世がそっと界人の手を引いた。声には諦めにも似た響きが混じっていた。「界人、先に車で待っててくれる?ここは私が片付けるから」二人きりにさせるのは本意ではなかったが、界人は知世の髪を撫でながらうなずいた。立ち去る際にも言い添える。「上着、ちゃんと着てな。風邪ひくな。何かあったら大声で呼べ。遠くにはいないから」知世は素直にうなずき、大丈夫だよ、と安心させる笑顔を見せた。彼の姿が遠ざかるのを確認してから、ようやく知世は壁にすがりながらゆっくり
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第23話

その一発の平手打ちに、優太はただ呆然と立ちすくんだ。かつて、自分が他人に陰口を叩かれているのを見かけると、真っ先に言い返してくれたあの子が、今では知り合って数ヶ月にも満たない男のために、自分に手を上げるとは。喉の奥に何かが詰まったようで、優太は一言も発せなかった。言葉を失った優太とは対照的に、知世には言いたいことが山ほどあった。彼女が優太を全身全霊で愛していた頃、その気持ちは何よりの誇りだった。身分や世間の噂など、ものともせずに。けれど、優太が「身分の釣り合う女性がいい」と言い放ったあの日から、彼女は悲しみながらも自分がふさわしくないと悟り、身を引こうと決めた。今、彼女がその決意を果たしたのに、優太はなおも追い詰めてくる。結婚式を終えるのは疲れた。早く界人と家に帰ってゆっくり休みたかった。でも、優太がそれを許さない。ならばと、知世は心の奥底に押し込めていた苦しみを、一気に吐き出した。「優太、私が昔、あなたを愛してたのは本当よ。でも、『お前は俺にふさわしくない』って言ったのはあなた。『身分の釣り合う娘を嫁に迎える』って言ったのもあなた。それが本心だったか、冗談だったか、今となってはどうでもいいし、追求する気もない。その後だって、何度も『もうやめて』って言ったよね?あなた、私の言葉を少しでも真剣に受け止めてくれた?あの時、ちゃんと話し合ってくれていたら、こんな醜い別れ方にはならなかったかもしれないのに。長い間一緒にいたのに、他の女の人の嘘の告げ口を、あなたは何の確かめもなく全部私のせいにするんだから。私を愛してる?私がいなきゃダメだ?あなたの愛ってやつは、私を騙しながら、他の人との結婚を弄ぶこと?そんな愛に、ほんの少しでも誠実な気持ちなんてあったの?私があなたを捨てたんじゃない。あなた自身が、この関係を台無しにしたのよ」知世の言葉のひとつひとつに、優太の顔から血の気が引いていった。自分が彼女の中で、ここまで嫌われる存在になっていたとは思ってもみなかった。彼は近づいて、彼女の腕を掴もうとした。違うんだ、彼女への愛は本物だ、偽りなんて一切なかったんだと伝えたかった。「知世、本当に愛してるんだ……安藤真希とは、もう二度と何も……」しかし、知世は優太の動きを見て、無言で一歩後ずさった。彼の言葉を聞くにつれ、彼女の目に映る嫌悪感はま
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第24話

優太は、その日のうちに帰国した。父から送られてきた病院の住所を頼りに、そこへと向かった。病室の中では、真希は既に目を覚ましていた。優太が想像していたような大勢の見舞い客はおらず、一人の介護士が傍らで彼女の体を拭いているだけだった。近づいて初めて、優太は真希の様子をはっきりと見た。彼女の腕と足は拘束帯で縛られ、彼女の瞳は呆然と窓の外の木の葉を見つめていた。彼女の手首にある赤い痕を見て、優太は眉をひそめ、介護士に尋ねた。「なぜ、こんな状態なのに拘束を解かないんだ?」「安藤様がお子様を亡くされたと知って以来、精神状態が不安定で……ご自身を傷つけようとされるんです。それに、ぬいぐるみを抱いて『赤ちゃん』と呼び続けることも……ごくたまに意識がはっきりした状態になる時だけです。ご自身を傷つけないよう、拘束が必要なんです」その時、真希の顔が突然、優太の方を向いた。その眼差しには激しい憎しみが宿り、縛られた体をひねり上げようともがいた。だが、拘束帯がそれを許さない。介護士は慌てて駆け寄り、彼女を押さえつけながら医師を呼んだ。「申し訳ございません!今日はお引き取りください!安藤様、今、大変にご興奮されています。鎮静剤が必要です!」医師はすぐに到着した。同時に入ってきたのは、滅多に姿を見せない真希の両親だった。彼らは駆けつけたばかりらしく、お姫様のように育ててきた娘がこの有様なのを見て、その場で倒れそうになった。真希の父親は、元凶である優太が呆然と立ち尽くしているのを見るなり、拳を振りかざして何度も殴りつけた。「娘をあんたに預けたのに、これがあんたの答えか!?」優太は特に抵抗もせず、ただ呆然と眼前の光景を見つめていた。真希を狂わせようなどとは、夢にも思っていなかった。婚約破棄で彼女を懲らしめようとしただけなのに。結局、優太が逃げ出す時の後ろ姿は、どこかみすぼらしかった。夏の天気はいつも移り気だ。さっきまでさんさんと降り注いでいた太陽が、次の瞬間には激しい雨に変わることもある。界人は、知世の手を引いて、雨の中を軒下へと駆け出した。彼は上着を脱ぎ、知世に羽織らせると、自ら買いに行ったなきれいなタオルで、丁寧に彼女の髪の水気を拭った。風が吹き抜け、知世は思わずくしゃみをした。「まだ寒いのか?じゃあ、運転手を呼ぼうか?」界人が
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