All Chapters of 死の三日前、私はついに家族が求める完璧な女になれた: Chapter 11 - Chapter 12

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第11話

二十年後。萌花はギャラリーの大きな窓の前に立ち、外に広がる華やかな街並みを見下ろしていた。彼女は母・紗季の美貌を受け継ぎ、そして生まれつきの商才までも引き継いでいた。二十五歳にして、すでにアート業界の新星として注目を集めている。「萌花さん、インタビューの時間です」 アシスタントが静かに声をかけた。今日は『タイム』誌の特集インタビュー。「母の跡を継ぐ者――紗季の娘が築くアート帝国」というテーマだった。「萌花さん、あなたとお母様はとてもよく似ていると言われますが、どう思いますか?」 記者が問いかける。萌花はしばらく沈黙し、それから静かに答えた。 「私は、母にはなれません」「それはどうしてですか?」「母は二十九年の人生で、本当の愛というものを教えてくれました。でも私は、十八年かけてやっと後悔というものを知ったんです」記者は、その家族の過去を知っていたのだろう。それ以上、質問を重ねることはなかった。インタビューが終わると、萌花は自ら車を運転して墓地へ向かった。今日は紗季の命日。毎年この日は、必ず母のもとを訪れる。墓前にはすでにたくさんの花が供えられていた。蒼汰が送ったものもあれば、生前の友人たちからのもの、そして見知らぬ誰かからの花もある。紗季が設立した慈善基金は、これまでに何千人ものがん患者を救ってきた。その恩に報いようと、花束を捧げて感謝を伝えに来る人々が後を絶たない。「やっほー、ママ、また来たよ」 萌花は墓石の前に腰を下ろし、いつものように話しかけた。風が墓地を通り抜けていき、まるで返事のようだった。「ギャラリー、今年は二億の利益が出たよ」 萌花はささやくような声で続けた。 「きっと誇りに思ってくれるよね。ママの日記に書いてあったもん。いつか全国で一番のギャラリーにしたいって。今、それが叶ったよ」少し間を置いてから、続けて言った。「パパは相変わらずだよ。あの出来事以来、誰とも付き合ってないの。ママを一度傷つけたから、もう二度と誰かを愛する資格がないって。おじいちゃんもおばあちゃんも、去年立て続けに亡くなったよ。逝く前にね、ママに伝えてって言われたの。『ずっと愛してた。気づくのが遅すぎたけど』って。それから……美優」 萌花の声が少し震える。 「刑務所の中で、壊れちゃ
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第12話

夕暮れ時、一人の若い女性が墓前に現れた。「あなたは……?」 萌花は不思議そうに彼女を見つめた。「加藤優奈(かとう ゆうな)と申します。膵臓癌の患者でした」 女性の目には涙がにじんでいた。 「五年前、紗季基金のおかげで助かったんです。今日は、あなたのお母様にお礼を言いに来ました」「きっと、聞こえてますよ」 萌花はそっと答えた。優奈は花束を置き、深く頭を下げた。 「紗季さん、本当にありがとうございました。あなたがいてくれたから、私は今日まで生きることができました。子どもが成長する姿を見届けることができました」こういう光景を、萌花は何度も目にしてきた。 基金から救いの手を差し伸べられた人たちは、皆、紗季という名前を忘れなかった。母が命をかけて遺したものは、家族の後悔だけじゃない。 それは、数えきれないほどの人々の、第二の人生でもあった。夜が訪れ、萌花はようやく立ち上がり、帰る準備を始めた。「ママ」 墓碑に最後の視線を向けながら、ポツリとつぶやいた。 「前に聞いてたよね。私たちは、あなたのことを思い出すかって。答えは……毎日、毎瞬、永遠に」家へ向かう道すがら、萌花は母の遺した日記を開いた。 18歳の誕生日に渡された、大切な一冊。 紗季が妊娠してから、萌花が五歳になるまでの記録が、びっしりと綴られていた。最後のページは、紗季が亡くなる一週間前に書いたものだった――【私の大切な萌花へ 今日もまた、美優ママって呼んだね。胸が痛かったけど、怒ってはいないよ。 あなたはまだ小さくて、ほんとのことを見分けられないだけ。 いつか大人になったとき、全部わかったとき、自分を責めすぎないでね。 ママは一度もあなたを責めたことなんてない。これからも絶対にない。 だって、あなたを愛することが、私の人生で一番幸せなことだから】日記の最後のページには、かすれた字でこう綴られていた。――【生まれ変わっても、あなたのママになりたい】萌花は日記を抱きしめたまま、涙を止められなかった。窓の外、街はいつも通り賑やかで、日常は続いていく。 けれどその片隅には、いつまでも埋まらない穴がある。 紗季という名の穴が。それは、命で母の愛を語った女性。 「やっと従順になった」女
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