Semua Bab さよならの後に咲く愛: Bab 11 - Bab 20

【実は、ひと月前にはもう離婚協議書の準備はできていた。私がサインして、あなたもサインした。やり方はちょっとずるかったけど、きっとあなたは気にしないよね。だって、あなたが本当に大事にしているのは私じゃなくて、あなたのあの若い秘書、雫さんなんでしょ。私がいなくなった方が、あなたも気が楽になると思う。もう私の存在を気にしなくていいし、誰かに独身だって嘘をつく必要もない。私に関するものは何もこの別荘に残らないし、もう隠し事もいらない、これからは堂々と生きていけるよ。本当は最後の日に、全部ちゃんと話そうと思ってた。でも、あなたは雫さんの引っ越し祝いで忙しそうだったから、邪魔したくなくてやめた。最後に、雫さんと幸せになってね。私も自分の人生、きっとこれからはうまくやっていけると思う】手紙はそこで終わっていた。手紙の最後には、静かに【星奈】と名前が書かれていた。手紙の文字は油で汚れて、もう読めないところも多い。それでも隆成は、ティッシュで拭きながら、一文字一文字を何度もなぞって読み返した。文面の行間には、星奈の後悔や、自分が星奈に与えた傷が滲んでいた。目を見開いたまま、唇がかすかに震えていた。そして突然、わけのわからない言葉を口走った。「気にするよ、気にしないわけがない！これは騙しだ、お前が俺にサインさせたんだ！こんな離婚なんて、俺は絶対に認めない！星奈、俺たちは離婚なんかしてない、してないんだ！」手紙はもともとバラバラの紙切れだったが、隆成の叫び声で、また部屋中に散らばってしまう。隆成は震える体で、床に膝をつきながら、一枚一枚必死に拾い集めた。その瞬間、これまで気にも留めていなかったたくさんの出来事が、一気に頭の中を駆け巡る。すべての始まりは、ひと月前、同僚が「星奈が法律事務所に出入りしていた」と話していたことだった。あの時、たしかに聞いてはいたが、特に気にも留めずに流してしまった。いま冷静に考えれば、会社に法務担当がいるのに、わざわざ外部の法律事務所に相談に行くなんて、おかしい。それに、あの契約書。内容のない、ただサイン欄だけの奇妙な書類。本当は何かがおかしいと気づいていたはずなのに、星奈の急かす声や、雫のちょっとした一言で気がそれてしまい、何も考えずにサインしてしまっ

星奈がいなくなってから五日が過ぎても、隆成のもとに連絡が来ることはなかった。久しぶりに会社へ戻ると、その姿を見た社員たちは驚きのあまり言葉を失った。髪は乱れ、口元には無精ひげ、目の下には濃いクマが浮かび、やつれ切った顔には隠しようのない疲労がにじんでいた。そこへ雫がコーヒーを持って隆成のオフィスにやってきた。隆成には毎朝、濃いコーヒーを一杯飲む習慣があった。けれどこの日は、一口飲んだだけで思わず眉をひそめる。「今年のコーヒーは、なんだか味が薄いな」あまりに淡白な味わいに、隆成は違和感を覚えた。雫は誤魔化そうとして笑みを浮かべ、何か理由を探そうとした。しかし次の瞬間、隆成はそのカップを机に叩きつけてしまう。五年間、ずっと同じ味に慣れ親しんできたコーヒーの香りが、もうどこにもなかった。「今までのコーヒーって、全部お前が入れてたのか？」隆成は苛立ち混じりに尋ねる。雫は泣きそうな顔で、ついに本当のことを白状した。「前は全部、星奈さんが淹れてくれてたんです……」慌てて説明を続ける雫。「私、星奈さんに言われた通りにちゃんと淹れてるんです。絶対間違えてないはずなのに……」けれど、もう隆成には雫の声がまったく届いていなかった。胸の奥で、なにかが引き裂かれるような痛みが走る。日々のささいな出来事――それがどれだけ自分にとって大切なものだったか、星奈を失って初めて気づかされた。その時、オフィスの外からノックの音が響いた。「社長、星奈さんに関する書類が届いています。ご署名をお願いします」人事部長が扉を開け、散らかったオフィスを見て一瞬動きを止めた。手にしているのは、星奈が残していった退職願だった。これは星奈がいなくなって以来、隆成が初めて受け取る彼女からの便りだった。隆成は勢いよく人事部長のもとへ駆け寄り、腕をしっかりつかんで問い詰める。「星奈の居場所を知っているのか？今どこにいるか、何か知ってるのか？頼む、教えてくれ！」人事部長は困ったような顔で首を振った。もちろん、彼も星奈の行方はまったく分からなかった。ただ、星奈がいつの間にか人事部のデスクに置いていった退職願だけを手にしていた。「社長、これが星奈さんの退職願です」「彼女は人事部の机に、こっそりこれを置いていっただけで

人事部長に言われて、隆成はハッと顔を上げた。そうだ、星奈にはずっと連絡を取り合っていた友人がいた。けれど今まで、そのことに気づこうとすらしなかった。その友人は「美智子さん」と呼ばれていて、不動産屋をやっている。それ以外は、何も知らない。これまで、星奈のことに本気で関心を持ったことなど、一度もなかったのだ。そのことを思い知らされて、隆成の胸には悔しさが募った。その日のうちに、隆成は知り合いを総動員して、市内の不動産会社を片っ端から当たった。ようやく、とある不動産会社で「神田美智子」の名前を見つけた。翌朝、隆成はその会社のビルの前に立っていた。美智子は、一目で隆成だと分かった。よく星奈のスマホで写真を見ていたからだ。隆成は駆け寄るなり、慌てて自己紹介をした。「はじめまして。星奈の夫です」美智子は冷ややかな目で言い放つ。「私の知る限り、星奈はもう離婚していますよ。夫はいないはずです」隆成は苦しげな声で叫ぶ。「違う、離婚なんてしてない。あなたは、きっと星奈の居場所を知ってるはずだ。不動産屋さんだから、きっと新しい部屋も探してあげたんでしょう？教えてください、今どこにいるんですか！」その瞬間、隆成の怒りは頂点に達し、理性を失いかけていた。「お願いです、教えてください！」しかし美智子の表情は変わらない。彼女は、隆成の痛みと混乱を見抜いていた。けれど、星奈は前もって「絶対に自分のことは誰にも話さないで」と美智子に頼んでいた。「私が星奈の居場所を知っていたとしても、あなたに教える義務はありません」美智子の言葉に、隆成は絶句した。「そもそも、あなたが星奈を傷つけて、こうなったのよ。全部自業自得です」その一言は、冷たい水のように隆成の怒りを一気に鎮めた。隆成はようやく我に返り、頭を下げて謝った。それでも美智子は表情を変えず、通り過ぎようとした。隆成は慌てて行く手をふさいだ。「これまで全部俺が悪かったんです。だけど、せめて一言、星奈に謝りたい。あなただけが頼りなんです……」美智子は深くため息をついた。最初から、あんなひどいことをしなければ、こんな日が来ることもなかったのに――「申し訳ありませんが、いくら星奈の知り合いでも、不動産屋が顧客の個人情報を漏らすのは法律違反です

星奈の消息を失って九日目。ようやく隆成は、ほんのわずかながら星奈についての情報を得ることができた。それがどれほど望まない知らせであっても、今の隆成にとっては、ただただ星奈に繋がる手がかりがほしかった。その日、隆成は朝早くから会社に向かっていた。朝一番で、村上弁護士が星奈からの依頼を受けてやってきた。手には離婚協議書の原本と、数日前に隆成が返したばかりの結婚指輪がある。村上は隆成のオフィスのドアをノックし、静かに入ってきた。室内に星奈の姿がないのを見て、隆成の心臓がぎゅっと締めつけられる。慌てて立ち上がった隆成の手は、不安からか小刻みに震えていた。本当はもう一度、星奈に会って、ちゃんと自分の気持ちを伝えたかった。もし以前の自分が、自分の本心から目を背けていたのだとしたら、今なら、はっきりと言える。自分は、星奈を愛しているのだと。しかし、星奈の心はもう完全に自分から離れてしまっていた。会うことすら、拒絶されてしまったのだ。「こんにちは、安藤さん。私は、あなたの元妻の星奈さんの離婚手続きを代理しております」村上はそう言いながら、手にした書類を隆成に差し出す。「お二人とも離婚協議書に署名済みで、何の異議もないとのことですが、安藤さんはいつ離婚届をいつ提出されますか？」隆成は何も答えられなかった。村上の言葉ひとつひとつが、ナイフのように胸に突き刺さる。元妻？離婚手続きの代理人？離婚協議書に異議なし？離婚届の提出？そのたびに、息が苦しくなる。隆成は両手をぎゅっと握りしめた。まだ治りきっていない拳の傷口から、ふたたび血が滲む。手にした離婚協議書を今にも引き裂きそうになったが、どうしてもできなかった。もし今それを破ってしまえば、星奈からさらに失望されてしまう。星奈が悲しそうな声で「隆成、少しは大人になってよ。私はもうあなたにはすっかり失望してるの。これ以上、私の中のあなたのいい思い出まで壊さないで」と言うのが、隆成は何よりも怖かった。まるで、断崖絶壁の上に立たされているような気分だった。進むも地獄、退くも地獄――「村上先生、星奈に……星奈に一度だけ会って、ちゃんと話がしたいんです。お願いです、どうか……」隆成はすがるように頼んだ。村上は静かにため息をつく。「星奈さ

星奈の静かな声に、隆成の体が一瞬ふらついた。怒鳴られるでも、殴られるでも、無視されるでもいい。それなら耐えられる。けれど、いちばん堪えるのは、星奈が今のように、何もかもを手放したような、冷たく澄んだ声で話すときだった。それはもう、星奈が自分を本当に手放した証だと分かった。自分は、星奈にとってもう必要のない存在になってしまったのだ。五年寄り添った妻は、もう遠い人になっていく――そう悟ったとき、恐怖と焦りが胸を締めつけ、隆成は思わず星奈に駆け寄り、手に持った花束を差し出した。「星奈、これ。お前に渡したくて」うまく言葉が出てこない。「たしか……前に言ってたよな……薔薇の花が好きだって」星奈は微笑んだが、花は受け取らなかった。そんなこと、一度も言ったことがない。薔薇なんて、子どものころから養護施設で育った私には、縁のない贅沢な花だ。星奈は花束を差し出す隆成の腕を、そっと避けて言った。「隆成、あなたは離婚に同意するって言ったはずよ」この言葉を、隆成が引っくり返すだろうことは、星奈も予想していた。でも、この街に戻ってきたということは、もう二人の関係にきっぱり決着をつける覚悟ができた、ということだ。「私は離婚届を提出しに戻ってきたの。他に目的なんてない」星奈の冷たい決意に、隆成の目にはすがるような色が浮かぶ。彼は腰をかがめて、必死に媚びるように言った。「星奈、こんな話はまた今度にしよう。お願いだ、少しだけでもいいから話を聞いてほしい。頼む」だが、その願いは叶わなかった。星奈は隆成がこれから何を言おうとしているのか、もう分かっている。でも、もう聞く気にもなれなかったし、その必要も感じなかった。隆成が必死に声をかけ続けるのを無視して、星奈はただ一言だけ残した。「明日の午前、役所で会いましょう」星奈は隆成の横を通り過ぎ、美智子の車に乗り込もうとした。だが、隆成が車のドアの前に立ちはだかった。彼はしつこく笑顔を作りながら、薔薇の花束を差し出す。「星奈、この花を……」「隆成、私、薔薇なんて一度も好きだって言ったことない」本当はこんなこと、言いたくなかった。でももう我慢できなくて、きっぱり言い切った。「薔薇は高価で、繊細で、気まぐれで、私には似合わない。育てる余裕な