「もう決めました。村上(むらかみ)先生、離婚協議書を作成してください」星奈(せいな)は、五周年の結婚記念日を、夫と共にではなく弁護士事務所で迎えていた。家では、隆成(りゅうせい)が自分の秘書の雫(しずく)をもてなしている。妻であるはずの星奈が、家を出て行かされる立場になっていた。五年もの間、隆成は会社で自分たちが夫婦であることを一度も公にしなかった。星奈は、もう一度だけ、ちゃんと話をしたいと考えていた。だが、隆成が「雫がひとりで家にいるんだ。停電で困っているみたいだから、こっちでご飯を食べさせることにしたよ。星奈、いいよね?」と何気なく言ったその瞬間、星奈は悟った。もう、何も期待する必要はないのだと。離婚こそが、この五年間の関係を終わらせる唯一の答えだ。……「村上先生、離婚協議書を今日中に作っていただけませんか?」別荘の中から、男と女の楽しげな笑い声が聞こえる。その声を耳にして、星奈はもう気持ちを抑えきれず、弁護士に電話をかけていた。夜風は肌を刺すほど冷たい。でも、星奈の心はそれ以上に冷え切っていた。ここは本当は星奈の家。今日も、本来なら五年目の結婚記念日であるはずなのに。それなのに、星奈は夫に家を追い出され、彼の女性秘書にその席を奪われている。電話口の向こうからは、静かなため息が聞こえてきた。「星奈さん、一度お会いして詳しくお話ししましょう」一時間ほど前、星奈は急いで家に帰ってきて、テーブルに並ぶ色鮮やかな料理を前にして、ひとつため息をついた。「隆成、私が辛いものが苦手なの、知っているでしょう……」星奈は決して好き嫌いが多い人間ではない。けれど、今日の食卓に並んだ料理の中で、星奈が口にできるものはほとんどなかった。どんなに好き嫌いがなくても、身体を壊してまで食べたくはない。星奈が唐辛子にアレルギーがあることは、隆成も知っているはずだ。だからこそ、この五年間、星奈が作る食事はいつも控えめな味付けが中心だった。なのに今日は、隆成が注文した料理はどれも刺激の強い四川料理ばかり。隆成は、テーブルの上で唯一唐辛子が入っていないトマトと卵のスープだけを星奈の前に押しやると、不機嫌そうに言った。「俺が普段どれだけ忙しいか分かってるだろ。こんな些細なことまで気を配る余裕なんかないし、会
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