All Chapters of 公爵様は、今日も不機嫌です: Chapter 11 - Chapter 20

20 Chapters

11.スアレス卿と勉学

今日は休みの日で、レナータはスアレスさんに計算の仕方や、書状の書き方を王都の図書館で教えていた。あの日から、スアレスさんは何度断っても、勉学を教えてと頼んでくるので、根負けして教えることにしたのだ。もちろん、女官同士のトラブルに巻き込まれないように、あらかじめ対策は取ってもらっている。「なるほど。レナータの教え方ってとてもわかりやすいよ。僕は何度も教育係に教えてもらったのに、全然ピンと来なかったんだ。だから、書状の書き方で躓いて、みんなに仕事ができないって思われてて、ずっと悔しくて、でも、どうにもできなくてずっと悩んでた。そんな時でも、他の令息達が僕は仕事ができないって言ってる声だけは聞こえて来るんだよね。平気なフリをしていても、本当に辛かった。」「そうなの?スアレスさんは周りの方々とも馴染んでいるように見えていたから、そんな風に思えなかったけれど、大変だったのね。」「ああ、心に鎧まとって、気づかないフリしてた。」「そっか。まあ、私も似たようなものよ。勉学に励もうとすると、女のくせにとか、黙って手伝いでもしろとか、散々言われたわ。でもね、子供の頃、一人だけそんなに頭がいいのなら、王宮で一緒に働こうって言ってくれた人がいるの。だから、諦めないで勉学に励んだし、女官になる試験を受けたのよ。」そう言って、私はそっとしおりを取り出してスアレスさんに見せた。それは、この王国の象徴である鷹が描かれた細長い紙だった。そのしおりを見るといつも彼を思い出す。小太りの男の子、トール。「その一緒に働こうって言った人には会えたの?」「ううん、いないわ。トールって言うんだけど、ここにいる貴族令息達はみんなシュッとして筋肉質よね。武術も貴族の嗜みとして重視されるから。彼はどちらかと言えば、ポヨンとした体型だったの。」「レナータはぽっちゃりした感じがタイプなの?」「ふふ、別にタイプってわけじゃないわ。その子とも恋をしたわけじゃなくて、友達とか仲間みたいな感じだったから。きっと、武術が得意じゃなくて、違うところで働いているのね。それどころか、そもそも、貴族じゃないのかも。だって、養護院にいた私に王宮での仕事を勧めるくらいだから、貴族でなければ、王宮で働けないって知らなかったんだと思うわ。」「その人のことが特別じゃないなら、僕と結婚を
last updateLast Updated : 2025-07-14
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12.トスカーナ王女 1

オズワルド様が数日前から、咳による風邪をひいたようで、休んでいる。心配だわ。変ね、いつもは私が心配される側なのに。仕事帰りに私のお気に入りの薬草茶を買って、オズワルド様に届けることにしようと思う。これは私が風邪をひくたびに必ず使うもので、これさえあれば咳が安らぎ、安眠できるようになるのだ。夜に続く咳は、普段は健康な人でも辛く、体力を奪ってしまうから。ダグラスさんがちょうど邸に様子を見に行っているから、彼から渡してもらえるだろう。オズワルド様は具合が悪いから、私は直接顔を見なくてもいい、渡してもらえたらそれで安心できる。オズワルド邸に着き、ダグラスさんを呼んでもらうと、彼とトスカーナ王女が現れた。公爵家ともなると、王女様まで邸にお見舞いにみえることもあるのね。外国から遊学しているトスカーナ王女とオズワルド様の婚約の話が進んでいると噂で聞いたことがある。それは、本当なのね。私はただの部下で、彼に相応しくないのに、最近では彼を想ってしまっていたから、ここで彼女に会うのは正直つらい。「オズワルド様にお客様だと言うからどんな人が来たか気になってダグラスについて来てみたら、女官風情がなんなの?」トスカーナ王女は苛立ちも露わに囁いた。「…すみません。オズワルド公爵様にこれを渡していただきたくて。このお茶は酷い咳が治まるんです。」そう言って差し出すと、ダグラスさんが受け取ろうと手を伸ばすが、その横からトスカーナ王女がひったくるように受け取る。「あっ、それは…。」「ふん、とりあえず私が預からせてもらうわ。」「でも、それはオズワルド様に渡してほしくて…。」「私に軽々しく話かけるなんて、女官風情が図々しい。身のほどをわきまえたらどうなの。」「…すみません、…ではよろしくお願いします。」立ち場上、言い返すこともできず、そっと頭を下げ、邸を後にする。オズワルド様とご一緒の時のトスカーナ王女はどこまでも上品で、いつも微笑みを絶やさず、まさに王女様そのものだった。けれど、本当の彼女は私の周りにいる女官と大差ないどころか、それよりもっと横暴な人ね。そんな人がオズワルド様と結婚するかもしれないだなんて、ショックだった。もちろん、そんな本性をオズワルド様の前で見せることはないのだろう。そう思うと、胸の奥がすこしだけ苦しくなる。彼には彼に見
last updateLast Updated : 2025-07-14
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13.トスカーナ王女 2

オズワルドが病いから復活すると、邸中の者達が、僕と同じような症状で苦しんでいた事実を知った。どうやら、僕はみんなにうつしてしまったらしく、強い感染力のせいなのか、邸の者の半数が休んでいた。だから、ダグラスが邸まで駆り出され来ていたんだな。なんてことだ。僕がうつしてしまった以上、何としても皆の病いを治さなければ。トスカーナ王女にあの薬草茶の入手先を聞き出し、邸の者達の分を手に入れようと決意する。僕は療養明け早々、彼女を訪ねた。王宮にある彼女の居室で、優雅に僕を招く彼女は微笑みを浮かべ歓迎する。「トスカーナ王女様、先日いただいた薬草茶ですが、とても良く効きました。心より感謝申し上げます。」「そう、それなら良かったわ。じゃあ、体調も戻ったのだろうし、一緒にお出かけに行きましょう。」「あいにくですが、実は僕の風邪は感染力が強かったらしく、邸の者の半数が同じ症状で倒れてしまいました。トスカーナ王女様は大丈夫でしたか?」「ええ、私は問題なかったわ。」「それは良かったです。ところで、いただいたあのお茶を邸の者達にも渡したいのですが、どこで売っているのか教えてもらえませんか?」「えっ、えーと、どこだったかしら?早めに聞いておくわ。あれは、家臣が準備したから、忘れてしまったの。」「まさか、数日前の話ですよ。」「そうよね。」「あなたがとても効くとおっしゃっていたのだから、どこで手に入れられるかご存知ではないのですか?」「だって、家臣に準備させているから、知らないわ。」「わかりました。そしたら、その家臣に会わせてください。急いでおりますので、その者に直接聞くことにします。邸の者になるべく早く薬草茶を届けたいんです。」「えっ?ええと、誰だったかしら?」「それもわからないのですか?いくらなんでもそんなことはありえませんよね?真剣に伺っているのに、そんな答えではぐらかすのは、やめていただきたい。」「はぐらかすだなんて、そんなつもりではないのよ。ただ、不思議と思い出せないのよ。変ね…。」「もしかしたら、言えない相手から仕入れたのか?僕はあの薬草茶が効いたと思ったけれど、もしかしたら悪い物も含まれているとか。だから、言えないのですか?」僕の剣幕にトスカーナ王女はどんどん焦り、しどろもどろになっていく。「そんな、睨まな
last updateLast Updated : 2025-07-14
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14.シシリーが攫われる

今日も変わらず仕事をして、夕方王宮からの帰り道を一人歩いているその時だった。風を切って横を駆け抜けて行く馬車のホロの隙間から、顔を出しているシシリーが不安そうに周りの様子を伺っているように見える。金色の彼女の髪が無造作に風に揺れ、何かおかしいと違和感を覚え、鼓動が速る。完璧な美しさにこだわる女官である彼女が、馬車の荷台に乗り、風で髪を乱すなんて考えられない。「えっ、シシリー何をしているの?」しかも、今にも転げ落ちそうに、無理やり足を外に出そうとしている。けれども、馬車は止まる様子もなく、砂埃を巻き上げながら、遠ざかっていく。その尋常じゃない姿に衝撃を受けて、走り去る馬車に向かって駆け出していた。あのままでは、馬車から飛び降りる際に怪我をしてしまうわ。そもそも何故、馬車の荷台に?普段走ることのない私は、必死で走ってもどんどん馬車から離されて、足は重く、呼吸はすぐに乱れたけれど、立ち止まっている暇などない。もしあのまま飛び降りれば、ただでは済まない。どこかを強打するか、最悪、命に関わるかもしれないのだ。なぜ一人で、誰にも気づかれずに、あんな危険な真似を?頭の中は疑問と恐怖でいっぱいになる。それでも、今は考えている場合じゃない。「待って、シシリー。」叫びながら追いかけるけれど、馬車との距離はじりじりと開いていく。焦りで視界が滲み、心が折れそうになる。必死に腕を振り、足を動かし、ただ彼女の姿だけを追い続けた。しばらく走り続けると、やっと視界の先の道の真ん中に、倒れているシシリーを見つける。「シシリー。」馬車から転がり降りたと思われる彼女は、全身土埃に塗れ、擦り傷もあちこちにあるし、何より両手を後ろに縛られていた。目を開いた彼女は、苦しそうに顔をゆがめながら、こちらを見上げた。「レナータ、どうしてここに?」「さっき、走る馬車の荷台からシシリーが降りようとしているのを見たのよ。まずはこの縄を外さないと。」私はシシリーの縛られている縄を解こうと、縄に手を伸ばす。「そんな時間はないわ。私を起こして、今すぐ。早く逃げないと。」「えっ。」「私を攫った人に気づかれたら大変だわ。」私は慌ててシシリーを起こし、二人は何処ともなく駆け出した。でも、彼女は後ろ手に縛られたままだから、うまくバランスが取れず、走ってもそれほど遠く
last updateLast Updated : 2025-07-14
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15.レナータが出仕しない朝

「オズワルド様ちょっといいですか?」オズワルドが王宮内の自室で執務をしていると、ダグラスがいつになく険しい表情を浮かべている。「どうした?」「実は、レナータがまだ出仕していないのです。彼女が何の連絡もなく休むなんて、どうもおかしいと思いませんか?」「そうだな。レナータなら事情があって休むとしても、何らかの手段で連絡が来そうなものだよな。」「はい、僕もそう思います。」「テオドロに向かわせるか?」「はい、一応ですが、それがいいかと思います。」すぐにテオドロを呼び出し、レナータの家へ向かわせると、数刻の後、彼が戻って来た。「どうだった?」「何度か呼びかけましたが、レナータの返答がないため、念のため大家に話し、大家と一緒に確認しましたが、部屋には誰もいませんでした。」「部屋の様子は?」「荒された形跡はなかったです。」「そうか。」「それで、家の周りに住んでいる人々に聞き込みをして回りましたが、昨夜、レナータの部屋に明かりが灯ったのを見た者はいませんでした。恐らく、彼女は昨日王宮から出た後、家に戻っていないと思われます。」「そうか。ご苦労だった。」「どうしますか?引き続き、レナータの昨日の帰りの足取りを追ってみますか?」「そうだな。彼女に限って、誰かの家に泊まって、仕事を放り出して姿を消すような人間じゃない。何らかの事件に巻き込まれたと考えるのが自然だ。」「では、早速、調べて参りますね。」 「頼む。」レナータはいったい何処に行ってしまったんだ?そのことが気にかかり、仕事など全く手につかない。意識して書状に目を通そうと思っても、数行読まないうちに思考はレナータの元へと戻って行く。手を止めている僕を見て、ダグラスが心配そうに声をかける。「オズワルド様、大丈夫ですか?落ち着かないようですが。」「ああ、はっきり認めてしまえば、心配でどうにかなりそうだよ。」自分自身に問いかける。どうして僕はこんなにも、レナータを思い、心配で胸が苦しくなるんだ?彼女はただの同僚のはずなのに。仕事など投げ出して、今すぐ自ら彼女を探しに行きたい衝動に駆られる。こんな思いは初めてだった。彼女は仕事に対して真摯だからこそ、無断で休んでいる今、心配はつのる一方だ。きっと彼女は仕事に来れない状況に陥っているに違いない。そして、それは休
last updateLast Updated : 2025-07-14
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16.騒動の理由

レナータとシシリーは、なんとかオズワルド様の邸にたどり着いた。けれど、この時間は彼が王宮に出向いているとわかっていた。それでも、彼が帰る頃までどこかに潜んでいるのは危険だし、王宮に近づくのはもっと危ないから、偶然通りかかった馬車を止めて、持っていた金銭を渡し、この邸まで送ってもらったのだ。さすがに、オズワルド公爵邸の前で、私達を攫うことはできないだろうと判断した。いざ来てみたものの、邸の方々も私達の扱いに困ったようで、王宮にいるオズワルド様に早馬で確認に行ってくれた。本当に部下だとわかれば、私はオズワルド様の同僚なのでもてなさないとならないし、彼を慕う変な女なら、追い出さないといけないと言ったところだろうか。とにかく、どちらにしても迷惑であることは変わりない。私達はオズワルド様が邸に戻り、応接室に入るなり、精一杯謝ることにした。「オズワルド様、すみません。」「さすがに今回は僕が怒っているとわかっているようだな。」そう言う彼の瞳は、言葉と裏腹に緩んでいた。まるで、私の無事を喜んでくれているような…。そんな気がして、胸の奥がほんの少し、熱くなった。それでも、こんな時に甘えは許されない。「はい、無断欠勤してしまったので。」「ならばすべて説明してもらおう。」「はい、まずはオズワルド様の邸にこんな形で押しかけてしまってすみません。でも、私にとって一番信じられる人は、オズワルド様ですので、こちらに来てしまいました。」「…そうか。まあ、いい。」オズワルド様は顔をふいと背ける。その横顔に、どこか照れくささのような表情が見えた気がした。そして再び落ち着いた声で話し出す。「実は我々もレナータを探し始めていたんだ。無断で休む君を不審に思ってね。」「そうだったんですか。連絡しようにも手段が見つからなくて。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。」「まあ、状況によっては、それも仕方がない。ただ、そのせいでもうレナータの部屋は中までテオドロが確認しているよ。」「えっ、私のお家に入ったんですか?」「まあ、そういうことだ。どうしても確認が必要だったから。腹を立てるなら、僕にぶつけていい。僕達の仕事は事件に巻き込まれることもあるから、初動が肝心なんだ。」「えー、恥ずかしいです。でも、しょうがないですよね、安全確認のためです
last updateLast Updated : 2025-07-14
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17.邸での生活

しばらく二人はオズワルド邸でお世話になると思っていたが、翌日には、シシリーに迎えが来て、彼女は無事に帰って行った。シシリーの実家であるラスキン侯爵家は、潤沢な資金と警備体制が整っており、娘を守ることぐらい自分達でできるのだ。それに、自分の娘が原因のトラブルで、オズワルド公爵家にこれ以上お世話になるのも、気がひけたのだろう。でも、反対に私が帰る家はあのおんぼろな一軒家。だから、オズワルド様の帰宅の許可がおりない。「あのぅ、オズワルド様、今回のことはあくまでシシリーを狙った出来事で、私は標的でないというか、もう帰っても大丈夫かと思うのですが?」「本気で言ってるのか?」その低い声に、思わず息をのむ。けれど次の瞬間、彼は少しだけ表情をやわらげ、困ったように微笑んだ。「だったら、もう一度頭から話そう。」そう言って、オズワルド様は再びどうして家に帰ってはいけないのか、丁寧に話し始める。本当は私だってわかってる。シシリーと二人で逃げた時、悪い者達に追いかけられた。その時、顔を見られてしまったから、今では私も標的なのかもしれない。でも、それよりもオズワルド様に迷惑をかけ続ける方が私としては心苦しい。彼に好意を抱いている今、彼に煩わしい思いをさせたくない。「わかっています。わかっているけれど、オズワルド様の負担になりたくないんです。」「負担じゃない。どうしたら、僕にとって君が大切だと伝わる?」その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。「私、今までこんなに私を大切だと言ってもらったことがなくて。」「それもわかってる。初めてのことに戸惑っているんだよな。でも、ここに君がいた方が僕も安心する。君だってそう思えないかい?」オズワルド様の穏やかな声が、心の奥にそっと染み込んでいく。「私本当に迷惑じゃないですか?」「もちろん。だって僕は、君にとって一番信頼できる人なんだろう?」オズワルド様はふっと微笑んで、いたずらっぽく囁く。「それは…、忘れてください。」顔が熱くなるのを感じながら、私は思わず俯く。「無理だよ、あれは本当に嬉しかった。」 「えっ?」「だって真顔で、真正面から言いきったからね。あんな緊迫した話をしているときなのに、顔がにやけてくるのを我慢するのが、大変だったんだから。」冗談めかした口調とは裏腹に、彼の目はどこ
last updateLast Updated : 2025-07-14
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18.ビクトル様

あの後、二人で邸に戻り、夕食を食べていた。その間もずっと彼の言葉が、胸の奥に熱く響いている。私達の形。オズワルド様の描く未来は、私達の願いそのものだけど、こんな私達を、誰もが祝福してくれるわけではない。だから、私達の関係が明るみ出た時、要らぬ敵を増やし、困難ばかりが生まれてしまうのだろうか?私のせいで彼まで茨の道を進もうとしているなら、彼を巻き込むことが本当に私がしたいことなの?恋をしても、愛されても、私はただの誰かの妻では終わりたくない。仕事をして、私という人間をちゃんと生きていたい。その思いが彼に負担を強いているのだとしたら、そこまでして私は自分の理想を追い求めるのだろうか?彼の優しさや我慢の上に、私の望む未来があるのだとしたら、やはり私は何かを手放さないといけないのかもしれない。彼の結婚相手となる人には、公爵夫人としての振る舞いや役割が求められる。静かに寄り添い、彼の名を傷つけず、ふさわしい言動を選び続ける人。果たして今の私が、その姿にふさわしいのだろうか。そんな思いが、ふと心を曇らせる。食事が終わると物思いに浸るまま、促されるように彼と並んで、ソファに座り、ワインに口をつける。「どうした?気になることがあるなら、僕に話して。」「…私、オズワルド様のことが好きです。でも、働きたいと思うことがあなたの重荷になるのなら…。」「それ以上言わなくていい。君の気持ちは、もちろんわかっている。君が優秀で、王宮での仕事に誇りを持っていることも。夫婦で勤める前例がないことも。」彼はそっと視線を重ねて、続けた。「でも、不安になる必要はない。それを含めて、僕達が新しく作るんだ。君が望む未来を僕も叶えたい。だから、僕が感じているのが、重荷とかそんな言葉ではないと、どうかわかってほしい。むしろ新しい挑戦に胸が躍るんだ。言ったはずだ、君といると不思議な力が湧いて来るって。それは僕の本心なんだ。」その宣言のあと、彼はそっと私を抱きしめた。彼に包まれる安心感に、心の奥からほっと涙がこぼれそうになる。私…このままでいいのね。「大丈夫、僕を信じて。」耳元で囁かれた声が優しくて、温かくて、私の不安ごと心を溶かしていく。私は思わず彼の胸に顔を埋める。「…本当に、好きなんです。でも、オズワルド様を不幸にすることだけは、絶対
last updateLast Updated : 2025-07-14
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19.養護院

「君が行きたいと言う養護院はここなんだね?」「はい、ビクトル様。私はここで育ちました。結婚前にぜひ、ネバダ牧師に挨拶がしたくて。」そこは王都からかなり離れた小さな村にある養護院の横に隣接された古い教会である。教会の扉を開くと、陽光が差し込むステンドグラスの前に、牧師姿の初老の男性が佇んでいた。「ネバダ牧師、ご無沙汰しております。」「レナータ、元気そうだね?」「はい、おかげ様で。それで、今日は紹介したい人をお連れしました。こちらはオズワルド公爵様です。」「やあ、オズワルド公爵様、お元気ですか?」「はい、ご無沙汰してます。ネバダ牧師様。こうしてまたお会いできて光栄です。それに、以前のようにビクトルとお呼びください。」ビクトル様の言葉は、どこまでも丁寧で温かい。「ビクトル様、お元気そうで何よりです。」「えっ、ビクトル様、ネバダ牧師とお知り合いなのですか?」「ああ、実はね、小さい頃こちらでお世話になったことがあるんだ。少年だった頃、オズワルド公爵家を継ぐ重圧に押し潰されそうに感じて、逃げ出したいと思っていた時にね。」「えっ、ビクトル様にもそんな時があったんですか?」「ああ、意外だろ?あの頃は勉学が苦手でね、朝から晩までの後継者教育の日々から、逃げ出したいと思っていたんだよ。」「そうだったんですね。」「そんな時、母の提案でしばらくこちらで身を隠して、お世話になっていたんだ。」彼の横顔は、どこか懐かしさを帯びたやわらかな微笑みで、私を優しく包む。「そんな過去があったなんて、全然知りませんでした。でも、少年の頃にここにいたのなら、私達は会っていそうなものですけどね。」「そうだね。でも、僕はそれほど長くいなかったから、会わなかったのかもしれない。」「そうですね。」「ビクトル様、レナータ、婚約おめでとう。私はあなた達がピッタリ合うのは、よくわかっていますよ。どうぞ、二人で見て回りながら、ゆっくりしていってください。」ネバダ牧師は並んだ二人を見て、微笑んだ。「ありがとうございます。」「では、ビクトル様、私のお気に入りの場所に案内しますね。ネバダ牧師、お祈りの邪魔をしてごめんなさい。ではまた後で。」「はい、行ってらっしゃい。」私はビクトル様の手を引いて、この養護院にいた頃、多くの時間を過ごしたお気に入りの
last updateLast Updated : 2025-07-14
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20.結婚

夕暮れ時、ネバダ神父様が私たちを教会での会食へ招いてくださった。温かなスープと、素朴だけれど心のこもったお料理。私とビクトル様は思い出深い味に、心がじんわりと満たされていくのがわかった。「ネバダ神父様、あの頃、僕達が友人だったことをご存知でしたか?」「もちろんだとも。ビクトル様はオズワルド公爵夫人から託された大切な御子息だからね。」「そうでしたか。私達は王宮で共にいながらも、ちっとも気がつかなかったんですよ、お互いに。」「でも僕は、君を初めて王宮で見かけた時から、不思議と目が離せなかった。今思えば、お互いに惹かれ合うことは運命だったのかな。神父様、どうかこちらの教会で僕らの式を上げさせてください。二人が出会ったこの場所で、変わらぬ愛を誓い合いたいのです。僕はレナータと結ばれることができて、本当に幸せ者です。結婚披露パーティーは王都で開くつもりですが、式だけは二人きりで行いたいと思っておりまして。」「そうですか。私もとても光栄に思いますよ。」「良かった。」私たちはテーブルの下でそっと手を重ね合わせ、視線を交わし、胸いっぱいの喜びを伝え合った。それから、少ししてネバダ神父様に見守られながら私達は二人きりで心からの式をあげた。その日の空は雲ひとつなく、どこまでも澄み渡っていた。「緊張してるかい?とても綺麗だよ。」そっと肩に手を添えたビクトル様が、私の耳元で優しく囁く。「ちょっとだけ。」私はふわりと揺れる純白のドレスに、視線を落としながら、小さく笑った。こんなにも幸せで、こんなにも夢みたいで、彼を見つめると胸が高鳴る。彼はそんな私の手をそっと包み込み、柔らかく微笑む。「僕はずっとこの日を待っていたよ。」祭壇へと歩む私の足取りは、まるで夢の中を歩いているようだった。天窓から差し込む柔らかな光が、彼のタキシードをやわらかく照らしている。「二人は変わらぬ愛を誓いますか?」ネバダ神父の落ち着いた声が響く。ビクトル様は真っ直ぐに私を見つめ、まるでその視線で私を包み込むように、ゆっくりと頷いた。「はい。僕は彼女を愛し、守り、人生をともに歩むことを誓います。」その声は、力強く、誠実な思いが溢れていた。そして私も、彼の瞳をまっすぐに見つめ返し、優しく微笑む。「はい。私も、あなたを永遠に愛します。」彼は私の手を愛
last updateLast Updated : 2025-07-14
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