公爵様は、今日も不機嫌です

公爵様は、今日も不機嫌です

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By:  月山 歩Completed
Language: Japanese
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王宮で女官になったレナータは、青ざめた。自分以外の女官は、皆美人で何もせず、貴族令息と結婚しようと媚を売るだけの令嬢達の集まりだった。そんな中、私は不機嫌な表情をしたオズワルド公爵の執務室に勤務を命じられた。彼だけが私の頭脳を活かそうと思ってくれたらしい?

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Chapter 1

1.女官

「今日より皆さんには、王宮の女官として、それぞれ大臣の補佐役を全うしていただきたい。」

王宮の広間では、新任の女官達を迎える式典が開催されていた。

レナータ・コートは、その内の一人で、一列に並んだ他の女官に目をやると、ある特徴に気がついた。

それは、どの女性達も驚くほどに容姿端麗なことである。

ただし、私一人を除いて。

私は吊り上がった目元で、平凡としか言えない顔立ち。

背が高く、これまで異性に言い寄られたことも、男性とお付き合いしたことももちろんない。

ただひたすら勉学に励んで来たのだ。

そんな私は、並んだ女性達の冷ややかな視線と場違い感に青ざめる。

よく見たら私だけが、王宮から支給された女官服を着ている。

他の女官達は、みんな形は同じだけれど、生地の色や質が明らかに違い高級感に満ち、とても煌びやかだ。

きっと、型は同じだけれど、自分用に特別にあつらえているんだわ。

私の抱いていた王宮の女官像とかけ離れている。

どう見ても、裕福な家柄の令嬢達にしか見えない。

王宮の女官とは、知性と勤勉を武器に働く頭脳集団の集まりじゃないの?

家計を支えるため、上流とは言い難い貴族の娘たちが努力の末に職を求めて集まる場所だと、そんな先入観を、私は持っていた。

それとも、この美しき女官達は皆容姿だけでなく頭脳も兼ね備えた才女たちなの?

式で話されている内容が全く頭に入ってこないほどに混乱する。

私は家族がいないため、田舎の養護院で育ち、「王宮では能力が秀でていれば、誰でも活躍できる。」と聞いて、給金目的で試験に臨んだ。

元々努力することでしか生きられないと思って生きて来たから、学業の成績は常にトップだったのだ。

それで、養護院に併設された教会のネバダ牧師が、貴族の養子にと勧めてくれ、伯爵令嬢となり、無事女官の試験に合格し、今にいたる。

「では、引き続き君達の上司にあたる大臣方を紹介しよう。」

司会役の方がそう言った瞬間、広間の扉が開き、いかにも高貴な男性達が、入場してくる。

そして、中でもひと際目を引く男性が現れた瞬間、新任の女官達は明らかに色めき立ちざわついたので、慌てて私もそちらに目をやる。

するとそこには、金髪に碧い瞳、端整な顔立ちに気品をまといながらも、どこか冷たく、不機嫌そうな表情を浮かべ、見るからに異彩を放つ男性がいた。

嫌々連れて来られた。

そう、態度で示しているのに、それでも女官達は、嬉しそうにその男性を眺めている。

「大臣達を束ねるオズワルド公爵閣下よりご挨拶をいただきます。」

司会をしていた男性が、不機嫌なオーラを纏うその男性に悪びれることなく促すと、わずかに眉をひそめて一言だけ放った。

「特になし。

以上。」

そう言い放つと、その男性はあっという間に会場を後にした。

「オズワルド公爵は多忙を極める方なので、無理をお願いしてのご出席でした。

なお、皆さんの配属先はホール正面の掲示板に貼り出していますので、後ほど確認し、明日からは各部署へ直接出仕してください。

皆さん、これからの活躍を期待しています。

それでは、式はこれにて終了といたします。」

司会の男性が閉会を告げると、周囲の女官たちは早速ざわざわと話し始めた。

「オズワルド公爵様、やはり素敵だったわね。

でも、私達からは所詮遠い存在だわ。」

「不機嫌そうな顔でも、この距離で見られるだけで女官になった意味はあったわ。」

「私、いつか話しかけてみせるわ。」

皆先ほどのオズワルド公爵に夢中のようだ。

でも正直、不機嫌そうな人は、私なら遠慮したいけれど。

どちらにせよ、新人の私には関係ない。

公爵様だなんて、雲の上の人だもの。

きっと関わることもないはず。

帰る前に明日からの配属先を知るため、先ほど司会の方が言っていた配属先が書かれた張り紙を見ようと、人だかりを割って進む。

そして、張り紙を見て絶望する。

私の配属先はオズワルド公爵執務室になっていた。

えー、さっきのあの方のお部屋だわ。

あんな不機嫌そうな方の下で働くことになるの?

すごく恐ろしい方だったらどうしよう?

私、大丈夫かしら?

一瞬不安になるが、きっとあの人の周りには沢山の部下がいて、私は隅っこにいるだけだから、直接関わることなんてないはずよ。

なんとかなるわ。

私はそう言い聞かせながら、とぼとぼと一人で暮らす家に帰る。

王宮のそばに借りた一軒家は、古く小さな部屋が一つあるだけの粗末な造りだった。

けれども、今の私では、ここを借りるだけで精一杯。

とりあえず、最初の給金をもらうまでは、節約しなくちゃ。

手元には、養護院時代にお手伝いをして稼いだ僅かな蓄えのみだ。

それでも、これから一人この王都で頑張って生きていくわ。

私は明日からの王宮での仕事を思い、意欲を昂らせ、早めに寝るのだった。

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1.女官
「今日より皆さんには、王宮の女官として、それぞれ大臣の補佐役を全うしていただきたい。」王宮の広間では、新任の女官達を迎える式典が開催されていた。レナータ・コートは、その内の一人で、一列に並んだ他の女官に目をやると、ある特徴に気がついた。それは、どの女性達も驚くほどに容姿端麗なことである。ただし、私一人を除いて。私は吊り上がった目元で、平凡としか言えない顔立ち。背が高く、これまで異性に言い寄られたことも、男性とお付き合いしたことももちろんない。ただひたすら勉学に励んで来たのだ。そんな私は、並んだ女性達の冷ややかな視線と場違い感に青ざめる。よく見たら私だけが、王宮から支給された女官服を着ている。他の女官達は、みんな形は同じだけれど、生地の色や質が明らかに違い高級感に満ち、とても煌びやかだ。きっと、型は同じだけれど、自分用に特別にあつらえているんだわ。私の抱いていた王宮の女官像とかけ離れている。どう見ても、裕福な家柄の令嬢達にしか見えない。王宮の女官とは、知性と勤勉を武器に働く頭脳集団の集まりじゃないの?家計を支えるため、上流とは言い難い貴族の娘たちが努力の末に職を求めて集まる場所だと、そんな先入観を、私は持っていた。それとも、この美しき女官達は皆容姿だけでなく頭脳も兼ね備えた才女たちなの?式で話されている内容が全く頭に入ってこないほどに混乱する。私は家族がいないため、田舎の養護院で育ち、「王宮では能力が秀でていれば、誰でも活躍できる。」と聞いて、給金目的で試験に臨んだ。元々努力することでしか生きられないと思って生きて来たから、学業の成績は常にトップだったのだ。それで、養護院に併設された教会のネバダ牧師が、貴族の養子にと勧めてくれ、伯爵令嬢となり、無事女官の試験に合格し、今にいたる。「では、引き続き君達の上司にあたる大臣方を紹介しよう。」司会役の方がそう言った瞬間、広間の扉が開き、いかにも高貴な男性達が、入場してくる。そして、中でもひと際目を引く男性が現れた瞬間、新任の女官達は明らかに色めき立ちざわついたので、慌てて私もそちらに目をやる。するとそこには、金髪に碧い瞳、端整な顔立ちに気品をまといながらも、どこか冷たく、不機嫌そうな表情を浮かべ、見るからに異彩を放つ男性がいた。嫌々連れて来られた。そう、態度で示しているのに
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2.仕事
「今日からこちらでお世話になります。レナータ・コートと申します。よろしくお願いいたします。」翌朝、私は緊張を抱えながら、オズワルド公爵の執務室を訪れた。するとそこには優しそうに微笑む男性がいて、私を部屋に招き入れてくれた。「新人さんだね。よろしく、僕はダグラスだよ。そして、あっちにいるのは、護衛官のテオドロ。僕はオズワルド公爵の側近という立場なんだ。」ダグラスさんは、物腰の柔らかい若い男性だ。「よろしくお願いします。それと、オズワルド公爵様にもご挨拶をしたいのですが。」「ああ、その内あの部屋から出て来たら、挨拶して。」ダグラスさんは奥の扉を示す。「そうですか、わかりました。では、早速ですが、私は何をすれば?」そう尋ねると、ダグラスさんは一瞬きょとんとした顔をして、すぐに聞き返した。「えっ?君、働くつもりなの?」「えっ、もちろんです。そのために来たのですから。」きっぱりと言い切ると、彼は感心したように目を細めた。「そっか、それなら、君はあの机を使って、字が間違っていたり、数字が合わないところがある書状を仕分けてみて。」「はい、わかりました。」言われたとおりに机へ向かい、私は早速作業に取り掛かる。一枚ずつ丁寧に目を通していくと、約半数の書状に何らかの間違いがあり、一つ一つどこがおかしいのか、書き出していく。こういった仕事は得意なのだ。やればやるほど間違い易い箇所や、間違う理由も見えて来る。何を隠そう養護院の会計は、ほぼ一人で任されていた。「レナータ、もうお昼だよ。一回休憩して。」ダグラスさんの声がして、ようやく何時間も集中していたことに気づく。「あっ、はい。皆さんは?」「僕達はね、それぞれ部屋を持っているから、そこで済ませることが多いかな。レナータは食堂に行ってみたら?」「そうですね。行ってみます。」皆さんは位が高いから、自分の部屋をいただけれるのね。私も頑張ったら、いつかもらえるかしら?お腹もすいてきたことだし、私は一人で食堂に行ってみることにした。 列に並ぶと無料で食事をいただけるらしく、焼いたお肉とサラダ、パンのセットをお盆に乗せて、席につく。「あなた、オズワルド公爵様のところに配属なんでしょ?何か汚い手を使ったの?」一人で食事を食べていると、赤い女官服を着た派手な雰囲気の女
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3.他の女官達
翌朝、レナータは昨日叩かれて少し腫れた頬に丁寧に化粧を施し、なんとか目立たないようにできたと満足しながら、オズワルド公爵の執務室に入って、すぐに仕事に取りかかる。自分の価値は真面目に働くこと、これ以外に無いこともよくわかっている。朝、王宮に入る女官達は、皆それぞれ家の紋章の入った馬車に乗り、優雅にやって来る。美しい容姿に恵まれた体型、それをまるで見せびらかすように勝ち誇った笑みを浮かべている。女官の制服も皆、お手製の豪華な特注品で、まるで夜会にでも来ているような華やかさで、与えられた部屋へと消えて行く。私は一人、徒歩で王宮に入り、支給された制服を着ている。相変わらず、場違いなのだ。それでも、オズワルド公爵の部屋では、仕事を任され、ただひたすら働ける。これを続ければ、給金がもらえし、私も「ここにいていい。」と言われているようで安心するのだ。「レナータ、おはよう。顔の腫れ少し引いたね。」ダグラスさんが部屋に入って来て、私の顔をじっと見ている。「おはようございます。はい、もう痛みもありません。」「それは良かった。それに、もう働いているんだね。」「はい、そのために雇われていますから。」「君みたいな子初めてだよ。」「そうなんですか?」「では、他の方々は何を?」「うーん、おしゃべりかな?」「えっ?まさか、冗談ですよね?」「いや、本当だよ。一緒に行ってみる?いい機会だから、案内してあげるよ。」「はい。ありがとうございます。」ダグラスさんは、私を伴い王宮の中を案内してくれる。ここは、その中でも主に執務が行われている棟だから、ずらりと部屋が並ぶ。その中の一つをノックすると、ダグラスさんは中へ導かれ、私もそれに続く。「ダグラスさん、ご用でしょうか?」部屋にいた男性が、椅子から立ち上がり、ソファを勧める。「いや、この書状を戻しに来たんだ。それと、レナータを紹介するよ。彼女は僕達の女官で、今みたいに書状を届けに来るかもしれないからさ。」「はぁ?女官がですか?」「そう。」そう言われた男性は、私を不思議そうに見て眉をひそめる。「よろしくお願いします。」私は控えめに笑みを浮かべて、丁寧に挨拶する。「ああ、よろしく。」その男性はなおも不思議そうにしているが、それ以上何も言わなかった。部屋の奥には、ダグラスさん
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4.オズワルド公爵
昨日のダグラスさんの話では、オズワルド公爵は私のために式に出ていたらしい。あの不機嫌そうな顔で式に来ていた彼が、私のために来たと言うの?とてもそうは思えないけれど、他の女官と私が明らかに違うのは、よくわかった。私は田舎の出身だから、王宮の女官は、出会いが目的の令嬢がなるとは知らずに、受けてしまった。本来ならば、私は選ばれなかったはずだったのも、他の女官達を見るとわかる。だって私は美人でもないし、スタイルも良くないもの。選ぶ側がそれを求めている以上、私は不適合だ。でも、オズワルド公爵だけが私を仕事をする者として、迎えてくれたのね。だったら私は、彼に満足してもらえるように頑張らなくちゃ。今日も私は書状の間違いを見つけて、訂正するように印をつける。すると突然、低く通る声が耳元に響いた。振り向くとそこには、いつの間にか現れたオズワルド公爵の姿があった。あまりの突然の登場に慌てて立ち上がると、彼はほんの一瞬、目を細めた。「慌てなくていい。今日は腫れはもうないな。」「えっ、あっ、はい。」「君の働きぶりはダグラスから聞いている。」「ありがとうございます、オズワルド公爵様。私はレナータ・コートと申します。精一杯勤めさせていただきますので、よろしくお願いします。」「ああ、よろしく。僕のことは、オズワルドでいい。」「はい、オズワルド様。」「昨日、早速トラブルがあったそうだな。」「はい。すみません。」「そういう時には、少し利口になって、僕のどうでもいい情報を流せばいいんだ。そうしたら、叩かれるのを回避できた筈だ。」「お言葉ですが、私はオズワルド様のどんな些細な情報も流したくないです。私はオズワルド様の元で働いている以上、あなたを裏切るような真似は些細なことであれ、したくありません。 そのような人間であると思われるのも嫌です。そのくらいなら、叩かれた方が全然マシです。」「何だって?そう言う問題じゃない。」オズワルド様は、私の返答が気に入らないのか、鋭い視線で私を射抜く。でも、これは私の仕事なのだから、その矜持を貫くまでだ。「いいえ。それで構いません。」「まあまあ、レナータが誠実な人間だということがわかったから、今回はこのくらいにしましょう、オズワルド様。」出会ったばかりだというのに、早くもぶつかる二人に、ダグラ
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5.仕事中
レナータは、日を追うごとに王宮での仕事にも慣れてきて、できる仕事が増え、充実感で満たされていた。集中して黙々と努力する。なんて私にピッタリな職場かしら。書状に目を通している最中、気が緩んだのか無意識に心の声が漏れていた。「うーん…この数字、どうしてこうなるの?こっちを直したら、こっちが合わなくなるし…。」ちょうどその時、通りかかったオズワルド様が珍しく立ち止まる。「そこ、実は僕も昨日気になってたんだ。急ぎだからって、直接僕に持って来たから渋々目を通したんだけれど、どう調整しても合わない。だから、やっぱりもう一度提出させようと避けていたんだ。申し訳ない、そのことを一筆添えておくべきだった。」「えっ、あ…大丈夫です。じゃあ私、直してもらうように、説明しながら持って行きますね。」「助かるよ。それにしても、ここに来てまだ日が浅いのに、もうこうした不備に気づくんだね。君は思った通りとても優秀だ。君みたいな人が来てくれて嬉しいよ。」そう言って、オズワルド様は出会って初めて柔らかな笑顔を見せた。ふだん不機嫌で無表情な彼の、ふわりとした一面を初めて見た瞬間だった。 彼が微笑むと、まるで周りの空気さえ変わったように温かく感じる。 整った顔立ちは、普段から気品に満ちていたが、その表情にやわらかな笑みが灯ると、生き生きとした優しさがにじみ出す。女官達が「見れるだけで、幸せ。」と言っていた意味が初めてわかった。そして、彼のその「嬉しい」という一言が、私の胸を熱くさせる。それは私の仕事が、オズワルド様の役に立つこともあるということ。「ありがとうございます。…頑張って、ここで認めてもらえるように努力します。」「…もう、とっくに認めている。」「えっ?」「何でもない。」そう言って彼は背を向け、静かに自室へと戻っていった。その背中を見つめながら、私の胸が小さく高鳴った。私の唯一の取り柄、それを評価してくれた。今までどんなに頑張っても、「よくやるね」とか、「やりすぎ」とか、引き気味に言われたことは何度もあったけれど、「勤勉であること」を喜んでくれる人はいなかった。勉学に励む私は、いつも変人扱いだった。誰かに理解してほしいとか、褒めてほしいとかいう感情はもうとっくに諦めて、忘れ去られていた。だけど今、私が優秀で仕事ができることは、オ
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6.休みの日
レナータは王宮に出仕して初めての休日を迎えた。せっかくの休みだし、今日は王都の散策をしてみようと思う。何せ田舎から出て来た私は、王都について何も知らないのだ。執務中、ずっと不思議に思っていたのだが、南部からの書状が飛び抜けて多く、そんなに大きな地区じゃないのに、どうしてなのか気になっていた。そして、件数がそもそも多いのもそうだけれど、書状の不備も圧倒的に多い。だから、一体南部とはどのようなところなのか、一度行ってみたいと思っていたのだ。そう思い、散々歩きたどり着くと、南部は貧しい人々が住むの街のようで、街は荒み、鼻をつくような独特の臭い匂いが漂っている。なるほど。これなら事件や嘆願書も絶えないわけだわ。南部の街に立ち、周りを見渡すと、何をするでもなく、私をじっと見ている男達が数人いて、これ以上進むと危険な予感がする。彼らの目には、そんな淀みがある。気づかないフリをして、逃げるのが先決だわ。早足で立ち去ろうとした時、後ろから声をかけられた。「ここで何をしている?こっちへ来い。」まずい、変な男の人に目をつけられてしまった。私は立ち止まると振り返る前に、その人の隙をついて一気に真横に走り出す。昔から一日中勉学に励んでいた私は、とにかく絡まれ易い。その時には、いちいち対応せずに、走って逃げるのが一番効果的だと知っている。相手は、こちらが予想外に動くことで、出だしが遅れ、追うのを諦めるのだ。けれど、今回は違った。その男にあっという間に追いつかれて、二の腕を掴まれる。これではもう逃げられない。「そっちへ行くな。」「やめて、離して。」「騒ぐな。」「レナータ、僕達です。」聞き覚えのあるダグラスさんの落ち着いた声だった。「ダグラスさん?」「そうです。周りが見ています。大人しくついてきてください。」「わっ、わかりました。」私はその怪しく見えた二人に囲まれながら、少し離れた小さなお茶屋の個室に案内された。「何故、あんな危ないところにいる?」水色の瞳で、黒色の髪と髭たくわえた男性が瞳に怒りを溜めて、私を見ている。えっ、この不機嫌そうな声と瞳には覚えがある。オズワルド様?私は驚いて目を見開いた。「そうだ、僕だ。」「どうしてここに?」「僕達はある捜査で南部の街に来ていたんですよ。」ダグラスさんが答える。「サ
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7.レナータに好意を持つ男
「レナータ、最近スアレスという男に書状の書き方を指導してるようだね。あの男を狙っている女官が多いから、トラブルに巻き込まれたくなかったら、気をつけた方がいい。」「わかりました。」普段はあまり話しかけてこない同僚のテオドロさんが、忠告してくれた。彼は、オズワルド様の執務室で共に働く仲間で、彼の護衛や情報収集を担っている。オズワルド様の執務中は護衛の必要性がないので、普段は情報収集することが仕事の中心らしい。そのため、彼はたいていどこかへ出かけていて、部屋にいることの方が少ないけれど、今日はたまたま戻ってきていた。以前、女官に叩かれたときも、私はあまり事情を話していなかったのに、テオドロさんから正確な情報がオズワルド様へ伝えられていて、今回もスアレスさんとの関わりには本当に注意が必要なのだろう。彼は書状の修正点を指摘したものを返すたびに、毎回のように話しかけてきて、どうすればいいか尋ねてくるのだ。こちらはちゃんと説明を添えて返しているのだから、自分で読んで修正してほしいと思うけれど、同僚ともいえる立場なので、教えてほしいと言われれば、きちんと説明をしないわけにもいかない。心の中では、「書いてる通りだし、自分で考えて直してよ。」と、かなり辛辣なことを思っているけれど、そんな本音を表には出せない。「あの執務室には、ダグラスに行ってもらうといい。」「はい、一度相談してみます。」ただ書状を届けて説明するだけのことを、ダグラスさんにお願いするのは申し訳ない気がする。そのくらいの仕事なら、私で充分なのに。そう思いながらもやむを得ず、ダグラスさんにお願いして代わってもらっていた。そんなある日、食堂で昼食中にスアレスさんに話しかけられた。「レナータ、最近僕のことを避けているよね?どうして?」「スアレスさん、すみません、あなたとお話するとよく思わない人がいるらしくて、距離を取っています。」「えっ、そんなにはっきり教えてくれるんだ、嬉しい。そっか、よく思わない人かぁ。だったら、その人を何とかしたら、また話してくれるってことだよね?レナータに書状の間違いを教えてもらってから、仕事の評価が上がったんだよね。本当に助かっているし、感謝しているんだ。レナータってすごくいい人だね。もっと話したい。」「いや、それは困ります。」「大丈夫だよ。嫌
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8.密売事件
ある休日、レナータが王都の食堂で昼食を食べていると、背後から怪しい内容の会話が聞こえる。「今夜、ここで落ち合おう。その時に、ブツは渡す。」「ああ、わかった。誰にもつけられないように気をつけるんだぞ。」「わかってる。オズワルドなんかに知られたら、終わりだからな。」レナータは、オズワルド様の名前が聞こえた瞬間、二人が気になり出した。何か怪しい取り引きの話合いだわ。さりげなく後ろを振り返ると、髭面の男性とフードを深く被り顔を隠した、いかにも怪しげな男性達がいた。どうしよう…。オズワルド様の目を盗んで、何かしらの犯罪を企てている者たちを目撃してしまった。けれど、肝心のブツの正体が何かわからない。これじゃオズワルド様に報告したとしても、ただの憶測にすぎず、説得力に欠けてしまう。よし、今夜もう一度ここに来て、取引の現場を押さえよう。それから、オズワルド様に確かな情報として報告すれば良い。レナータはそう心に決めた。夜になり、再び食堂を訪れた。やはり、昼間とは様変わりしており、店内はすっかり飲み屋の雰囲気になっていて、客層もどこか荒っぽく、少し不安になる。けれど、オズワルド様に報告するためにも、ここで引き下がるわけにはいかない。そう自分に言い聞かせ、私はカウンターの空いた席に腰を下ろした。「何飲む?」店の店員が注文を取りに来た。「果実水を。」すると、店員の男性は馬鹿にしたように鼻で笑った。「お嬢ちゃん、ここは果実水は昼間しか出さないんだよ。悪いことは言わない。帰りな。」「そんなわけにいかないわ。エールでけっこうよ。」少しの間を置いて、店員は肩をすくめた。「後悔するなよ。」そう言って、店員の男性はなみなみと注がれたエールを目の前に置いた。困ったわ。エールなんて飲んだことはないのに。でも、仕方ない。昼間の怪しい男が来て、取り引きをするまでは、ここにいないと。私は恐る恐るエールに口をつける。苦い。これのどこが美味しいのかしら。そう思いながらも、しばらく飲んでいると、昼間の怪しい二人が店内に別々に入って来て、離れた席に座り、エールを飲み始める。二人はどのタイミングでブツを渡すのかしら?二人から目を離さないでいると、髭面の男性が先に席を立ち、もう一人の男性が座るテーブルの上にさりげなく袋を置いて、そのまま会
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9.二日酔い
朝からレナータは吐き気で目が覚めた。今日はオズワルド様がお休みしていいと言ったから良かったけれど、そうでなかったらどうなっていたことか。とにかく、起きていてもつらいだけなので、再び布団に潜り込んだ。それでも、昼過ぎになるとお腹が空いてたまらなくなっていた。いつも王宮の食堂でお昼を食べていたから、この家には元々食料はほとんどない。おまけに昨日は、悪事を暴こうと意気込んでいたから、せっかくのお休みだったのにも関わらず、買い物にすら行ってなくて、もう食べるものなんて、この家には少しも残っていなかった。どうしよう。まだ少し具合が悪いから、買い物なんて行きたくないし、お腹はさっきからぐうぅうと鳴っているし、そう思っているうちに辺りはどんどん暗くなり、お店なんてとっくに閉まってる。もうしょうがない。お腹が空いても一日ぐらいなら、何とかなるはず。王宮の食堂が、朝からやっていることを祈るしかないわ。そう思い、ベッドの中でゴロゴロしていた。その時、ドンドンとドアを叩く音が響く。「レナータ、開けれるかい?。いるんだろ?」ダグラスさんの声だわ。でも、この格好だから、会うなんてできない。今着ているさえない部屋着を見て、溜息をつく。「ダグラスさん、ごめんなさい。とても見せれる格好ではないの。何か用かしら?」ドア越しに答える。「大丈夫かい?オズワルド様が心配していてね。食べ物を持って来たんだ。ここに置いておくから、食べれたら食べるんだよ。」「ありがとうございます。」「じゃあ、もう一日休んでいいからね。」「はい。」そう言い残すと、ダグラスさんは去っていった。ありがたいわ。どうして私がお腹が空いているってわかったのかしら。オズワルド様には何でもお見通しということ?そう思いながらドアを開け、玄関前に置かれていたバスケットを持つと、部屋へ戻る。バスケットの中には香ばしいパンとフルーツ、調理された肉の入った小さな鍋が入っていた。なんてありがたいの。すぐにテーブルにそれらを広げて、椅子に座り食べ始める。美味しいわ。お肉もしっかりと煮込んであって、二日酔いの私でも食べやすい。それらを頬張り、お腹いっぱいになる頃には、吐き気や目眩もすっかりと良くなり、やる気が出てくる。やっぱり人間は食べると元気になるものね。オズワルド様の心遣
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10.叩いたシシリー嬢
「あなた、スアレス様にちょっかい出したわね?」「何言ってるの?別にあなたがスアレス様と正式に婚約でもしない限り、私にもチャンスがあるんじゃない?」「何ですって、スアレス様とはとても親しいのよ。私のものも同然だわ。」「ふうん、そう言い切れるのかしら。」パシャ、怒りに任せた女性がもう一人の女性に水を浴びせると、そのまま背を向けて立ち去った。王宮の食堂で昼食を取っていると、女性同士の罵り合いが聞こえて来て、レナータが視線を向けると、水を浴びせられてその場に残っているのは、かつて私を平手打ちしたシシリーさんだった。あの後、テオドロさんから気をつけるようにと指導をされていて、その時、名前も聞いていた。シシリーさんたら、懲りずにまた揉めているのね。私は立ち上がると、彼女にハンカチを渡す。「これ、使って。」差し出したハンカチに、シシリーさんは目を細めて睨んできた。「なによ、どういうつもり?私を嫌いなくせに。」「そうかもしれないけど、ハンカチぐらい渡すわ。とりあえず、顔を拭いて。」シシリーさんはハンカチをひったくるように私の手から奪うと、水で濡れた顔を拭きだした。「ふん、あなたも心の中で笑っているんでしょ?」「別に。」「どうだか。あなたを叩いて自宅謹慎になった後、再び王宮に戻ったら、みんなが私を避けるようになったわ。今だって、みんな遠巻きに見ているけれど、あなた以外に私にハンカチを貸そうとしてくれる人は、一人もいないのよ。以前だったら、男性達が競うように声をかけてくれたのに。暴力を振るう女が怖いんですって。笑っちゃうわ。だから、さっきのちょっかい出したとかも嘘よ。もう私が何をしても、誰も振り向かないわ。せいせいするでしょ?」彼女の声に、少しだけ悔しさが滲んでいた。「別に。私はもうあなたのことを、何とも思っていないの。忘れていたわ。」シシリーさんは驚いたように私の顔を見た。「あなたって見かけによらず強いのね。」「強いんじゃないわ、慣れてるだけ。私は小さい頃から、勉学に夢中になっていたから、いつも不満の捌け口にされて来たわ。でも、そんなのにいちいち構っていないの。私はここで働いて、一人で生きて行くっていう夢があったから。」「ふうん、どうしてここなの?」「昔、友達がそんなに学びが好きで頭がいいなら、王宮で働
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