原因は、5歳の娘のせいで夫が愛人を空港に迎えに行くのが遅れた事だった。苛立った夫が娘を別荘の排水溝に追いやったのだ。囲われた壁の内側から、かすかに娘の助けを呼ぶ声が聞こえる。娘を助けようと、必死で壁を壊そうとする私を、夫は地面に突き倒した。手の傷口から流れる血が、愛人のために用意した花束を濡らし、それを見て青柳聡(あおやぎ さとし)は吐き捨てるように言った。「ただの家政婦であるお前に、母親面をして家の事に口出しする権利があると思うか?あの時、お前が俺を誘惑して妊娠し、俺に結婚を迫らなければ、俺は普通に真美と出会えていた筈なんだ。真美にこんな惨めな思いをさせる事だってなかっただろう?」 一瞬、頭の中が真っ白になり、私は信じられない気持ちで聡を見つめた。 彼は藤野真美(ふじの まみ)の手をとり、彼女の娘を胸に抱きよせ、「君達への償いは、必ず果たすよ」と言った。 その後、藤野真美の娘は聡の胸に顔をうずめながら、誇らしげに彼を「パパ」と呼んだ。 私に抱かれた娘の身体はすっかり冷たくなっていて、もう口をきくことができなくなっていた。聡さん、お望み通り、私はあなたの妻をやめる。 …… 救命室の明かりが消え、医師は首を振りながらため息をついた。「青柳さん、手は尽くしたのですが、残念です」 ついさっきまでいつもと変わらず元気だった雨音(あまね)が、ベッドの上に横たわっている。まるで眠っているようだった。「雨音、まだ寝ちゃだめよ。ママ、あなたが楽しみにしていたバースデーケーキを買って来たのに、まだ願い事もしていないじゃない」 震える指でフォークを雨音の手に持たせようとしたが、驚くほど冷たい感触が手に伝わってきた。 その瞬間、私は内臓を引き裂くような鋭い痛みに襲われ、こぼれる涙が次々と娘の手を覆った。 一時間前、別荘のひび割れたコンクリートの隙間から娘を見つけた時、娘の身体はすでに死後硬直が始まっていた。 娘の死因は喘息だった。 だけど何故、怖がりの雨音が、あんな所にいたのだろう? 私が生理食塩水を浸した綿棒で、娘の指の間に固まったセメントをぬぐい取ってやった時、雨音が傷だらけの手に持っていたチョコレートキャンディの包み紙を見て、私は背筋が凍り付いた。 包み紙にはAOYAGIグループのロゴが印刷され
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