私はちょうど病院の入口に差し掛かったところだった。その瞬間、鋭く突き刺さるような痛みが肺を襲い、思わず足が止まった。激しい咳が止まらず、呼吸さえもままならない。壁にもたれ、肩で息をしながら額には汗がにじむ。そんなとき、背後から穏やかな男性の声が響いた。「美月?」佐藤健太(さとうけんた)だった。私・中村美月(なかむらみづき)の婚約者であり、この町で裏の世界を牛耳るマフィアのボス。私はとっさに身を引こうとした。けれど、その前に大きな手が私の手首をしっかりと掴んだ。「美月、なんでここに?紗季がずっと探してた。あなたはまた病院から抜け出したのか?治療が嫌で逃げたんだろ?」私は何も言えずに視線を落とした。中村紗季(なかむらさき)の「治療」なんて、実際はただの虐待だ。でも、そんなことを言っても誰も信じてくれない。もうすぐ死ぬ私が何を言っても、無駄にしか思えなかった。肺の痛みはどんどん酷くなり、私は堪えきれずに身体を折り曲げた。健太はそんな私を見て、また仮病だと思ったようで、困ったように眉をひそめて言った。「美月、もうやめようよ。紗季はあなたのお姉さんだよ?あなたを傷つけるわけないだろ?とにかく戻ろう。紗季があなたの被害妄想が悪化してるからって、新しい治療プランを立てたんだ。ちゃんと治療すれば良くなるって」健太は私の手を引き、強引に診察室へ連れ戻した。紗季は誰かと話していたが、私の姿を見るなり表情が一瞬だけ歪んだ。でもすぐに、作り物のような優しさで取り繕った。「美月、一人で外に出るなんて危ないでしょ?」私は彼女を見ようともせず、ただ黙っていた。けれど紗季は気にも留めず、淡々と続ける。「また発作が起きたのね。私が彼女を傷つけるって思い込んでるの。新しい治療を始めるしかないわ」「違う!」私はかすかに否定しようとした。だが、紗季は私の言葉を遮った。「やっぱり、治療への抵抗が強いわね。症状が悪化してる証拠だわ。健太、彼女を見張ってて。私は準備してくる」私は言葉を失い、下を向いたまま涙を流した。紗季の「治療」は、私を椅子に縛りつけられ、正体不明の薬を次々に注射されることだった。味覚を失い、咳き込みがひどくなり、食事すら喉を通らない。しかし両親も健太も、それを「正し
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