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第3話

Author: ジャスミンさん
再び目を覚ましたとき、私は病室のベッドに横たわっていた。

扉の外から、紗季の声が聞こえてくる。

「健太、ごめんなさい……私も分からないの。美月が急に倒れたのは、たぶん薬のアレルギー反応かも……」

健太の声は少し冷たかった。

「薬のアレルギー?紗季、どうして美月にそんな勝手な薬を使ったんだ?」

「もともと体が弱い子なのに……」

紗季は泣きそうな声で言い訳を続けた。

「そんなつもりじゃなかったの、健太……ほんとに。私だって、美月に元気になってもらって、最高の状態で結婚式に出てもらいたかっただけなの……」

健太はため息をついた。

「今度から気をつけてくれ。美月は病気で体力も落ちてるんだ。無理はさせちゃダメだよ」

それだけ?

たったそれだけで、彼は紗季を許したの?

別の医者に診てもらおうとは思わないの?

たったそれだけで済ませるの?

もしちゃんと検査してくれたら、私が本当に末期の肺がんなのが分かるはずなのに。

胸の奥がぎゅっと締めつけられた。

私はそっと目を閉じ、頬を伝う涙を止められなかった。

でも、たとえ気づいたとしてももう遅い。私は死ぬ運命から逃げられないんだから。

しばらくして、扉が開いた。

健太がそっと入ってきて、私が目を覚ましたのを見て、彼は心配そうに私を見つめた。

「美月、目が覚めたんだね。気分はどう?」

私は首を振ってから尋ねた。

「先生は私の容態なんて言ってた?」

一瞬、彼の目が揺れた。

でもすぐに、無理やり笑顔を作って答えた。

「大丈夫。精神的なストレスで一時的に意識を失っただけだって。ちゃんと治療を続ければ問題ないってさ」

そう。やっぱり、私が紗季を責めないようにって……

そのために、平気で嘘をつけるんだね。

私が黙っていると、健太は話題を変えようとした。

「もうすぐ僕たちの結婚式だよね。さっき式場から連絡があって、ウェディングドレスが仕上がったって。試着に行こうよ」

私はそっとうなずいた。

健太と手を取り合ってバージンロードを歩くことはできないかもしれないけれど、せめてドレス姿を写真に残せたら、それだけでも十分だと思った。

鼻の奥がつんとして、思わず口を開いた。

「健太……私が死んだら、悲しんでくれる?」

彼の表情が一変し、私の手を強く握った。

「美月、そんなこと言わないで。あなたは死なないよ、絶対に」

「でも……もし、死んじゃったら?」

「私、肺がんなんだよ……」

「佐藤さん!紗季先生が倒れました!」

看護師の声が廊下から響いた。

健太は顔色を変え、慌てて飛び出していった。

私の言葉の続きを、彼は聞いていなかった。

私は呆然と彼の背中を見送った。

どれくらい時間が経っても、彼は戻ってこなかった。

私はベッドを降り、ドアまで歩いて行き、通りかかった看護師を呼び止めた。

「健太……どこに行きましたか?」

「佐藤さんは紗季先生の看病をしていらっしゃいますよ」

私は無言でスマホを取り出し、SNSを開いた。

ちょうど更新されたばかりの紗季の投稿が目に飛び込んできた。

そこには、レストランで笑顔を浮かべる彼女と健太が並んで写っていた。

【ずっと来たかったお店、やっと来れた!健太、ごちそうさまでした!】

手が震え、スマホが床に落ちた。

胸の奥がぎゅっと締めつけられ、次の瞬間、私は大きく咳き込み、血を吐いた。

健太……

もし、あなたが私の病状を本当に知っていたら、こんなときに紗季と過ごすことを選んだりしなかった?

私の残された時間があとわずかだと知ったら、少しは後悔してくれるのかな……

私は痛み止めを飲み、病院を出た。

向かったのは家ではなく、結婚式の準備をしているウェディングプランナーのもとだった。

試着したウェディングドレスは少し緩くなっていて、鏡の中の私は、それでも綺麗だった。

スタッフが私のドレスの裾を整えながら、ぽつりと言った。

「美月さん、本当に細いですね……そこまでダイエットしちゃ体に悪いですよ。何度もサイズを直したのに、今日また痩せたみたいで」

私は笑って誤魔化しながら、心の奥に広がる痛みをどうすることもできなかった。

見ず知らずの他人でさえ、私がやせ細っていくことに気づいてくれるのに。どうして、家族も、健太も、それに気づこうとしないの?

ドレスを抱えて帰宅すると、リビングには紗季と健太が並んでソファに座っていた。

二人の表情は険しかった。

私の姿を見た紗季の目が、わずかに冷たく光った。

健太が口を開く。

「美月……あなたが病院に薬剤ミスの報告をしたのか?」

「何のこと?」

「とぼけるなよ」

健太の声が冷たくなる。

「病院に、不適切な薬を使ったっていう告発書類が届いたんだ。こんなことをするのは、あなたしかいないだろ?」

「健太、そんな言い方はやめて」

紗季がかばうように私を見た。

「美月、今回は確かに私のミスだった。けど、病院に告発なんて、あんまりよ……

もし本当に処分されたら、私は医者としての資格を失うかもしれないのよ?」

私は唇を噛み締めた。

私は何もしてないのに。

「私じゃない……」

「また嘘をつくのか!」

健太の怒りが爆発した。

「あなたはいつもそうだ。なんでいつも紗季に突っかかるんだよ?彼女はあなたのお姉さんなんだぞ!」

彼は私の腕を掴み、部屋に連れて行こうとした。

「美月、ちょっと頭を冷やしたほうがいい。ここでしっかり反省して、間違いに気づいたら出てくればいい」

そう言って、私を部屋に押し込み、ドアを閉めた。

私は膝を抱えて座り込み、涙が静かに床に落ちていく。

その中に、赤い滴が混じっていた。

口と鼻から血が溢れ、白いウェディングドレスに広がっていく。

私はそのまま力なく横たわり、視線の先にある時計の針をぼんやりと見つめた。

死まで、あと8時間。

もうすぐ、すべてが終わる。

夜ごはんの前、健太がふと二階の部屋を見上げた。

「美月の様子、見てくるよ」

両親もうなずく。

「行ってあげて。ご飯も持っていって。明日は結婚式だし、空腹じゃ式の最中に倒れちゃうよ」

「待って」

紗季がすっと立ち上がる。

「私が先に食事を届けておいたから、行かなくていいわ」

そして健太の腕をそっと取って、優しく囁いた。

「健太、あなたってすごく優しいけど……だからこそ、美月はその優しさにつけ込もうとするの。今は突き放して、反省させないと、ずっと甘えるわよ?」

健太はしばらく無言で天井を見つめていたが、やがて、静かに座り直した。

「わかった」

翌朝。

健太は早起きして、結婚式の準備に追われていた。

家の中もお祝いムードに包まれている。

出発の時間が迫るなか、両親が言った。

「美月、まだ降りてきてないの?またすねてるのかしら?健太、ちょっと様子を見てきて」

健太は階段を上がりながら、なぜか胸騒ぎを覚えていた。

その違和感はドアの前に立ったときにさらに強くなった。

手を伸ばし、ノブを回す。

扉が開いた瞬間、鼻を突く鉄のような匂いが広がった。

視線の先には、血に染まった純白のウェディングドレス。

そして、部屋の中には、床一面に広がる赤。

息が詰まった。

まるで見えない手が喉元を締めつけるような衝撃。

「美月!」
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