Share

愛が消えた時
愛が消えた時
Author: ジャスミンさん

第1話

Author: ジャスミンさん
私はちょうど病院の入口に差し掛かったところだった。

その瞬間、鋭く突き刺さるような痛みが肺を襲い、思わず足が止まった。

激しい咳が止まらず、呼吸さえもままならない。

壁にもたれ、肩で息をしながら額には汗がにじむ。

そんなとき、背後から穏やかな男性の声が響いた。

「美月?」

佐藤健太(さとうけんた)だった。

私・中村美月(なかむらみづき)の婚約者であり、この町で裏の世界を牛耳るマフィアのボス。

私はとっさに身を引こうとした。

けれど、その前に大きな手が私の手首をしっかりと掴んだ。

「美月、なんでここに?紗季がずっと探してた。あなたはまた病院から抜け出したのか?治療が嫌で逃げたんだろ?」

私は何も言えずに視線を落とした。

中村紗季(なかむらさき)の「治療」なんて、実際はただの虐待だ。

でも、そんなことを言っても誰も信じてくれない。

もうすぐ死ぬ私が何を言っても、無駄にしか思えなかった。

肺の痛みはどんどん酷くなり、私は堪えきれずに身体を折り曲げた。

健太はそんな私を見て、また仮病だと思ったようで、困ったように眉をひそめて言った。

「美月、もうやめようよ。紗季はあなたのお姉さんだよ?あなたを傷つけるわけないだろ?とにかく戻ろう。紗季があなたの被害妄想が悪化してるからって、新しい治療プランを立てたんだ。ちゃんと治療すれば良くなるって」

健太は私の手を引き、強引に診察室へ連れ戻した。

紗季は誰かと話していたが、私の姿を見るなり表情が一瞬だけ歪んだ。

でもすぐに、作り物のような優しさで取り繕った。

「美月、一人で外に出るなんて危ないでしょ?」

私は彼女を見ようともせず、ただ黙っていた。

けれど紗季は気にも留めず、淡々と続ける。

「また発作が起きたのね。私が彼女を傷つけるって思い込んでるの。新しい治療を始めるしかないわ」

「違う!」

私はかすかに否定しようとした。

だが、紗季は私の言葉を遮った。

「やっぱり、治療への抵抗が強いわね。症状が悪化してる証拠だわ。健太、彼女を見張ってて。私は準備してくる」

私は言葉を失い、下を向いたまま涙を流した。

紗季の「治療」は、私を椅子に縛りつけられ、正体不明の薬を次々に注射されることだった。

味覚を失い、咳き込みがひどくなり、食事すら喉を通らない。

しかし両親も健太も、それを「正しい治療」だと信じていた。

私はただ黙って受け入れるしかなかった。

十二歳のとき、私は人攫いに連れて行かれた。

物乞いを強制され、逆らえば殴られ、食事も与えられない日々。

やっとの思いで逃げ出して帰宅したとき、そこには見知らぬ少女がいた。

彼女の名前は紗季。

両親は「美月がいない間、寂しくて……代わりに娘を迎えた」と言った。

姉ができたなら、もっと愛されるだろう、私はそう思った。

でも、現実は違った。

紗季はいつも私の悪口を親に吹き込み、自分は優しく、気遣いのできる理想の娘を演じた。

いつの間にか両親は私を「乱暴で、誘拐されたせいで性格がねじ曲がった子」と決めつけるようになった。

健太も、私の幼馴染で婚約者のはずの彼さえも、知らないうちに紗季を褒めるようになっていた。

帰宅して間もなく、私は咳と血に悩まされるようになった。

呼吸が苦しく、夜は眠れないほど咳き込んだ。

両親は紗季の働く私立病院で検査を受けさせた。

結果は「ただの肺の炎症」で、抗生物質を飲めば治ると言われた。

でも、私は信じられなかった。

あんなに血を吐いているのに?

夜通し咳き込んで、息もできないのに?

何度も再検査を訴えたけれど、紗季は私に言った。

「あなたは精神の病気よ。被害妄想がひどくなってるの」

そして両親は言った。

「紗季は名医だ。彼女の言う通りにするんだよ」と。

私は治療を拒んで何度も逃げようとしたが、そのたびに健太が連れ戻した。

今回も彼は私を責めるように言ってくる。

「紗季はあなたのために、あれだけ頑張ってるのに……それを無視して逃げるなんて、ひどいと思わない?美月、いい子にして、もう騒がないで。ね?」

私は彼を悲しそうに見つめていた。

かつて「ずっとあなたを信じる」と言ってくれた健太に、わずかな希望をかけて。

けれど今の彼は紗季の言葉しか信じていない。

「健太、彼女を縛っておいて。すぐ逃げようとするから」

健太は私に優しく言った。

「美月、治療は辛いって分かってるよ。でもあと少しだけ、頑張ってくれない?三日後は僕たちの結婚式なんだから」

涙が止まらなかった。

心は恐怖でいっぱいだった。

それでも、私は静かにうなずいた。

「うん、治療、受ける」

私は自分からベッドに横たわり、抵抗せず手足を固定されるままにした。

健太は嬉しそうに顔をほころばせた。

「美月、やっと素直になってくれたんだね。本当にえらいよ」

彼が驚くのも当然だった。

以前の私は治療のたびに暴れ、何人もの手で押さえつけなければならなかったのだから。

手首にロープが食い込むたび、私はぽつりとつぶやいた。

「健太……治療、すごく痛いの……」

私はそっと目を閉じ、心の中でこっそり思った。

私が死んだあの日、内臓から出血して、息もできなくなって……きっと、こんなふうに痛かったのかな。

でもわからないのは、治療のときの痛みと死ぬ瞬間の痛み、どっちのほうが辛かったのかってこと……

健太は去る前に私の頬にキスをしてから言った。

「美月、本当によく頑張ったね。ちょっと痛むかもしれないけど、すぐ終わるから。

美月なら絶対に乗り越えられる。外で待ってるよ」

彼が部屋を出ていったあと、紗季の顔が変わった。

彼女は見下すように私を見つめ、冷笑を浮かべた。

「美月、あのまま乞食でいればよかったのに。なんで帰ってきて私の居場所を奪おうとするの?中村家の娘は一人だけ。健太の婚約者も私だけよ」

私は唇を噛みしめ、何も言わなかった。

紗季は勝手に話を続ける。

「あなた、健太のこと好きなんでしょ?でも、あなたが死んだらどうなると思う?彼は泣いちゃうかな?でも安心して。あなたが死んだら、私がちゃんと慰めてあげる」

そう言って、紗季はボタンを押した。

治療台の下から這い出した電線が、青白い光を放ちながら電流を走らせた。

全身がビクビクと痙攣し、私は必死に叫ぶのを堪えた。

でも紗季は容赦なく出力を上げていく。

「あ!」

ついに悲鳴が漏れたとき、紗季はガーゼを私の口に無理やり詰め込んだ。

私は歯を食いしばり、苦しみながらも必死に耐えた。

焦げた匂いが鼻を刺し、口の中には血の味が広がっていった。
Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 愛が消えた時   第7話

    健太は墓地をあとにし、車を走らせて紗季を監禁している地下室へと向かった。地下室に入った瞬間、湿った空気と鼻を突くような血の匂いが彼を迎えた。隅の暗がりで、紗季はぼろ布のような服を身にまとい、髪は乱れ、身体を小さく丸めていた。手足は無残にも折られ、傷口からは血が滲み、見るも無惨な姿だった。この間、健太の命令で、部下たちはわずかな食事と水だけを与え、生かさず殺さずの状態を続けていた。足音に気づいた紗季が顔を上げた。健太の姿を確認した瞬間、怯えが彼女の瞳に浮かんだ。しかしすぐに、その顔を歪ませて、彼の足元に縋りついた。「健太……お願い、私が悪かったの……!もう二度と裏切らないから……お願い、助けて……」健太は彼女を冷ややかに見下ろした。その目には、もはや感情など微塵も残っていなかった。「鞭を持ってこい」命じられた部下がすぐに、塩水に浸した鞭を手渡した。健太はそれを受け取り、まるで物体を見るような無機質な目で紗季を見下ろす。「紗季、あなたは覚えてるか?美月に何をしたか……」その声は氷のように冷たく、低く、地獄から響くようだった。「あなたが彼女に与えた痛み……今度はあなたが味わう番だ」そう言い放つと同時に、健太は鞭を振り上げ、全力で彼女の背に叩きつけた。「ぎゃああああ!」紗季の絶叫が地下室に響いた。だが健太は構わず、何度も何度も鞭を振るい続けた。その一撃一撃に、怒りと憎しみが込められていた。ほどなくして、紗季は気を失った。「起こせ」健太の命令に従い、部下が電撃器を取り出して紗季に電流を流した。彼女の身体が跳ね、苦しみながら意識を取り戻す。そして次の瞬間、健太の氷のような瞳と目が合い、紗季の心にかつてない恐怖が襲った。「健太……お願い……もう、やめて……」その哀願も健太の心には一片の響きも残さなかった。この地獄のような拷問は、半月もの間続いた。紗季の体中の傷は一向に癒えることなく、そのたびに痛みにのたうち、夜も眠れぬほど苦しみ続けた。だが、健太にとっては、それでもまだ足りなかった。美月が受けた痛みを思えば、こんな苦しみでは到底足りない。そしてついに、限界を迎えた紗季が絶叫する。「健太!あなた、何様のつもりよ!美月のこと、そんなに愛してたって思っ

  • 愛が消えた時   第6話

    健太は美月が亡くなる前に何があったのか、そのすべてを調べ始めた。病院で美月の治療に関わった医師たちをひとりずつ洗い出し、ようやく真実に辿り着いた。紗季は治療などしていなかった。彼女がやっていたのは美月に対する、残酷な虐待だった。健太は診察室の監視カメラの映像を手に入れた。そこに映っていたのは、椅子に縛り付けられた美月と、興奮した表情で電撃器を振りかざす紗季の姿。美月は苦しみ、泣き叫び、何度も身体をのけぞらせていた。だが紗季はそんな美月を見て、さらに笑みを深めた。彼女は注射器を取り出し、何かの薬液を美月の腕に注入した。薬が入った瞬間、美月の苦しみはさらに激しくなった。それでも紗季は狂ったように笑い続けていた。映像を見つめる健太の拳は、震え、血がにじむほどに握りしめられていた。胸が潰れるほど苦しかった。美月はこんなにも長い間、誰にも気づかれずに、ひとりでこんな地獄を耐えていたのか。健太はその映像と資料を持ち、中村家の両親を訪れた。モニターに映る、悪魔のような紗季の姿を見て、二人の老人は言葉を失い、震えながらその場に立ち尽くした。「うそだ……あの紗季が……こんな……こんなの……信じられない!」自分たちが二十年以上、愛してきた娘は、実は本物の娘を地獄に突き落とす化け物だったのだ。「……紗季……なんで……なんでこんなことを……美月……母さんが……母さんが悪かったよ……」母は顔を覆って泣き崩れ、父は震える声で健太に尋ねた。「健太……これから……紗季をどうするつもりだ?」健太は二人を一瞥した。その目は冷たく、感情の一切を切り捨てたようだった。「償わせます。紗季が美月にしたことを千倍、いや万倍にして返させます!もう……あなたたちが口を挟む権利はない」二人の老人は何も言い返せなかった。健太は美月の葬儀の準備を始めた。最高級の棺、刺繍の入った精緻な寿衣、そして美しいダイヤのティアラ。美月はこの世界で最も大切な宝物だった。葬儀当日。空はどんよりと曇り、小雨が静かに降っていた。真っ白な棺がゆっくりと墓地へと運ばれていく。母は父の腕にすがりつき、泣き叫びながら今にも気を失いそうだった。「美月、美月……ごめんね、ごめんね!」どれだけ叫んでも、美月の耳にはもう届かな

  • 愛が消えた時   第5話

    紗季は数秒間呆然としたままだった。だが状況を理解した途端、その瞳の奥にほんの一瞬、嬉しそうな光がきらめいた。しかし次の瞬間には、まるで世界の終わりを迎えたかのように顔を覆い、涙声を装った。「え?美月が……死んだ?うそ……そんなはずない……」口元を押さえ、潤んだ瞳で悲しみを演じる彼女。だが健太の目はその演技の下に隠された、抑えきれない喜びの笑みを見逃さなかった。彼の心がずしりと沈む。「まだ、そんな芝居を続けるつもりか!」怒気を含んだ声と共に、健太の手が彼女の喉元を掴んだ。その手は容赦なく力を込めていき、壁に押しつけた。紗季は苦しげにあえぎ、顔がみるみるうちに真っ赤に染まる。恐怖の色が瞳に浮かんだが、それでもなお、しらを切る。「健太……な、なにを言ってるのか……分からな……」だが健太の手はさらに強く締まる。喉が潰れそうなほど掴まれ、紗季の身体は激しく痙攣し始めた。そして寸前で、彼は手を放した。紗季は床に崩れ落ち、咳き込みながら必死に空気を吸い込む。肩を震わせ、恐怖と憎しみが入り混じった目で健太を睨みつけた。「どうして……?」健太の声は低く、しかし胸の奥から沸き上がる怒りがこもっていた。「どうして、美月にあんなことをした?彼女はあなたの妹なんだぞ!」紗季はしばらく咳き込みながら、ぼろぼろの姿で床にうずくまっていた。しかし、次の瞬間、彼女は突然顔を上げ、狂気をはらんだ笑みを浮かべた。「どうして?決まってるじゃない……嫌いだったからよ!なんで?私よりずっと恵まれてたからよ!彼女には大事にしてくれる両親もいて、しかもあなたという婚約者までいるのよ!私は?何もない。何ひとつ持ってなかった……だから、全部奪ってやるって決めたの。あの子のすべてを壊して、自分のものにするって!」その声は鋭く、耳を裂くように甲高かった。健太は黙って彼女を見下ろしていた。その目には、もう一片の情もなかった。「手足を折って、地下に閉じ込めろ」「了解しました」背後に控えていた部下たちが一斉に動き出し、紗季の両腕を掴んだ。ようやく事態を察した紗季は、今さらのように必死にもがき始める。「やめてっ!健太、お願い、許して……!私はあなたが好きだったの……だから、だから美月を……全部、あなたのため

  • 愛が消えた時   第4話

    部屋の中で、私は静かに床に横たわっていた。顔は血の気が引いたように真っ白で、唇の端に滲んだ赤だけが唯一の色味だった。床には血が広がり、部屋中が鉄のような匂いで満たされている。「美月!」健太は信じられないといった表情で目を見開き、その場に崩れ落ちるように膝をついた。震える手で、そっと私の鼻先に手を当てる。けれど、そこには、もう温もりも呼吸もなかった。「そんな……嘘だろ……」顔が真っ白になった健太は、突然狂ったように私を抱き上げて立ち上がった。「美月、美月、やめてくれ……こんな冗談、やめてくれよ……お願いだから目を開けて、今すぐ病院に行こう、まだ間に合うはずだ!」階下では、物音を聞いた両親が駆けつけ、目の前の光景に言葉を失った。「美月?美月どうしたの?」健太は血に染まった私の手を強く握りしめたまま、まるで温もりを取り戻そうとするように走り続けた。「美月……お願いだから目を開けて……僕が悪かった、あんなふうに閉じ込めるべきじゃなかった。でも、こんなやり方で僕を罰するなんて、あまりにも残酷すぎるよ……目を開けてくれよ……昨日、あなたは聞いたよね。もし死んだら、私のこと思い出してくれる?って……僕は……ずっと思い出すよ、ずっと忘れられない……あなたがいなきゃ、僕はもう……」その声は震え、深い後悔と絶望がにじんでいた。だが返ってくるのは、静寂だけだった。病院に到着したとき、医者が私の身体を確認し、静かに首を振った。「もうダメです。呼吸も、脈も、止まっています」「ありえない!」健太が怒鳴った。「彼女は精神的に不安定なだけだったんだ!どうして……どうして死ぬなんて!」医者は不思議そうに彼を見て、手元のカルテを差し出した。「何をおっしゃってるんですか?この患者さんは、末期の肺がんです。余命は数日と記録されていましたよ」「な、なに?」健太の全身が震え、カルテを奪い取るように見た。そこにははっきりと、「肺がん末期」という文字が記されていた。「私の娘が!」母はその場で悲鳴をあげ、目の前が真っ暗になったようにそのまま倒れ込んだ。健太は震える手でカルテを受け取り、信じられないというように私を見つめた。「美月……まさか……」母が目を覚ましたころには、私はすでに白い布をかけられ、

  • 愛が消えた時   第3話

    再び目を覚ましたとき、私は病室のベッドに横たわっていた。扉の外から、紗季の声が聞こえてくる。「健太、ごめんなさい……私も分からないの。美月が急に倒れたのは、たぶん薬のアレルギー反応かも……」健太の声は少し冷たかった。「薬のアレルギー?紗季、どうして美月にそんな勝手な薬を使ったんだ?」「もともと体が弱い子なのに……」紗季は泣きそうな声で言い訳を続けた。「そんなつもりじゃなかったの、健太……ほんとに。私だって、美月に元気になってもらって、最高の状態で結婚式に出てもらいたかっただけなの……」健太はため息をついた。「今度から気をつけてくれ。美月は病気で体力も落ちてるんだ。無理はさせちゃダメだよ」それだけ?たったそれだけで、彼は紗季を許したの?別の医者に診てもらおうとは思わないの?たったそれだけで済ませるの?もしちゃんと検査してくれたら、私が本当に末期の肺がんなのが分かるはずなのに。胸の奥がぎゅっと締めつけられた。私はそっと目を閉じ、頬を伝う涙を止められなかった。でも、たとえ気づいたとしてももう遅い。私は死ぬ運命から逃げられないんだから。しばらくして、扉が開いた。健太がそっと入ってきて、私が目を覚ましたのを見て、彼は心配そうに私を見つめた。「美月、目が覚めたんだね。気分はどう?」私は首を振ってから尋ねた。「先生は私の容態なんて言ってた?」一瞬、彼の目が揺れた。でもすぐに、無理やり笑顔を作って答えた。「大丈夫。精神的なストレスで一時的に意識を失っただけだって。ちゃんと治療を続ければ問題ないってさ」そう。やっぱり、私が紗季を責めないようにって……そのために、平気で嘘をつけるんだね。私が黙っていると、健太は話題を変えようとした。「もうすぐ僕たちの結婚式だよね。さっき式場から連絡があって、ウェディングドレスが仕上がったって。試着に行こうよ」私はそっとうなずいた。健太と手を取り合ってバージンロードを歩くことはできないかもしれないけれど、せめてドレス姿を写真に残せたら、それだけでも十分だと思った。鼻の奥がつんとして、思わず口を開いた。「健太……私が死んだら、悲しんでくれる?」彼の表情が一変し、私の手を強く握った。「美月、そんなこと言わないで。あなたは

  • 愛が消えた時   第2話

    どれほど時間が経ったのか分からないが、ようやく電流が止まった。私は全身汗まみれで、大きく息を吐きながら、まるで水の中から引き上げられたかのようにぐったりとしていた。紗季は私の口に詰めていたガーゼを乱暴に引き抜き、汚らわしそうに床に放った。「なんで……紗季……」私は荒い息の合間に、かすれた声で問いかけた。「私は何を間違えたの?どうしてそんなに私を憎むの?」彼女は私を見下ろしながら、冷たく吐き捨てた。「美月……どうして両親があなたを探し出したのか、本当に理解できない。あなたなんか、とっくにいなくなってたのに!一度捨てられたものは、二度と戻るべきじゃないのよ。この世界に余計な人間なんて必要ない!」そう言い捨てると、彼女はドアを乱暴に閉めて出ていった。その言葉が何度も何度も頭の中を反響する。余計な人間。消えるべき存在。でも私は……私は両親の本当の娘なのに……誘拐されたのは私のせいなの?やっと戻ってきた自分の家なのに、帰ることさえ許されないの?意識が遠のき、私はそのまま気を失った。どれくらい経っただろうか。外から紗季の声が聞こえてきた。「健太、ねえ……今夜、私と一緒にいてくれない?」ガラス越しに、紗季が健太の首に手を回す姿が見えた。その仕草はどう見てもただの友達ではなかった。けれど、健太はすぐに彼女の手を振り払った。「紗季、僕は前にも言ったはずだ。僕が愛してるのは美月だけだ!僕の心の中には美月しかいない。僕たちはもうすぐ結婚するんだ。頼むから、これ以上距離を詰めないでくれ」彼はそう言い残すと、振り返ることもなくその場を去っていった。私は呆然と立ち尽くした。本当に、健太の心には私だけがいるの?でも、もしそうなら、どうして私の言葉は、彼の心に届かないの?あれほど信じていると言ってくれたのに、どうして紗季の「治療」ばかりを信じて、私の苦しみを見ようとしないの?もし、彼がいつか気づいたら、この「治療」が、私の命を早く終わらせるものだったとしたら、彼は後悔してくれるのかな……胸が切り裂かれるように痛い。私は静かにドアを閉め、自分の部屋へ戻った。ベッドの下から、隠していた診断書を取り出す。肺がん・末期。その文字が目に突き刺さるようだった。医者は言った。

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status