Lahat ng Kabanata ng 抱きしめて、そして放して: Kabanata 11 - Kabanata 20

25 Kabanata

第11話

孝幸が石垣の向こうから、ひょこっと顔を出し、目を細めて笑った。「なんで俺がここにいるってわかったんだ?」夕月はため息まじりに答える。「また抜け出したのね」孝幸は口を尖らせ、口に草をくわえた。「抗がん剤はめちゃくちゃ痛いんだよ。どうせ死ぬんだし、何回かサボったっていいだろ!」「でも、どうして毎回塀を越えるの?」夕月が首を傾げる。「そりゃ、警備員に顔覚えられちまったからさ。出るたびに看護師にもう抗がん剤受けたかって聞かれるんだ」孝幸はふっと鼻で笑い、何かを思いついたように体をひねって夕月に手を差し出した。「夕月、こっち来いよ。遊びに連れてってやる!」本当は戻るよう説得するつもりだったのに、気がつけば夕月も手を伸ばしていた。孝幸は軽々と彼女を引き上げ、手をパンパンと払った。「軽すぎだろ!」夕月は微笑んだが、心はふと大学時代へと引き戻されていた。当時は大学の規則が厳しく、隼平との付き合いも人目を忍んでいた。彼は夕月の手を引き、こっそり塀を越えて遊びに出かけた。ある日、新入生の軍事訓練を見回る教官に出くわし、二人は訓練をサボったと勘違いされ、すぐさま連行されてしまった。「主任、処分は俺一人にして。夕月を連れ出したのは俺だ」隼平は背筋を伸ばし、真剣な表情で言った。夕月はうつむいていたが、その言葉を聞いて顔を上げた。「ちがう、私も一緒よ!」「今になって責任を分け合うって?君たち、何を考えているんだ。大学は恋愛しに来るところじゃない!」主任は怒り心頭で、二人を一時間も説教した末、罰は与えずに帰してくれた。その後、恋人同士は珍しくなくなり、学校も見て見ぬふりをするようになった。隼平もやっと堂々と夕月の手を握れるようになった。二人は美男美女カップルとして学内でも有名になった。「おーい?」孝幸が夕月の目の前で手を振る。「ぼーっとしてどうした?さあ行こうぜ!」夕月は我に返り、ふっと笑った。「行こう」……夕月は孝幸とあちこち歩き回った。S国に来てからずっと病院にこもりきりだったせいで、何を見ても新鮮に感じられる。気がつけば二人は海辺にたどり着いていた。夕月は胸が高鳴り、波打ち際に近づいて両腕を広げ、海風を感じた。「きれい」彼女が思わずつぶやく。大学時代、隼平と結
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第12話

夕月はぞっと身震いした。孝幸を探そうとした瞬間、酔っ払いの男が彼女の手を乱暴につかんだ。「きゃっ!」夕月は驚いて振り払おうとしたが、力いっぱい握られて離れない。「これ以上やったら警察呼ぶわよ」夕月は必死に平静を装った。だが男はまったく怯む様子もなく、卑猥な言葉を吐きながらさらに近づいてきた。二人の騒ぎは周囲の人々を引き寄せたが、眉をひそめる者はいても、助けに入る者はいない。夕月は心の中で毒づいた。やっぱりここの人間は冷たい。自国のほうがまだマシだわ。どうやって抜け出そうかと思案していると、男がいやらしく笑い、手をある場所へ伸ばしてきた。「うぐっ!」男が激しい悲鳴を上げ、痛みに耐えかねて手を引っ込め、険しい目で相手をにらむ。「孝幸!」夕月の顔がぱっと明るくなる。孝幸は無表情のまま酔っぱらいを見据え、容赦なく言い放った。「自分の国でよそ者をいじめるなんて、うちの国が黙っちゃいねえぞ」その言葉に怯んだのか、酔っぱらいはしおしおと立ち去っていった。「ブラボー!」人混みの中から拍手が湧き起こる。夕月の気のせいかもしれないが、誰かが写真を撮っているのが見えた。こんな写真が新聞に載って、もし隼平に見られたらまずい。せっかく苦労してS国まで来たのに。迷った末、夕月はその人物に英語で話しかけた。相手は記者で、事情を聞くと素直に写真を消してくれた。孝幸は夕月の思いを察し、邪魔をせず黙って待っていた。人々が散ってから、夕月はわざとからかう。「やるじゃない、弱っちいと思ってたけど、けっこうやるのね」「冗談言うな、俺を誰だと思ってんだ?」孝幸は得意げに髪をかき上げ、その自信満々な様子に夕月は呆れた。まったく、調子に乗るんだから。「ほら、飲んでみろ!」夕月は差し出されたココナッツの実を受け取り、一口すする。甘いジュースが口いっぱいに広がり、思わず笑みがこぼれた。その笑顔を見て、孝幸はほっと息をつく。「笑うじゃん!この数か月で、笑った回数なんて片手で数えられるぞ」夕月は気まずい様子で、「そう?」と呟いた。自分がそんなクールな印象を持たれているとは知らなかった。「まだ早いし、音楽フェスに行かねえか?」孝幸は少し離れた焚き火を囲むステージを指さした。「音楽フェス
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第13話

夕月は首を横に振り、目を閉じて必死に感情を押し殺した。先天性の心臓病は、物心ついた頃から彼女を苦しめ続けてきた。病は暗闇に潜む悪魔のように、姿を現すたびに夕月は無力と恐怖に苛まれた。幼いころ、母はよくこの歌を歌って彼女をあやした。発作のたび、夕月はこの歌を聴いて心を落ち着けてきた。年齢を重ねるにつれ、体は少しずつ良くなり、やがて普通の人のように暮らせるようになった。けれど、結局は普通の人とは違った。大学卒業後、重い発作が彼女の生活を一変させ、やむなく国外で治療を受けることになった。もう二度と戻れないと思い、隼平をこれ以上縛りたくなくて、わざとひどい言葉をぶつけた。そして三年前、体調が回復すると、夕月は真っ先に帰国した。隼平に会った瞬間、抱きしめて、口づけして、謝って許してほしかった。だが返ってきたのは「まだ死んでなかったのか?」その一言で、夕月の体は固まった。もういい。隼平を責める気にはなれない。……隼平はこの数か月、仕事を放り出し、家にこもって夕月の行方を探し続けていた。だが夕月は完璧に身を隠し、何一つ手がかりを残していなかった。夕月、どこにいるんだ。隼平が無力感を覚えたのはこれで二度目だった。一度目は大学卒業時、夕月が別れを告げ、忽然と姿を消したときだ。もちろん、この数か月まったく情報がなかったわけではない。隼平は人を使って夕月の家系を根こそぎ調べ上げた。そして夕月が本当に心臓病を患っていたことを知る。初めは信じられなかった。九年間も一緒にいて、一度も気づけなかったのだ。人違いではないかと疑ったが、報告書は嘘をつかない。それ以来、隼平は毎日家で荒れた生活を送り、夕月の嘘と隠し事を憎んでいるのか、それとも自分の愚かさを憎んでいるのか、わからなくなっていた。一日見つけられなければ、その分だけ焦燥は募っていく。千世はそれでも隼平を諦めず、あの手この手で近づこうとした。今も、菓子の箱を提げて隼平の書斎に入ってくる。机に突っ伏す隼平にそっと近づき、こめかみをもみ始めた。その瞬間、隼平は彼女の手をつかみ、乱暴に振り払った。「誰が入れって言った?出ていけ」千世は驚きながらも、唇をかみしめて菓子を押しやる。「隼平さん、少し甘いものでも食べて?そんな調子じゃ
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第14話

「孝幸、逃げちゃだめ、戻って薬を飲みなさい!」何か月も一緒に過ごすうちに、夕月はもう以前のように、死んでも構わないという心境ではなくなっていた。海を見て、音楽フェスに行き、母もいて、彼女は、生きたいと思うようになった。「だから、あなたも死んじゃだめ」孝幸は肩を落としてベッドに腰を下ろした。「どうせ助からないんだし、意味ないよ」「孝幸、こっち見て」夕月は真剣な声で呼びかける。彼は顔を上げ、夕月と目を合わせた。「自分のことを考えて。旅行が好きなんでしょ?生きてなきゃ行けないよ。それに、光くんのことを思い出して。あんなに小さいのに、一人にするつもり?本当に置いていける?」矢継ぎ早の問いに、孝幸は黙り込んだ。答えはわかっている。生きたい。「孝幸、おかげで私も生きる意味を取り戻せた。だから、諦めないで。一緒に頑張って生きていこう、いい?」しばし沈黙ののち、彼は唇を震わせて「ああ」と答えた。……その後、病院での日々はようやく退屈ではなくなった。夕月も孝幸も前向きに治療を受け、週末になると光が病院に来て一緒に過ごした。この小さな太陽のような存在が、毎日夕月を笑顔にしてくれる。「夕月ちゃん、大好き!寝る前のお話してくれる?」ベッドに座った光が、夕月に眠る前の物語をせがんでいた。「光、もう大きいんだから、夕月を困らせないの。ほら、降りなさい」孝幸はしかめ面だ。「お兄ちゃん、まだ五歳だよ!なんでダメなの?聞きたいもん!お兄ちゃんのいじわる!」夕月は光の頭をなでて笑った。「そうよね、光くんはまだ小さいんだから、もちろん聞いていいわ」「じゃあね、むかしむかし、森に……」光が眠りにつくまで物語を語り続け、やっと夕月は声を止めた。「悪いな、光の面倒まで見てもらって」孝幸が水を差し出す。夕月は首を振る。「気にしないで」孝幸は目をきょろりと動かし、「あいつが寝てるうちに、ちょっと出かけよう」と言った。「どこに?」「ついてくればわかる!」二人はまたしても塀を越えて外へ。「S国の夜に、どれだけホタルがいるか知らないだろ?」孝幸は夕月の目を覆い、林に入ったところで手を放した。目を開けた瞬間、夕月は息をのむ。美しい。闇夜にホタルがゆらりゆらりと舞い、黒い夜空に散りばめ
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第15話

「教えてあげる」孝幸はそっと一歩踏み出し、一匹のホタルをじっと見つめながら、ゆっくりと手を伸ばし、素早く両手を合わせた。「力を入れすぎちゃだめだよ。逃げちゃうから」夕月は興奮気味に瓶のふたを開け、ホタルが中に飛び込むのを見届けてから、すぐにふたを閉めた。「きれい」彼女の瞳は喜びで輝く。孝幸はそんな彼女を見つめ、思わずぼんやりする。「持って帰って光くんにも見せてあげよう!」彼の反応がないことに気づいた夕月は、不思議そうに顔を上げた。「どうしたの?私の顔になにかついてる?」頬に手をやる。「あ、いや、なんでもない」孝幸は慌てて手を振った。「帰る前に、もうスープでも飲んでいかない?」夕月は口元が耳まで届きそうなほど笑みを広げ、彼の肩に手を置く。「行こうよ、夜食に行こう。私のおごり!」二人は連れ立って小さな店へ向かった。店主は台所で炒め物をしているところだった。「いつもの?」と、店主がたどたどしく尋ねた。「イエス!」二人が腰を下ろして間もなく、店主はスープを運んできた。「ありがとう。また来てね!」孝幸は吹き出す。「この店主、毎回同じこと言うんだよな」夕月は軽く笑って受け流す。S国の夜は秋でもどこか温かく、ときおり風が枝葉を揺らしていった。……「急いで、光くんが起きたら、私たちがいないって探しちゃう!」夕月は孝幸を押し上げるように壁を登り、焦ったように手を差し伸べた。彼は彼女を引き上げて壁の上に立ち、そのまま芝生へ飛び降りると、両腕を広げる。「ほら」夕月は飛び降りたあと数歩よろけ、胸に抱えていたホタルの瓶を大事そうにしまい込む。二人は顔を見合わせ、つい笑い声をこぼした。そのとき、怒気をはらんだ声が耳を打った。「お前ら、何やってる!」夕月の表情が一瞬で固まる。この声を聞き間違えるはずがない。彼女が顔を上げれば、やはりそこには隼平がいた。隼平が痩せたものの、きちんと髪を整え、髭も剃っている。男の顔には怒りが色濃く、瞳は冷たい。隼平はゆっくりと瞬きをし、「夕月、随分楽しそうにやってるな。心臓病だなんて、全然見えないじゃないか。こんな夜中に他の男と出歩くなんてな」と言った。隼平がどれほど期待に胸を躍らせながら病院に駆けつけ、夕月が他の男と一緒にいる
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第16話

夕月は顔を両手で覆い、崩れ落ちそうな声を漏らした。「だって、あなたには立派な母親がいるじゃない!」あの日、榊原夫人が自ら夕月のもとを訪れ、別れるよう告げてきた。「天野さん、あなたの体は欠けている。でも隼平にはこれからの未来がある。本当に彼を愛しているなら、彼の足を引っ張らないで」その時、彼女は病を発症していた。そうだ、自分なんかが隼平の将来を奪ってはいけない。自分のような人間は、ひとり寂しく生きていくべきなのだ。彼女は逃げ道を選び、もっともらしい理由をつけて彼の前から消えた。手術台の上で命を落とすと思っていたが、奇跡的に生き延びた。そしてふと思い出したのは、隼平、愛していた人の顔だった。帰国後、彼の口から放たれた一言は、手術台で死ぬよりもつらく感じた。それでも数年後、彼と契約結婚を持ちかけられた時、彼女は心の弱さから承諾した。ほんの少しでも、彼のそばにいたかったから。夕月は顔をぬぐい、震える足で立ち上がった。「隼平、この三年で借りは返したわ。もう私に関わらないで」夕月の言葉に、隼平は思わず立ちすくんだ。もしかすると、ずっと自分の幸せを奪っていたのは母親なのか?「待ってくれ!」夕月が孝幸の肩を借りて歩き出すと、隼平は慌てて彼女の手を掴む。そして驚きの声を漏らした。「こんなに痩せたのか?」改めて彼女を見つめれば、数か月前よりもずっとやせ細り、顔色も悪い。この国の医者は一体何をしている?隼平の瞳に痛ましさがにじむ。夕月は手を二度大きく振り払った。「触らないで!」「夕月、話をしよう」「嫌よ。私の寿命が長すぎると思うなら、ついてくればいい」彼は口を開きかけたが、差し出した手は力なく下ろされる。夕月が孝幸の腕を借りて去っていく背中を見つめ、隼平は苦く顔を伏せた。どうすれば、彼女を取り戻せる?……病室に戻った夕月は、まず孝幸に謝罪し、それから黙って窓の外を見つめたままベッドに腰を下ろした。「夕月、そんなに落ち込むなよ。今度また遊びに連れて行ってやる」彼女は唇の端をわずかに動かしたが、何も言わない。孝幸がさらに何か言おうとした時、夕月は布団を頭からかぶってしまった。少し、時間が必要なのだろう。そう思った孝幸は、それ以上声をかけなかった。その夜は、眠れぬ
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第17話

隼平は、その場の現実をすぐには受け入れられず、数歩よろめき後ずさった。夕月はすぐさま光の手を握り、病室へと戻っていく。椅子に腰を下ろすや否や、夕月はたまらず問いかけた。「光くん、さっきどうして急に私のことママって呼んだの?」光はぱちぱちと瞬きをして、無邪気に笑う。「だって夕月ちゃん、あのおじちゃん嫌いなんでしょ?僕が助けてあげたんだよ。でも、もし本当に夕月ちゃんがママになってくれたら、もっと嬉しいけど!」夕月は口元を引きつらせたが、胸の内では喜びがはじけた。タダでこんないい子をもらえるなら、悪くない話じゃない?ただ、自分の体が……ふと、夕月は自分と孝幸がこの世を去った後、光はどうなるのだろうと心配になった。やがて穿刺を終えて孝幸が病室に戻ると、夕月はその不安を口にした。孝幸は、明らかに覚悟を決めていたようだ。「光のために施設はもう手配してある。俺が死んだら、すぐに迎えが来る」夕月は唇をかすかに噛んだ。他に方法はなさそうだった。「里親を探すっていう手もあるんじゃない?」孝幸は少し間を置いて首を振った。「考えなかったわけじゃない。でも、誰に任せても安心できない。あと数か月よ」それは、二人が出会って以来、初めて死という言葉を正面から口にした瞬間だった。この期間、遊んだり笑ったり、治療に追われながらも、互いにその話題だけは避けてきた。孝幸には依然として適合する骨髄が見つからず、今はただ薬で命をつないでいる。夕月の容態も日ごとに悪化している。二人とも、同じ行き止まりに迷い込んでいるようだった。……光は夕月の隣で横になり、静かに二人の呼吸を聞いていた。その時窓辺から、一定のリズムでコンコンと音がした。光はぱっと身を起こし、窓際へ駆け寄る。窓を開けて首を傾げた。「おじちゃん、真夜中に何してるの?」隼平は光を見上げ、胸の奥がざわついた。本当に夕月の息子なのか?「なあ、ケンタッキー食べに行かないか?」光は唇を尖らせた。「もう飽きた!」「じゃあ、サイゼリヤは?」光の目がぱっと輝く。体を揺らしながら、「あの新しくできたピザ屋さん?」と言った。「そうだ」「おじちゃん、けっこういい人だね。でも僕を売ったりしないよね?」悩ましげに眉をひそめた光は、しばし考えてから
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第18話

なるほど、夕月ちゃんが欲しかったのか。「じゃあ、君が僕のパパで、夕月ちゃんが僕のママってこと?」隼平はうなずいた。「そうだよ」この子ったら……彼女がもともとママじゃないか。光は口を大きく開けて笑い、「じゃあいいや、パパになって!パパ!」「うん」隼平は勢いよくテーブルを叩き、光の頭をくしゃっと撫でた。光はコーラをひと口飲み、嬉しそうに手足をばたばたさせる。やった、僕にパパとママができた!ママは僕にとても優しい夕月ちゃん、パパは悪いおじさんだけど、やっぱり優しい!帰ったらお兄ちゃんに知らせなきゃ!……夕月が目を覚まし、置かれたメモを見て頭が真っ白になった。光が隼平に連れ出された?夕月は隼平に電話したが、出ない。「警察に連絡したほうがいい?」孝幸も焦っていたが、それでも宥めるように言った。「見た感じ、あの人は光に危害を加えるタイプじゃない。まずは警備員に頼んで監視カメラを見せてもらおう」二人が慌ただしく警備室へ向かうと、ちょうど隼平が光の手を引いて病院へ入ってくるところだった。光は嬉しそうに二人に手を振る。「光!」孝幸は駆け寄り、抱きしめると全身を確認した。「誰が他人と一緒に外に行っていいって言った?お兄ちゃんを心配させるな」光は孝幸の服の裾をつかみ、後ろの隼平を指差す。「お兄ちゃん、僕たちのパパを紹介するよ」隼平は誇らしげに顎を上げた。俺と夕月を取り合うつもり?悪いけど、もうスタートラインで負けてるよ!夕月を落とすには、まず夕月の息子を攻略する。そうすれば心強い味方が一人増えるってわけだ。夕月は、その言葉に驚いた。何を聞かされたの?隼平が光のパパになったって?孝幸も完全に意味不明な顔をしていた。僕たちのパパ?孝幸のこめかみがピクピクし、光の襟首をつかみ上げた。「悪いけど、ちょっと用事がある」夕月は、孝幸が光を叱っている様子に思わず苦笑いした。光は胸を張って言う。「だっておじさんが僕に優しいからパパなんだよ!本人もそう言ったし。お兄ちゃん、パパとママは現れるって言ってたじゃない?夕月ちゃんとおじさんがいいんだ」孝幸は少し頭を抱えた。両親が亡くなって以来、彼は幼い光に真実を話していない。自分もいつどうなるかわからないから、そ
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第19話

夕月は、その言葉を聞いて心が揺れないはずがなかった。人間は情がないわけがない。二人の間には十数年にわたる愛憎と因縁が絡み合っていて、そう簡単に忘れられるものではない。だが、夕月は本当に疲れ切っていた。たとえまだ隼平を愛していたとしても、もう賭けることはできない。彼女には未来がないのだ。胸の奥で鈍い痛みが走り、夕月はそれをこらえて言った。「無理よ」そう言い放つと、彼女は背を向けて歩き出した。だが二歩も進まないうちに、視界が真っ暗になり、そのまま崩れ落ちる。「夕月!」……夕月が目を覚ますと、周りには医師たちが集まっていた。彼女が目を開けるのを見るなり、医師はほっと息をつく。「榊原さん、夕月さんが目を覚まされました」その直後、ガタガタという音がして、隼平が転がるように駆け寄ってきた。「夕月、具合はどうだ?」夕月は顔を背け、口を開く気もない。医師が気まずそうに目をそらす中、隼平はむしろ安堵の息をついた。隼平が医師たちを廊下に出すと、入れ替わるように孝幸と光が顔をのぞかせた。「夕月ちゃん、寝てる間、おじさんがすごく心配してたよ!」孝幸まで、こくこくとうなずく。「この先生たち、元夫が夜通しで国内から呼び寄せたんだ。君が目を覚ましたとき、全員がどれだけ安堵したことか」夕月は目を閉じた。「またその人の話をするなら、二人とも出て行って」二人は目を合わせ、黙って口をつぐむ。……廊下では、隼平が険しい表情をしていた。「今、できる手は?」一人の医師が思い切って答える。「適合する心臓の提供者が見つからない限り、夕月さんの命を救うのは難しいでしょう」「笠原、探せ。どんな代償を払ってでも、夕月に健康な心臓を移植させるんだ」「はい!」智はすぐにスマホを取り出し、指示を飛ばす。隼平は手帳を取り出し、医師に注意点を細かく確認してはびっしりと書き込んでいく。彼がびっしりと何ページもメモを取る様子に、医師も思わず舌を打つほどだった。さすがは妻想いの榊原社長。だが残念なことに、奥さんは先天性の心臓病だ。心臓の提供者などそう簡単に見つからない。生涯、苦労を共にする運命なのかもしれない。……隼平は夕月が自分を避けていることを知っていて、数日間は姿を見せなかった。だが毎日、自
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第20話

孝幸は、その問いに言葉を詰まらせた。「わからない」自分が夕月を愛しているのかどうか、本当のところはわからなかった。もしかすると、彼女は孤独な道の途中で出会った旅の仲間であり、暗闇の中の光であり、光以外で初めて生きる意味を与えてくれた二人目の存在なのかもしれない。「いいんだ。好きかどうかは関係ない。彼女が笑顔でいられるなら、それで十分だ」そう言った瞬間、孝幸は思わず目を見張った。隼平が深々と頭を下げ、真剣に礼を言ったのだ。「そんなことをされても、助けるつもりはない。君が夕月に与えた傷は消えない」孝幸の脳裏に、夕月が二人の過去を語ってくれた時の表情がよみがえる。大学時代、未来への憧れを語る顔、彼を捨てたことへの罪悪感と痛み、結婚後の失望と崩れ落ちるような絶望。隼平は否定も言い訳もせず、代わりにこう言った。「夕月のそばに、もっといてやってくれ。お前に合う骨髄を探してやる。もしお前が死んでも、光のことは俺が守る」孝幸は一瞬、耳を疑った。「本気か?」「俺は一度口にしたことは必ず守る」孝幸は大きく息を吐いた。「安心しろ。君がいなくても、夕月は俺にとってかけがえのない友だ」「榊原さん、こちらがカードです。それと、心臓移植の適合検査申込書です」隼平は申込書を受け取った。「君と夕月の心臓、合うかどうか試してみるか?」「やってみなきゃわからないだろ」孝幸は呆然とした。適合する確率は極めて低い。だが、もし一致したら彼は本当に自分の心臓を差し出すつもりなのか?隼平はかすかに笑った。「夕月がいないなら、生きてても意味はない。俺の命で彼女を救えるなら、それでいい」そう言って孝幸の肩を軽く叩き、背を向けて歩き出す。その背中を見つめた孝幸は、ふと思い立って窓口をノックした。「すまない、俺にも申込書を一枚くれ」……夕月は、最近の光の様子が妙に気になっていた。あまりにも積極的に食事を運んでくるのだ。ある日、こっそり後をつけてみると、彼は食堂ではなく病院の入口へ向かい、そこにいた隼平から弁当を受け取っていた。夕月は声をかけず、そのまま病室へ戻る。その日の食事は、なぜか喉を通らなかった。彼を避けている理由は、憎しみか、それとも愛情か。答えは、後者だった。大学時代の隼平の良さを、彼女は決し
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