孝幸が石垣の向こうから、ひょこっと顔を出し、目を細めて笑った。「なんで俺がここにいるってわかったんだ?」夕月はため息まじりに答える。「また抜け出したのね」孝幸は口を尖らせ、口に草をくわえた。「抗がん剤はめちゃくちゃ痛いんだよ。どうせ死ぬんだし、何回かサボったっていいだろ!」「でも、どうして毎回塀を越えるの?」夕月が首を傾げる。「そりゃ、警備員に顔覚えられちまったからさ。出るたびに看護師にもう抗がん剤受けたかって聞かれるんだ」孝幸はふっと鼻で笑い、何かを思いついたように体をひねって夕月に手を差し出した。「夕月、こっち来いよ。遊びに連れてってやる!」本当は戻るよう説得するつもりだったのに、気がつけば夕月も手を伸ばしていた。孝幸は軽々と彼女を引き上げ、手をパンパンと払った。「軽すぎだろ!」夕月は微笑んだが、心はふと大学時代へと引き戻されていた。当時は大学の規則が厳しく、隼平との付き合いも人目を忍んでいた。彼は夕月の手を引き、こっそり塀を越えて遊びに出かけた。ある日、新入生の軍事訓練を見回る教官に出くわし、二人は訓練をサボったと勘違いされ、すぐさま連行されてしまった。「主任、処分は俺一人にして。夕月を連れ出したのは俺だ」隼平は背筋を伸ばし、真剣な表情で言った。夕月はうつむいていたが、その言葉を聞いて顔を上げた。「ちがう、私も一緒よ!」「今になって責任を分け合うって?君たち、何を考えているんだ。大学は恋愛しに来るところじゃない!」主任は怒り心頭で、二人を一時間も説教した末、罰は与えずに帰してくれた。その後、恋人同士は珍しくなくなり、学校も見て見ぬふりをするようになった。隼平もやっと堂々と夕月の手を握れるようになった。二人は美男美女カップルとして学内でも有名になった。「おーい?」孝幸が夕月の目の前で手を振る。「ぼーっとしてどうした?さあ行こうぜ!」夕月は我に返り、ふっと笑った。「行こう」……夕月は孝幸とあちこち歩き回った。S国に来てからずっと病院にこもりきりだったせいで、何を見ても新鮮に感じられる。気がつけば二人は海辺にたどり着いていた。夕月は胸が高鳴り、波打ち際に近づいて両腕を広げ、海風を感じた。「きれい」彼女が思わずつぶやく。大学時代、隼平と結
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