榊原夫人だった。夕月は表情をほとんど変えずに言った。「何の用?」その隣には千世が付き従っており、夕月を見た瞬間、目の奥に抑えきれない嫉妬の炎が揺れた。しかし千世が表面だけは穏やかに、「夕月さん、お加減はいかが?」と声をかけた。「ご心配なく。当分は死なない」夕月は冷ややかに笑った。千世の表情がこわばり、榊原夫人を見やった。榊原夫人の顔が険しくなる。「大城秘書は親切で言ってくれてるのに、相変わらず口が悪いのね?」夕月は肩をすくめる。「初めて知ったことじゃないでしょ。わざわざ海を越えてまで来られた用件は?でもこの光景、どこかで見たような……大学卒業時も、こうやって高みから私を見下ろし、隼平から離れろって言ったじゃないか」その一言で、病室の空気が凍りつく。「もう二度と隼平の前に現れないと思っていたのに、まさか三年前、彼が迷いもなくあなたと結婚するとはね。それはまだ許せたとしてもあなた、心臓病で子どもが産めない。年を取れば、孫が欲しくなるのよ。でそれができないのなら、その座に居座る資格はない」榊原夫人は、この言葉が夕月に効くと踏んでいた。だが、彼女はもう昔の少女ではなかった。「あの頃、隼平を愛していて、彼の足を引っ張りたくなかった。でも今は、自分を愛してる。言うべき相手は私じゃなくて隼平だよ。私に未練を持たないように、と」堂々とした物言いに、榊原夫人は少し驚きを覚える。彼女の中の夕月の印象は大学時代のままだった。まだ未熟で、数言あれば追い払える。息子は彼女から離れた後、確かに良くなった。ただ、女性関係は一切なく、三年前に突然結婚の報告を受けた。電話越しにすら、息子の抑えきれない喜びが伝わってきたほどだ。しかし相手が夕月だとは思いもしなかった。心臓病の女。榊原夫人は若い頃から強い女だった。若い時は夫を、中年になってからは息子を掌の上で転がし、老いてからは孫を望むようになった。心臓病のことを隼平には告げず、ただ二人の仲を邪魔し続けた。次々と現れる女秘書たちを見て、夫婦仲が冷めたと思い、その度に彼女たちに金を渡し、夕月を追い出そうとした。それを知った隼平に激しく叱責され、数か月も口をきかなかった。やがてその企みも諦めたが、千世の登場で再び希望が芽生えた。千世が違う。隼平が膨大な時間を割いてま
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