「天野さん、海洋散骨の申込書を受け取りました。もう一度確認しますが、海洋散骨の後は何も残りません。ご家族も、あなたのことを思い出でしか偲べなくなります」天野夕月(あまの ゆづき)は淡々と、しかし揺るぎない口調で答えた。「分かっています」電話を切った途端、扉の向こうから使用人の声が響く。「奥様、榊原社長がお待ちです。パーティーが始まりました」今日は夕月と榊原隼平(さかきばら じゅんぺい)の三周年結婚記念日だ。階段を下りた瞬間、目の前に大きなバラの花束が差し出された。「夕月、三周年おめでとう」隼平が彼女を見つめる瞳には、溢れそうなほどの優しさが宿っていた。夕月が何か言う前に、周囲から冷やかしの声が飛ぶ。「おお、主役のご登場だ!」「いい夫婦といえばこの二人だよな。学生時代から今まで、変わらぬ愛だ」「そうそう、夕月さんが数年間海外に行ってても、榊原社長はずっと待ってたんだ」褒め言葉が夕月の耳に刺さる。変わらぬ愛?彼女と隼平の間に愛などなかった。あるはずがない。夕月はただそこに立ち尽くし、隼平も怒ることなく、花束を置くと彼女の腰に腕を回し、心配そうに声をかけた。「どうした、どこか具合が悪いのか?」答える前に、また誰かが笑いながら茶化す。「榊原社長、夕月さんを大事にしてるなあ。何年経っても愛情が全く変わらないじゃないか」「大丈夫よ」夕月は感情を見せず、そっと身体を離した。隼平は柔らかく微笑み、彼女の乱れた前髪を指先で整える。「じゃあ、行こう。パーティーが始まる」そう言って、彼は手を差し出す。夕月は一瞬だけためらったが、その手を取った。パーティーが終わったあと。隼平はネクタイを緩め、先ほどまでの優しさを消し、不機嫌そうに問いかけた。「パーティーの前、どこに行ってた?」夕月は視線を落とし、静かに言った。「隼平、あと一週間で私たちの契約は終わるわ」つまり、すぐに自分の行動は彼とは無関係になるということだ。空気が一気に張り詰める。「夕月」隼平の顔が険しくなり、声には押し殺した怒りが滲む。「どういう意味だ?」夕月は顔を上げ、澄んだ瞳で告げる。「時間があるときに、離婚しましょう。もう、お互いを解放して」隼平は笑った。「解放?自分が俺に何をしたか忘れたのか?」夕月の胸がひどくざ
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