翌日、龍生は早くから起き上がり、自らエプロンを結んで魚をさばき始めた。 その魚はわざわざ飛行機で空輸させたもので、まだ湿った潮の匂いを漂わせていた。 彼はどこか上の空で鱗を落としていたが、頭の中に浮かぶのは昨夜の千夏の瞳ばかりだった。 かつては潤んで輝いていたその瞳が、まるで枯れた池のように静まり返り、何の感情も映していなかった。 「チッ――」 注意が逸れたせいで、包丁が指先を切り裂いた。 龍生は眉をひそめ、立ち止まったまま、まるで何かを待つかのように動かなかった。 料理をすることなど滅多になかったが、千夏が妊活の真っ只中だった頃、彼女は心身共に疲弊しきり、立つことさえ難しかった。 そのときも彼は胎芽の結果に気を取られ、料理をする時、同じように指を切ってしまったのだ。 だが痛みよりも先に感じたのは、千夏の温もりある指先だった。 ピンク色の絆創膏を当てながら、彼女は少し呆れ、少し甘えるような声で言った。 「どうしてそんなに不注意なの?」 龍生が顔を伏せると、青白い顔色がかえって千夏の唇を一層やわらかく艶っぽく見せ、耐えきれずに彼は口づけを奪ったのだった。 血がまな板に落ち、鋭い痛みに現実へと引き戻される。 冷えきった家に、もう千夏の姿はどこにもない。 胸の締めつけは強くなる一方で、今すぐにでも会いたい衝動に駆られる。 だが、魚のスープはまだ出来上がっていなかった。 そのとき突然、スマートフォンが光を放ち、龍生の心臓は大きく跳ねた。 期待が一気に広がり、思わず笑みがこぼれる。 「やっぱり千夏は、俺のことを愛してるんだ……」 そう呟きながら画面を開くと、そこにあった名前は千夏ではなく愛莉だった。 【龍生、ちょっと出血してるみたいで……病院に付き添ってくれませんか?】 彼が千夏へ送ったメッセージは、相変わらず既読さえつかないままだった。 龍生の笑みは凍りつき、胸の奥に苦さが広がっていく。 彼は思わず、台所の写真を撮って千夏に送った。 だが、そのメッセージはいつまでたっても既読にはならない、千夏に、ブロックされたかもしれない! 龍生の心は一気に崩れ去り、慌てて病院へと駆けつけた。 かつて千夏が横たわっていた病室は、今はすっかり空になっていて、見知らぬ夫婦が寄り添いな
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