式の控え室で、上野千夏(うえの ちなつ)は膨らんだお腹にそっと手を当て、寂しげに目を伏せた。 「春菜、お願い。あなたの病院で、中絶手術の予約をとってくれない?日にちは……三日後でいい」 ブライズメイドのドレスを着た親友の中島春菜(なかじま はるな)は、一瞬ぽかんとした顔をした。 「千夏、正気なの?龍生は精子が弱いから、あなたがこの子を授かるまでにどれだけ苦労したか……漢方を飲んだり、体外受精までして……今日はやっとの結婚式なのに、どうしてそんなこと……」 春菜は千夏の虚ろな黒い瞳を見つめ、結局それ以上の言葉を飲み込んだ。 たった三十分前、千夏が七年も待ち望んできた結婚式は、橋本龍生(はしもと りゅうせい)のアシスタント、松井愛莉(まつい あいり)によってめちゃくちゃにされたのだ。 式場の巨大LEDスクリーンに映るはずだったのは、自分が厳選したウェディングドレス姿の写真だった。 だがそこに現れたのは、愛莉の妊娠検査のカルテだった。 そして、父親の欄には、はっきりと龍生の名前が記されていた。愛莉は泣きそうな顔をして龍生の背中に隠れ、そのか弱い姿はまるで自分こそが被害者かのようだった。龍生は何事もないように言い放つ。「愛莉が一人で出産するのは可哀想だと思って、検診に付き添っただけだ。父親の欄は形だけ。俺はせいぜいその子の名付け親ってとこだな」千夏は、二人の重なり合う手を見つめ、爪が食い込むほど強く自分の掌を握り締めた。「未婚で子どもを宿した彼女が可哀想なら、結婚式も、旦那も、全部あげるわ」千夏は唇に冷笑を浮かべ、グラスを掲げて大声で祝福する。「ご結婚おめでとう。授かり婚だね」式場は一瞬で凍りついた。「やめろ!」龍生は険しい顔で、彼女のグラスを乱暴に奪い取った。「千夏、これは俺たちがずっと待ち望んだ結婚式だろ?こんなくだらないことのせいでぶち壊す気か!」不機嫌さと苛立ちが滲む声。千夏は涙がこぼれそうになるのを必死に堪え、かすれ声で叫んだ。「壊したのは私じゃない!あなたと愛莉よ!」「あなたは『愛莉は優秀だから』って言って、七年も傍に置いてきた。なのに、こんな大事な場をめちゃくちゃにして、それでもただの事故だと本気で思ってるの?」あらゆる挑発も悪意も、千夏は公衆の面前で暴き出した
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