家に帰ると、カーテンをきっちりと閉めた。リビングには一筋の光も入らず、暗闇の中で少しだけ心が落ち着く。ソファに腰を沈め、私はマネージャーの携帯番号を押した。「木村さん、言っていた通り、絵の勉強のために海外に行くことにしました」マネージャーは嬉しそうに笑い、将来有望だと褒めながら問いかけてきた。「もう鶴本さんのこと、心配してないのか?子どもみたいで放っとけないって、君、いつもそう言ってたよな」私は布団をぎゅっと体に巻きつけ、低い声で答えた。「彼はもう大人だから……大丈夫でしょう」その言葉を口にした瞬間、胸の奥に何かがひっかかった。平塚赤池(ひらつか あかいけ)が亡くなった時、彼が最も気にかけていたのは、彼の唯一の弟だった。私は孤児だった。赤池が亡くなった後、平塚鶴本(ひらつか つるもと)もこの世で一人きりになった。だから私は必死に彼を大切にし、彼を生きる支えにしていた。そうでもしなければ、赤池の死を乗り越えることなどできなかった。あの日——一夜を共にしたあと、私は彼より先に目を覚ました。しばらく寝顔を見つめ、それから慌てて逃げ出した。そのとき初めて、彼がもう子どもではないのだと実感した。その予想外の感情の変化に、私は何の準備もできていなかった。どうしていいのかもわからなかった。結局、気持ちを整理するために、旅に出て気を紛らわせるしかなかった。けれど、鶴本は相変わらず私を「姉」と呼び、家にいなければ「どこに行ってたの?」と尋ねてきた。私は気づいた。どうやら彼は、私たちの関係を受け入れたのではなく、あの夜のことを忘れてしまっただけらしい。彼にはもう好きな人がいる。曖昧な立場の「姉」である私は、もう彼の生活に入り込むことはできなかった。マネージャーとの電話を切った後、私は鶴本に電話をかけた。すぐに彼が出た。「裕美(ゆみ)姉、どうしたの?」私はあの夜のことをはっきりさせ、この数年間の繋がりに、自分なりにきちんと終止符を打とうと思っていた。だが、私が言葉を発する前に、電話の向こうから女性の声が鋭く響いた。「鶴本、こんな遅くに裕美さんから電話があるなんて……あの人、男女の距離感ってものがないの? まさか、好きだったりするの?」川辺亜衣(かわべ あい)はその敵意を隠さずに言った。鶴本
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