完成したばかりのウェディングドレスは、須藤明智(すどう あきとし)の手配で、直美(なおみ)のもとへと届けられた。彼の手が、私の頬を包み込む。その温度は、いつもと変わらない。優しく、穏やかで、まるで私を世界で一番大切に思っているかのように。「友莉(ゆうり)、怖がらないで」彼の声は、いつも私を落ち着かせてくれる、あの低く響くトーン。「この薬は、君が僕を愛していた記憶を、一時的に消すだけ。解薬を飲めば、すべて元通りになる。悲しい思い出も、苦しい気持ちも、何も残らない。僕たちは、以前と同じように幸せになれる」彼は微笑んだ。その笑顔に、嘘は見えなかった。いや、見せかけの「誠実さ」が、あまりにも完璧だった。「もちろん。心配しないで。僕が愛しているのは、君だけだ。だから、直美の願いを叶えたら、僕たちはもっと素敵な結婚式を挙げる。君を世界で一番幸せな花嫁にしたいから」私は知っていた。もう、私たちには、二度と結婚式を挙げる機会などは、来ない。なぜなら、私はこの「忘却の薬」の開発者だから。この薬の効果を、誰よりもよく理解している。一瞬で記憶を消すわけではない。むしろ、徐々に、使用者の心の中で最も大切にしている記憶を削り取っていく。そして最終的には、愛する人のことすら、完全に忘れてしまうのだ。そして何よりも残酷なのは、解薬など最初から存在しないことだ。視線を上げると、すべてを完璧に見せようとする明智を、見つめた。「もし、私がずっと思い出せなくなったら?」「それなら、もう一度、君に僕を愛させてあげる」彼は自信に満ちた笑みを浮かべ、指先が、私の鼻先に触れている。「さあ、ハニー。拗ねないで。直美はただの病人なんだ。僕がこんなことをしているのは、彼女の最後の願いを叶えるためだけだ。君なら、きっと理解してくれるよね?」もう一度、愛させる?私は目を伏せ、自嘲的に唇の端を吊り上げた。彼はきっと忘れている。かつて、私が彼のプロポーズを受け入れるまで、どれだけ時間がかかったかを。私が「イエス」と言ったあの夜、どれだけ真剣に、そして悲しげに彼に忠告したかを。「須藤明智、私は二度目のチャンスなんて与えない。もしあなたの愛に不純物が混ざったり、他の誰かに少しでも心が向いたりしたら、たとえほんの少しでも、私はあなた
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