最初、恭介は美咲を賭けの対象にするということに強い不快感を覚えた。彼女は生きている人間であって、誰を好きになり、誰と一緒にいるかは彼女自身の自由だ。拓巳のやり方はどう考えても彼女を尊重していない。だが冷静に考えてみると、この賭けはどこまでも美咲のことを思ってのものだった。拓巳は、彼女の一生の平穏のために、会社そのものを差し出しても構わないと言っているのだ。しかも、この条件は欲に目がくらんだ自分にとっても甘美な誘惑だった。負けても失うのは、もう自分を愛していない女性だけ。勝てば、数千万規模で成長期にある会社を手にできる。恭介は苦笑した。やはり自分はどこを取っても拓巳に及ばない。だが彼には一つの秘密があった。実はもう、美咲とは離婚しているのだ。なぜ彼女は拓巳にそのことを言わなかったのか。きっと、あまりに深く傷つけられ、もう二度と簡単に「愛してる」と口にできなくなったのだろう。美咲は義理堅く、情に厚い人間だ。拓巳が諦めない限り、いつか必ず心を開くはずだと恭介は思った。「いいだろう、その賭け、受けて立つ」まるで眠いときに差し出される枕のように、彼にとっても渡り船の提案だった。どうやって堂々と会社を美咲に返すか悩んでいたが、この機会なら筋が通る。新製品発表会まで残り半月、二人の男はそれぞれ全力を注いだ。拓巳は「勝つために」、恭介は「会社をより強くするために」。発表会当日、大勢の記者とバイヤーが会場に詰めかけた。知名度と取引先を抱えるプラ化粧品会社の方が有利と見られていたが、エスティ化粧品会社のモデルが見せたベースメイクの仕上がりは、多くの人を惹きつけた。「なんだよ、美容の新製品発表で、モデルが障がい者って。ウケ狙いか?」「ほんとそれ。キャッチコピーも『障がい者でも綺麗になれる化粧品』にしろよ、バズるぞ」「写真もっと撮れ、これは話題になる」会場の一部から心ない声が飛ぶ。だが美咲は目を閉じ、ただ静かに化粧を受け入れていた。恭介の視線も、拓巳のブラシが彼女の眉、頬、唇を描く動きを追い、彼女の姿を必死に心に刻んでいた。今日を境に、もう二度と会えないかもしれない――そう思いながら。化粧が仕上がると、拓巳は満足げに身を引いた。会場からは驚きの声が上がる。もともと小さく整った顔立ちが、彼の技術で
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