「二宮様、こちらがご依頼に基づく偽装死サービスです。方法は交通事故、加害者は――あなたの夫、遠山正樹(とおやま まさき)さんとなっております」二宮雪乃(にのみや ゆきの)の指先が「遠山正樹」という四文字に触れた瞬間、その瞳に複雑な影が揺らめいた。だが、彼女は躊躇うことなく、依頼者欄に自分の名前を書き込んだ。去り際、スタッフが思わず尋ねた。「お使いの香水は何ですか?とても珍しい香りですね」雪乃は微かに微笑んだ。「手製のものです。『蝕骨』と名付けました」スタッフは驚き、思わず口元を押さえた。「まさか……あなたが、ネットで話題の謎の調香師、雪乃様ですか?」雪乃は否定しなかった。スタッフは興奮して言葉を続けた。「伺いましたよ、あなたが愛する方のために、世界に一つだけの香水『愛の讃歌』をお作りになったんですよね。二人はきっと、深く愛し合っていらっしゃるのでしょうね……」しかし、スタッフの顔色は一変し、言葉を止めた。もし本当に深く愛し合っているのなら、偽装死サービスを利用し、わざわざ夫を加害者に指定するはずがない――繁華街を目的もなく歩く雪乃の視線の先に、街頭の大型モニターが映った。そこでは調香師コンテストの最終結果が中継されていた。「第20回世界調香師コンテスト金賞は――雪乃さん!受賞作品は、三年の歳月をかけ、何万回もの試行錯誤を経て完成した『愛の讃歌』です」雪乃の胸は締めつけられるようだった。無数の深夜、彼女は地下室に籠もり調香に没頭し、一時は嗅覚さえ失いかけた。あの頃、正樹は何をしていたのだろうか。彼は心配そうに雪乃を抱きしめていた。「雪乃、無理してまで作らなくてもいい」しかし雪乃は首を振った。「約束したじゃない。結婚三周年には、あなただけの香水を贈るって」正樹は目に涙を浮かべ、雪乃の額に深くキスをした。雪乃は笑って手で押しのけた。「早く出てって、邪魔しないで」正樹は名残惜しそうに、何度も休むようにと促した。だが――振り返れば、彼は家政婦の物言わぬ娘・小林香里(こばやし かおり)のベッドに潜り込んでいたのだ。香里の部屋は地下室の真上にあった。丸三年、千日以上にわたり、雪乃が香水作りに没頭する間、正樹と香里はその頭上で情事に耽っていた。雪乃がマンションに戻ると
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