娘が高熱を出した日、篠原慎吾(しのはら しんご)は憧れの人の息子の保護者会に出ていた。私が彼に電話をかけると、出たのはその憧れの人だった。彼女は泣きじゃくりながら私に謝り、慎吾はスマホをひったくって、少し怒った声で言った。「身寄りのない親子なんだ、俺が気にかけて何が悪いんだ?」彼の言葉に、私はただ理解を示した。そして、隣で大人しく点滴を受けていた娘に尋ねた。「これからは、ママと二人だけで暮らすのはどう?」娘は高熱で赤らんだ顔を上げ、か細い声で言った。「うん、いいよ」「いい子ね」私は娘の頬にチューをし、すぐに担任の先生に電話して転校の相談をした。先生は、転校手続きには最短で一ヶ月かかると言った。構わない。八年もの間、未亡人のような生活に耐えてきたのだ。一ヶ月くらい、待てる。ノゾミはまん丸い瞳で、時折病室の入り口に視線を送っていた。口には出さないけれど、慎吾を待っているだろう。もう一度、慎吾に電話をかけた。せめてノゾミに「おやすみ」の一言だけでも言ってほしかった。なかなか繋がらず、ようやく繋がり、慎吾の冷たく、怒気をはらんだ冷たい声で切り出してきた。「凛子、俺はただ哲くんの保護者会に出ただけだ。いちいち見張りに来る必要あるか?おまけにノゾミが病気だなんて嘘までついて。自分の娘の病気を嘘に使うなんて、お前はどれだけ悪趣味なんだ」電話の向こうはとても賑やかで、聞こえる音楽で、それがノゾミが一番行きたがっていた親子レストランだと分かった。慎吾はいつも仕事が忙しくて時間がないと言っていたのに、今の彼は保護者会に出る時間も、綾野麻美(あやの まみ)たちを食事に連れて行く時間もあるらしい。突然、向こうから子供のかわいい声が聞こえた。「パパ、どうして食べないの?」私の手が震え、スマホを落としそうになった。ほぼ同時に、慎吾は電話を切った。それから一週間、彼は家に帰ってこなかった。以前なら、きっと泣きながら彼を探し、麻美の家に泊まったのかと問い詰めていただろう。でも今の私は、彼に電話をかける気力すらなかった。ところがその慎吾が家に帰ってきた。家に入るなり、開口一番に私を責め立てた。「お前、一週間も哲くんにお弁当作ってないだろ?いくら腹が立っても、子供に八つ当たりするなよ。麻美さんは料理
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