Semua Bab あなたと紡ぐ未来: Bab 11 - Bab 20

25 Bab

第11話

その瞬間、時彦ははっと我に返った。自分はいったい何を考えていたのか。夢乃こそ生涯一緒に過ごす女であり、睦美と比べるまでもないのだ。「そんなわけないよ。ただ……睦美にどう切り出すかを考えてただけだ。彼女が戻ってきたら、きちんと話をするよ。そしたら俺たちの結婚式を準備しような」そう言って夢乃の涙を指先で拭い取る。「こら、泣かないでって、何度も言ってただろ?夢乃、俺が愛してるのは君だけだ。他の女なんて、全部遊びのようなものにすぎない」三年もの歳月を待ち続け、ようやく戻ってきた彼女を泣かせるわけにはいかない。その後、時彦と夢乃はほとんど片時も離れず過ごした。抱き合い、口づけを交わし、デートを重ね――まるで時間が巻き戻ったように、日々はかつての輝きを取り戻していく。時彦は毎日、自ら台所に立ち、三食を用意した。離れていた三年の間も、彼女の好みは一つも忘れていなかった。彼女の傷も丁寧に手当てし、階段の上り下りさえも腕に抱いて運ぶ。夢乃を、まるで子どものように甘やかした。くつろいだ夜には、一緒に映画を見ながら語り合う。夢乃は、海外にいた三年の間もずっと彼を想っていたと打ち明ける。彼女にとって時彦は、人生から切り離せない存在だ。海外に渡った時、彼ならきっと待っていてくれると信じていた。だから離れていても、不安を覚えたことなどなかった。時彦は自分一人のものだと、当たり前のように思っていたから。けれど、耳に入ってくる噂は夢乃の心をかき乱した。時彦がある女と三年間も同居していた――そんな話だ。本当に彼が別の女を好きになったのではないか。そう思うたび、底知れない恐怖に胸を締めつけられる。時彦の素性も知らず、図々しく彼を囲ったという女の存在を知ったときは、時彦の気まぐれで見つけた相手だと高をくくっていた。だが、今の彼がスマホを見つめて沈黙するたび、夢乃は息苦しさを覚える。その視線の先に、睦美の影があるのではないかと怯えながら。「ねえ、時彦。明日、一緒にウェディングドレスを選びに行きましょう?一日でも早く式を挙げたいの」首に腕を絡め、唇を重ねる。結婚さえしてしまえば、時彦は永遠に自分のもの。あんなにも自分を愛しているのだから、睦美が入り込む余地などあるはずがないのだ。翌日、二人が訪れたのは、かつて時彦が睦美を連れてきたドレスショ
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第12話

別荘には灯りがともっていた。睦美はもう帰っているのだろう。けれど、この数日、彼女から電話もメッセージも一度もなかった。以前なら仕事帰りですら「迎えに来て」と甘えてきたのに、今回は出張から戻っても何の連絡もない。時彦は車の中でしばらく座り込み、どう宥めるべきか思いを巡らせた。睦美は機嫌を損ねても、少しの甘い言葉や小さな贈り物で簡単にほだされる。だから本気で怒って、自分を拒むなんて――そんなこと、一度も想像したことがなかった。ただ、これから二人の関係をどう整理すべきか。その一点だけが頭を離れなかった。迷った末、時彦はダッシュボードから小箱を取り出す。精巧な細工を施したジュエリーボックス。その中には、ハート型のダイヤモンドリングが収められている。夢乃の指輪を選んだとき、ひと目見て「これは睦美に似合う」と直感し、思わず買ってしまったものだ。これを渡せば、彼女はきっと笑顔を見せてくれる。その笑顔を思い浮かべただけで胸が熱くなり、今すぐにでも会いたくてたまらなくなる。指輪を握りしめ、車を降りて玄関へ向かう。いつものように暗証番号を入力すると――エラー音が響いた。もう一度、慎重に押し直す。だが何度繰り返しても状況が変わらず、ついにはシステムがロックされ、完全に締め出されてしまった。焦りが胸を締めつける――やっぱり、怒って暗証番号を変えたのか。彼はドアに耳を寄せ、声を張った。「睦美、開けてくれ。プレゼントを持ってきたんだ」これまで安物の小物を持ち帰っても、彼女はまるで宝物でも受け取るように大事にしてくれた。稼ぎが大変だと労わりながらも、彼が差し出すものなら何でも喜んでくれたのだ。今回も、きっと同じように喜び、自分を許してくれるだろう。しかし、いくら呼びかけても中から返事はない。電話をかけても、耳に届くのは冷たい機械音声。「おかけになった電話は電源が入っていないか……」苛立ちが募り、とうとう業者を呼び寄せて錠をこじ開けた。室内には灯りがともっていたが、人の気配はなかった。それでも久々に戻った家に足を踏み入れた瞬間、彼の心はわずかに安堵した。シャワーを浴び、着替えて彼女を待とう。そして、この指輪をはめ、ドレスショップでの無神経な振る舞いを詫びよう。ところが、リビングに入り、さらに二階の寝室に足を踏み入れたら
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第13話

時彦は車を走らせ、思いつく限りの場所を片っ端から探した。睦美が通っていたバーやレストラン、カフェ……夜通し探し続けても、彼女の影すら見つからない。やがて辿り着いた不動産屋で、担当者が怯えたように口を開いた。「桜庭様は半月ほど前に物件を出されました。とても急いでいる様子で、最後はかなり値を下げて手放されたんです。その後の手続きはすべて私に任せられて……契約が済んでからは、お会いしていません」あの別荘は、睦美が時彦のために買い与えたものだった。そして、「どんなことがあっても、この家だけは手放さない」と彼女が言っていた。そこには二人で過ごした三年分の思い出が詰まっているから。その大事な家を、彼女は売ったのだ。時彦は一晩中眠れず、夜明けと同時に桜庭家を訪ねたが、そこもすでにもぬけの殻。正夫の姿すら見当たらない。そのとき、耳にしていた噂が脳裏をよぎった。桜庭家は破産し、正夫は借金に追われて、婿を探して娘を「売る」つもりでいると。この話題になるたび、友人たちは下卑た笑いを浮かべ、「誰が最終的に睦美を買うか」で賭けをしていたのを思い出す。――政略結婚といっても、実際には金で娘を差し出すにすぎないのだ。いつもその噂をしていた仲間たちを探し当てたとき、彼らは相変わらず酒と女に溺れていた。時彦はいきなり切り込む。「睦美の結婚相手は、誰になった?」唐突な問いに場が凍りつく。夢乃ですら、目を丸くして彼を見つめた。彼女は昨日から何度も連絡を入れていたが一度も繋がらなかった。その彼が、いきなり睦美の名を口にした。「……時彦さん、急にどうしたんっすか?そんなこと気にする人、いませんよ」「そうそう。睦美っていつも時彦さんにまとわりついてたじゃないのか?絶対に政略結婚なんて受け入れないよ。だいたい桜庭家はもう終わったし、誰も近づこうとしないって。彼女を引き取ろうなんて物好きはいないだろう」一言一言が時彦の耳を刺す。――睦美のどこがいけないんだ?美しくて、気丈で、そこら辺のわざとらしい令嬢よりもずっと誇らしい存在じゃないか。そう考えていると、夢乃が彼の腕にそっとすがりついた。「時彦……どうしたの?」彼は苦しげに胸を上下させ、かすれ声で呟く。「……睦美が、どこにもいない」「どこにもいないって……どういう意味?」夢乃が首を
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第14話

時彦が夢乃に冷ややかな視線を投げた。以前の夢乃なら、彼の周りにどれだけ女が群がっていようと平然としていた。どうせ通りすがりの遊び相手、最後に選ばれるのは自分――その確信があったからだ。けれど、睦美の存在だけは違った。「気にしてない」と口では繰り返しても、睦美に向ける刺々しい言葉が、彼女の焦りを物語っていた。時彦の無言の一瞥に気圧され、夢乃は言葉を失い、ただ彼の車が走り去るのを呆然と見送るしかなかった。睦美はどこへ行ったのか。時彦はあらゆる伝手を辿り、正夫の行方までも探らせた。その道すがら、三年間の出来事が頭をよぎる。いったいいつから、二人の気持ちがすれ違ったのだろう。あの夜――彼女が「駆け落ちよう」と言ったとき。返した「いいよ」という言葉は、嘘ではなかった。時彦にはわかっていた。桜庭家の問題が、たったひとつの政略結婚で解決するはずがないことを。それなのに正夫は、娘を無理やり売り渡そうとした。ただ、睦美が従うとは思っていなかった。父との溝は深く、愛のない結婚など決して受け入れないはずだと信じていた。いざとなれば金を渡そうと決めていた。そうすれば彼女は不自由なく暮らせるし、金のために自分の意志を捻じ曲げる必要もなくなる――そう考えていた。だが今は、自分が本当に睦美を理解していたのかすらわからない。彼女が甘えや依存を見せるたび、「自分しかいない」と思い込んでいただけではなかったか。胸を締めつける不安が、網のように思考を絡め取っていく。答えを求めるように、時彦は車を高級クラブの前に止めた。三年間の交際で、睦美が唯一紹介してくれた友人が、そこにいるはずだ。店内で出会ったその人物は、無表情のままタバコに火をつけ、薄く笑う。「……何の用?」「睦美はどこにいる?」時彦は単刀直入に問いかけ、氷のような視線を向けた。短い沈黙ののち、相手は鼻で笑った。「あんた、所詮は睦美に養われてたヒモでしょ?ご主人様の行き先を詮索してどうするの?……まさか他に優しくしてくれる女が見つからなくて困ってるとか?」喉が渇き、言葉が出ない。しばらくして、時彦は絞り出すように言った。「……一度でいい。睦美に会わせてくれ。誤解があるなら、俺が直接――」「誤解?何のこと?彼女に黙って別の女にプロポーズしたこと?研修だって言い訳して他
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第15話

時彦の心が大きく震えた。睦美の友人は、もう自分の正体を知ってしまったのか?では、睦美もそうなのか……?睦美の友人の視線は、露骨な嫌悪に満ちていた。「私から睦美の居場所を聞き出そうとしても無駄だよ。正直、私だって知らないの。でもね――どこへ行ったって、少なくともあんたの傍にいるよりマシ。三年も騙し続けておいて、見殺しにするなんて、ほんと、情けないわ。まあでも、今の睦美には歩むべき道があるし、どうせもうこの街から出ていったから、これ以上探さないことだね」彼女の話に時彦の神経はぎりぎりのところで張り詰め、血走った瞳で相手を睨みつける。そして、怒りに任せて、足元のゴミ箱を蹴り飛ばした。だが通りすがりの誰ひとり、彼のことを気にする者はいなかった。やがて友人がクラブの中から袋を抱えて戻り、無造作に彼の胸へ投げつける。「これは、睦美が最後の夜に置いていったものだよ。どうせあんたが渡したガラクタでしょ?全部返すわ。よくもまあ、こんな安物ばかり押し付けて『プレゼント』なんて言えたもんだね。あの子を、いったい何だと思ってたの?」――いったい、何だと思っていた?散らばった耳飾りやネックレス、時計、香水、造花……どれも安っぽく、合わせても彼がクラブの店員にあげるチップス程度の値打ちすらない。だが睦美は、それらを宝物のように大切にしまい込んでいた。「これは全部、あなたからの贈り物だから。ずっと大事にする」と言ったのだ。時彦の目が赤く潤み、地面に転がる銀の指輪が視界に入った。かつて睦美が肌身離さず身につけていたものだ。外したとき理由を尋ねても、彼女は曖昧に笑ってごまかした――あの瞬間にはもう、心を決めていたのだろうか。彼女はいつ、自分の嘘を見抜いたのだろう?時彦は膝をつき、地面に転がる小物をひとつずつ拾い集めては、宝物のように胸に抱きしめた。その夜、自宅へ戻った彼は体調を崩し、夢の中でも睦美の名を呼び続けた。これまでだって体調を崩すたび、睦美は片時も離れずに看病してくれた。そのぬくもりを求めるように手を伸ばしたとき――不意に誰かが、その手を握った。「時彦、私よ。ここにいるわ」胸の鼓動が跳ね上がる。睦美が戻ってきたのかと錯覚した。だが目に映ったのは夢乃の顔。広がった喜びは、一瞬で氷のようにしぼんでいった。彼は反射的に手を引き
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第16話

時彦の冷ややかな態度に、夢乃の胸は再び締めつけられる。「時彦、どうして?……こんなのは嫌よ。あなた、心には私しかいないって言ったじゃない。私を妻にするって約束したのに、今になって反故にするつもり?あなたが愛してるのは私のはずよ。離れ離れの三年間、あなたはずっと私のことを想い続けてくれた。クルーズ船で私がいじめられたときだって、怪我をした睦美を置き去りにして、私を助けに来てくれた。あの火事の夜、睦美が必死に助けを求めても、あなたは見向きもしなかった。私が交通事故に遭ったときも、命懸けで駆けつけて、先に私を助けてって医者にお願いした。その後もずっと離れず看病してくれたでしょ?それらの出来事を全部忘れたの?あなたの行動こそが証拠よ――愛されていたのは、睦美ではなく私なんだって」「いや……俺が愛してるのは、睦美だ」その言葉が落ちた途端、空気が一気に張り詰めた。自分の耳を疑ったのは夢乃だけではない。時彦自身もまた、口にした事実に愕然としていた。「……冗談よね?あの女は、私の代わりでしかないって言ってたじゃない。なのに、代用品に本気で恋をしたっていうの?」時彦は目を閉じた。思い出すのは夢乃に求婚した夜。隣にいたのは夢乃だったのに、心の中で思い描いていたのは睦美の姿。もし彼女が隣にいたら、どんな顔をしただろう、喜んでくれただろうかと。夢乃と過ごす時間ですら、無意識に睦美のことを考えていた。夢乃と結婚すれば、いずれは三年の記憶も風化すると信じていた。睦美と付き合っていたのはなどただの気まぐれで、恋などではないと思い込んでいたから。――けれど彼女が消えた途端、胸を締めつける痛みは、息すら奪うほどだった。二度と会えないかもしれないと考えるだけで、心が痛くて立っていられなくなる。時彦は拳を握りしめ、深呼吸をしてから、蒼白な顔で言葉を絞り出す。「……すまない。全部、嘘だったんだ」その告白に、夢乃は狂ったようにゴミ箱を蹴り倒した。「後悔しても知らないわよ!あの女は、あなたが思ってるような人間じゃない!」怒りを抱えたまま部屋を飛び出していった。これまでなら、彼女が泣き出すとすぐ折れて追いかけた時彦だが、今度ばかりは、いくら待っても姿を現さなかった。時彦の兄弟分たちが心配して駆けつけてきたとき、彼はただ、睦美にあげた
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第17話

「時彦さん、実は……睦美の婚約相手が誰か、聞いちゃったんです。どうやら……西京の剣崎家みたいで」仲間の一人がついに堪えきれず、仕入れたばかりの噂を口にした。時彦の表情が一瞬で硬くなる。西京市の剣崎家に、結婚適齢の男はただ一人――剣崎りき(けんざき りき)。「時彦さん、まだ間に合いますよ。本気で彼女を想っているなら追いかけるべきです。睦美だって、決して悪い相手じゃない。むしろ、あの人はあなたに全身全霊で尽くしてた……」……西京市。りきとは、五年ぶりの再会だった。あの日、空港から剣崎家の人間に迎えられてホテルへ連れて行かれた後、睦美は丸三日間放置された。交渉を持ちかける立場などないことは承知している。剣崎家が婚約を受け入れただけでも、異例のことだった。けれど彼女はむしろ気楽に構えていた。この結婚は自ら望んだものではない。もし別の道があるなら、自分を商品みたいに差し出すような真似は決してしなかった。そのとき、親友から電話が入る。「睦美、大丈夫?向こうでいじめられたりしてない?必要なら今すぐ飛んでいくから」「平気よ」睦美は笑って答え、静かに首を振った。もう以前のようにわがままは許されない。これからは、自分の道は自分で切り拓くしかないのだ。「時彦が一度会いに来たわ。でも安心して、あんたの居場所は教えてない。あの男、妙に誠実ぶった顔してたんだよ。三年間も平気であんたを騙してたことを知らなければ、信じちゃいそうだった。睦美、あんな男のために泣かないでね、時間の無駄だよ。それに聞いたんだけど、彼、あの川口夢乃とも揉めてるらしいの。結局誰も愛してないんだよ。早く見切りをつけて正解だったわ」睦美はそれ以上、時彦の話を聞きたくなかった。軽く世間話を交わして電話を切ると、ふいに振り向いた拍子に、がっしりとした胸にぶつかってしまう。「あ、すみません……」顔を上げた瞬間、息が止まる。まさかのりきだった。五年ぶりの彼は、記憶に残る奔放な少年ではなかった。落ち着きと冷静さを身にまとい、その眼差しは深く、底知れずで――思わず心臓が跳ね上がる。「久しぶりね」睦美は慌てて表情を整えた。りきは彼女をじっと見つめ、口にしたのは皮肉だった。「まさかお前が俺にすがる日が来るとはな。あの時、何も言わず俺を捨てたのはお前だったのに、それが今
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第18話

入籍してから一週間。睦美は一度もりきの姿を見なかった。剣崎家の人間が彼女を呼び出すこともない。剣崎家が自分を受け入れるはずがないのに、この婚姻が本当に成立しているのだろうか――彼女の胸には常に疑念があった。五年前も、桜庭家が窮地に立たされたことがあった。あの頃、睦美の母が病に伏し、家が崩れそうになっていた。そんな中、りきの母、雅子(まさこ)が彼女の前に現れ、冷ややかに言い放った。「あなたは剣崎家にはふさわしくないわ。この十億を受け取って、息子と別れなさい」生まれて初めてそれほどの屈辱を味わった睦美だが、争うことができなかった。当時、家には金が必要で、母を支えるためにも、りきに背を向けるしかなかった。十億で、彼女の初恋が買い取られ、りきとの愛も無理やり断ち切られたのだった。それでもりきは諦めず、必死に追いすがった。彼女は心を鬼にして、傷つける言葉を並べ立て、ようやく彼を遠ざけた。それからの五年間。時彦と共にいる時でさえ、睦美はふとりきを思い出した。彼にしてやれなかったことを、すべて時彦に注ぎ込むように。時彦は彼女を代用品のように扱ったが、睦美もまた、りきへの負い目を彼に投影していた。初めて時彦に出会ったあの日、その眼差しがりきとよく似ていたせいで、抗えないほど惹き込まれてしまったのだ。だが、この秘密を誰かに打ち明けたことは、一度もない。振り返れば、桜庭家が二度も危機から救われたのは、どちらもりきが関わっていた。最初は雅子から渡された金で家を立て直したが、今度は前のように都合よくいかないかもしれない。日々がただ淡々と流れていくものと思っていたとき、長らく姿を見せなかったりきが、突然現れた。車に乗り込むと、睦美は問いかける。「どこへいくの?」「食事だ」短い答え。声に温度はない。それ以上追及せず、睦美は黙って従った。りきの行動には必ず理由がある。無意味な誘いはないのだ。車が停まったのは高級レストランの前。睦美はりきの後に続いて店内に入った。席に着けば、そこにはごく普通の会食風景が広がる。だが、りきは自ら皿を取り、睦美に料理を取り分け、海老の殻をむき、熱いスープを置いて「少し冷ましてから飲め」と言葉を添える。その一瞬、時間が巻き戻ったかのようだった。五年前の、あの頃へ。睦美は黙って受け入れ、りきの
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第19話

睦美の火傷がようやく癒えかけた頃、りきは彼女を仲間たちに紹介し始めた。食事に連れ出し、街をぶらつき、映画を観ることもあれば、時には並んで歩きながら仕事の話をする。けれど、五年前の出来事についてだけは一言も触れようとしなかった。その変化を感じ取るたび、睦美の胸はざわつく。いつかりきが疲れ果て、またあの冷えきった関係に戻ってしまうのではないか――そんな不安が離れない。ある深夜、眠りに落ちようとした瞬間、見知らぬ番号から電話が入った。「睦美さん、すぐ来てください。りきさんが泥酔して大騒ぎしてるんです!」駆けつけると、りきは窓辺にひとり腰を下ろし、タバコを次々と吸っていった。彼の仲間が小声で耳打ちする。「毎年この日になると必ずこうなんです。酔いつぶれて、吐いて……何度聞いても理由を教えてくれません。よほど特別な日なんでしょうね。あ、さっき吐いたばかりだから、今は少し落ち着いたかもしれません」睦美は頷き、礼を述べてからそっと彼に近づいた。りきの視線はどこか宙を漂っていた。彼女を見つけると夢と現の区別がつかないようで、目をこすり、ひとりで笑い出す。「なんで来た?もう俺なんかいらないんだろ?そうだろ……?」久しぶりに聞く子供じみた口調に、睦美の胸はきしむように痛んだ。必死に宥めて家へ連れ帰るまで、ほぼ一晩時間がかかった。その間彼は、うわ言のように繰り返す。「行かないでくれ。何でもするから……見捨てないで……俺が悪かった。頼む、もう一度だけチャンスを……」その言葉を聞いて、睦美は思わず彼の手を握りしめ、静かに呼びかけた。「りき、目を覚まして。夢を見てるのよ」その瞬間、彼の目がぱちりと開く。次の刹那、睦美の頭を強引に抱え込み、嵐のような口づけが押し寄せた。睦美は息が詰まるほどの熱に抗おうとしたが、やがて力は抜け、ただその勢いに呑まれていった。後になって睦美は知る。この日が、五年前に自分が別れを告げた日――つまり、二人の「別れの記念日」だったことを。翌朝、疲れ切った睦美が目覚めたときにはすでに彼の姿はなく、枕元に避妊薬が置かれていた。睦美は苦笑し、彼の望み通り錠剤を口に含んで飲み下した。夕刻、りきの車が玄関前に停まる。一本の電話で呼び出され、彼女は黙って乗り込む。「今夜は大事なパーティーがある。一緒に来い」
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第20話

「……睦美」時彦の目が潤み、慌てて駆け寄って彼女の腕を掴んだ。その手は火のように熱を帯びている。「やっと見つけた。剣崎家と政略結婚したって聞いて、彼らの家まで探しに行ったんだ。見つからなくて……ここで会えて本当に良かった」失っていたものを取り戻した安堵が、二度と手放さないという決意に変わっていく。時彦は、彼女を見つけたら謝り、許しを請い、もう離れないと心に誓っていたのだ。ところが、睦美の指先で淡く光るダイヤの指輪に気づくと、時彦の瞳はみるみる赤く染まり、理性が揺らいだ。「俺が贈った指輪以外、つけるな」そう言い放ち、乱暴に彼女の指から抜き取ろうとする。酔いで頭が痛んでいた睦美は反射的に手を振り払い、その場から逃げようとした。すると振り向きざまに、りきの胸にぶつかってしまう。りきは片腕でしっかりと彼女を抱き留め、冷たい視線を時彦に向けた。「俺の妻が、俺の贈った指輪を外して、他の男にもらった指輪をつけろって言うのか?」その一言で時彦の顔色は暗くなり、声を荒げた。「ふざけるな!睦美は俺の彼女だ。お前に抱きしめられる筋合いはない!」もともと睦美の冷めた態度に不安を募らせていた時彦は、「妻」という言葉に我慢の限界を超え、胸を大きく上下させながら彼女を奪い返そうと手を伸ばした。「睦美は俺だけを愛してるんだ。お前なんかに渡すもんか、離せ!」睦美の腕を掴みかかろうとする時彦を、りきは軽く払った。二人の間に走る火花のような緊張に、睦美の頭は少しずつ冴えていく。重たい瞼を持ち上げたとき、時彦の怒りに染まった顔がようやくはっきり見えた。だが、彼女の瞳には一片の揺らぎもない。まるで見知らぬ人間を眺めるかのように冷めていた。「時彦、私たちはもう終わったの。私はあなたの彼女じゃない。あなたとは、退屈しのぎに付き合っていただけよ。それに、もう夢乃にプロポーズしたじゃない。あの夜のプロポーズ、私も見ていたわ。とても感動的だった。三年も待ち続けた彼女とようやく結ばれて……おめでとう」その言葉に時彦の体は硬直し、指先が小刻みに震えた――彼女は、あの夜の光景を見ていたのか?「違うんだ、睦美。あれは……そう見えただけだ。俺は間違ってた。昔の感情に囚われて、夢乃をまだ愛してるって思い込んでいた。でも今ははっきりわかる。彼女を忘れられな
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